気付けなかった距離感


「なぁ、お茶子ちゃん。ほんまに雄英行ってしまうん?」

こちらを見ずに、隣の幼馴染みは呟いた。独り言のような、ぼやきのような問い掛けだった。

「...うん。行くよ、ヒーローになるっていう、 わたしの昔からの夢叶えに行くんや」

そぉかあ。わたしが答えたあと、噛み締めるような声でまた彼は言った。
雄英に行くために、どれだけ前から力を入れて勉強やらに取り組んでいたか、彼は知っているはずだ。
だって彼のみだったのだ。一度も反対をしないで、ひたすらに応援してくれたのは。
頭の良い彼に勉強の教えを乞うた事も一度や二度じゃない。
そんな彼からの、はじめてともいえるそういった方面の言葉が、何故かショックだった。

「樹くん、知っとるやん、わたしが雄英行きたかったの。行きたいって最初に言ったの、樹くんなんやよ」
「...ごめんお茶子ちゃん、そんな変な意味で言ったんとちゃうんや。引き止めたいとか、ちゃうねん。ごめんな。」

ごめんなと、繰り返す彼の声に覇気はなく。
いつも優しくわたしを見つめる瞳は、相変わらず前をぼんやりと見詰めたままだ。

「...なんやろなぁ。お茶子ちゃんが頑張っとったんは、知っとるんやけどなぁ。君が手の届かんようなっていってしまうんが、寂しいんかもしれん」

自嘲するように、無理に言葉を紡いでいるみたいだった。
こんな彼の姿を見るのははじめてで、なんだかいけないことをしてしまっているような気にさせられる。
いつも快活に、優しく、時にきびしくしてくれていた幼馴染みの彼。

「頑張ったら会えん距離でもないんやけどなぁ。そんでな、君の隣に、もし誰か大切な人が出来てしもたらとかも、考えてしまうんよ」
「...そんな、わかれへんよ。だって、わたしヒーローになるために勉強しに行くんやから。そんな、」
「わかっとるよ、わかってんねん。けど、...なんや俺、別にお茶子ちゃんの彼氏でも親でもないのにこんな事言うて、おっもい男やなぁ」

はは。やっと笑いを漏らしてくれたが、やっぱりいつもの彼とはまったく別物のもので。

「明日入試やのに、俺がこんななっとったらアカンよなぁ。せめて誰よりも近くで君の応援したいと思ってたんに」
「ううん、ええよ。わたしも不安がないって言ったら嘘やもん。」
「...相変わらず優しいなぁ、ほんまに。そんで、それやのにちゃんとした意志持ってるとこがかっこええんや」
「どしたん樹くん、照れるわそんなん言われたら!」

照れとるお茶子ちゃんもかわええよ。
わたしの頭を撫でながら、やっとこちらをみて笑ってくれた。
その笑顔は、いつもの優しさに、すこしだけ寂しさが混じっていた。
わたしも少し、寂しくなってしまう。その笑顔に心臓がきゅうと掴まれてしまったみたいだ。

「頑張ってな。明日の入試。応援、ちゃんとしとるで」
「うん。ありがとう、今までの詰め込んだもん全部出す!」
「俺な、お茶子ちゃんの事ずっと好きやったんよ」
「...へっ?」

ごめんなこんな時間まで。おやすみ。朝イチの電車気ーつけや。
言うだけ言って彼はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
なんでそんな、そんな事今言うん。
帰り際の彼の耳は赤く染まっていた気がする。でも、今現在、部屋に取り残されたわたしの方がきっと赤い。

「明日、集中出来へんやないの...!」