01:後輩
浅緑色の所々はねている髪が、穏やかに吹く風でゆらりと揺れる。両耳につけているいくつものピアスが、陽の光に照らされキラリと反射した。
煤竹色の眠たげな瞳が、ゆっくりと瞬きし、その薄い唇から小さな息が漏れた。
「……ねこ」
低すぎず、けれど高すぎず、耳障りのいい声で言葉を紡ぐその姿は見ていてどこか穏やかな気持ちになる。恐らくそれは、言葉を紡いだ張本人——雲竜千晶が纏う独特の雰囲気もあるからなのだろうが。
千晶は、俗に言う"不思議くん"である。彼と同じクラスの女子達からはまるで己の息子または孫または弟のように見られ接されているし、男子達からは保護対象または介護対象として見られ接されている。
髪色や耳に付けている複数のピアスは奇抜な部類に入るものの、千晶の纏う雰囲気と彼自身の人間性がそれを気にさせようとはしない。だからこそ、彼は同棲異性問わず比較的保護対象になりやすい。
さて、そんな千晶であるが最初に記したように彼はいわゆる"不思議くん"である。
その理由は大きく分けて二つある。
一つは、基本的にマイペースで穏やかな気質であり、よく視線が明後日の方向に向いていることだ。
雲竜千晶という人間は、他者の目を気にしていない。ある程度の集団行動はできるものの、他者の目を気にしていないためか周囲とズレたようなことを言う時が多々ある。これがマイペースだと言われている点だろう。
また、基本的に何をされても怒らずのほほんとしている——というよりかは反応がとことん薄い。基本的にボケーッとしているような人間なので、何を考えているかパッと見分かりにくい。そういう点をかなりマイルドに表したのだろう。
視線に関しては千晶のクラスメイトはもはやどこを見ているか理解していない。そもそも理解できるようなものでもないなと判断されているのか、理解をしようとするものはもはやいない。
それでもクラスから浮くことがないのは、おそらく千晶が周りに恵まれているという点が大きいのだろう。
そして二つ目だが、千晶がよく謎の行動をしているのをクラスメイト達に見かけられているからである。何かから逃げている仕草、動作。また突然顔を少しだけ青ざめてどこかへと走り出してしまったり、そのままその日は戻ってこなかったり、というようなことがあるのだ。
理由を訊いても本人は頑なにそれを教えようとはせず、あろうことかそのことは黙っておいてほしいと頼み込むのだ。なにか事情があるのだと察しているのか、二つ目の理由に関しては暗黙の了解として他クラスの人間達には伝わっていない。
この二つの理由から、千晶は"不思議くん"と呼ばれている(だいたい理由としてあげられるのは一つ目の理由ではあるが)。
そんな千晶だが、彼の顔は結構広い。本人の持ち前のマイペースさが良いふうに動いているのか、知り合いが多く尚且つそのほとんどに可愛がられている。
千晶の一つ下の学年のかなりイケメンの少年にまで可愛がられている、なんて言う噂があるほどだ。もちろんというべきか、年上の人間からも可愛がられているらしく、謎の行動をしている場面と同じくらいの頻度で年上の人間と行動している場面を目撃されている。
ちなみに今は前者のほうと行動を共に——というより屋上でのんびりしている。
前者、つまるところ千晶の一つ下の学年のかなりイケメンの少年と二人で屋上で静かに昼食を取っている姿は、見る者によれば眼福でしかないだろう。
なにせ、一つ下の学年のかなりイケメンの少年——烏丸京介に負けず劣らず、千晶もまた顔が整っている男だからである。
千晶のことをよく知らない女子達からすればそういう意味も含まれた上での憧れの存在なのだ。逆に言えば千晶のことをよく知っている女子達からは、加護対象または保護対象または介護対象としか見られていない、ということになるのだけれども。
「千晶先輩、箸を動かす手が止まってます」
「……きょーすけ、唐揚げ好き?」
「嫌いじゃないっすけど、それ先輩のですよね? 弁当の中身も全然減ってないですし、ちゃんと食べてください」
「おれ、お腹すいてない……」
「……せめてもう少し食べましょ。そしたら俺も手伝うんで」
「!!」
遠くから見ればただの眼福だが、話の内容はただの母と子供である。
彼らが今いる場所は学校の屋上のため、烏丸や千晶と交流がない者ももちろんいる。そういった者達は千晶と烏丸の二人にどこか熱の篭った視線を向けているが——彼らのいずれか(と言うよりかはだいたい千晶であるが)と交流がある者は「あぁ、あれ多分また雲竜くんが弁当のおかずを後輩くんにあげようとしてるな」と言いたげな視線を向けていたりする。
烏丸京介という男はモサモサしているイケメンでも有名だが、千晶が絡むと割と保護者みたいになるということもそれなりに有名な話なのだ。
「にしても先輩、また警戒区域の近くにいたんすか?」
「……」
「あっこら、目を逸らさない。うちのとこの隊長が目撃してたみたいですよ。あそこら辺は危ないんであんまり近付かないようにって前にも言ったはずですけど」
「ねこ、いたから。追い掛けてただけ」
「……だとしても、あそこの近くも安全とは言いきれないんすよ。それくらい、千晶先輩も知ってるでしょう?」
烏丸の言葉に上手く返せないのか、千晶はそっと目を伏せた。表情は変わっていないものの、やはりそこは後輩として分かるのだろうか。烏丸はなんとも言えない表情をほんの少し見せた後、一つため息をこぼして千晶の頭を優しく撫でた。
烏丸も千晶も、どちらも表情が豊かとはあまり言いづらい。だが烏丸のほうがまだ表情は変わるし、年相応の顔も見せる者には見せている。
千晶は表情が豊かではないし、どんな相手だろうと年相応の顔——というより表情を見せることはない。
千晶とそれなりに交流をしている者達ならば、難なく分かるものなのだろうが——傍から見れば無表情のままなのだ。
なのでまぁ、今のこのやり取りも傍から見ればなんのことか全く持って分かることが出来なかったりする。一部の声を抜粋するなら、こうだ。
「待って待って待って烏丸先輩が雲竜先輩の頭撫でてる。後輩が先輩の頭撫でてる絵面なのに違和感がない。むしろ眼福でしかない」
「先輩と後輩、普通ならおそらく先輩が後輩の頭を撫でるのがノーマル的な感じなのにあの二人はノーマルではないのが違和感無さすぎてほんとに眼福」
「何があってどうなって烏丸君が雲竜先輩の頭撫でてるのかは分からないけど……なごむわぁ」
全くもって平和である。
千晶らが所属する学校の屋上は、別に広すぎる訳ではない。つまるところ、先程抜粋した声は割と普通に聞こえていたりするのだ。周りの目をあまり気にしていないらしい千晶はともかく、それなりに周りを見てもいる烏丸の耳にはバッチリ聞こえていたりする。
四人の弟妹がいることもあり歳の割にしっかりしている烏丸だが、彼には年相応なお茶目な部分もありはする。
現に今、烏丸は普段ならしないであろうことに行動を移し始めている。
普段なら頭を撫でるだけで止まっているはずが、周りの女子生徒達の声にお茶目な悪戯心がくすぐられたのだろう。頭を撫でるで止まることなく、烏丸は千晶の顎をクイと上げた。
瞬間、屋上の至る所から聞こえてくる悲鳴の数々に、千晶は大きく目を見開いた。
「……きょーすけ」
「ハハハ。すみません、つい。残りの弁当全部食べるんで許してください」
「うん、許す」
雲竜千晶。現在15歳。後輩男子に顎クイをされても、いつもこのような対価でだいたいその五分後には顎クイをされたことを忘れるチョロい中学三年生である。
美青年、派手色髪、複数のピアス、不思議くん、比較的ちょろい、エトセトラエトセトラ。
これは、そんな普通ではない属性が多い彼が主人公となり、他者(主にボーダー所属隊員達)を巻き込み時に巻き込まれながら繰り広げられる、少しばかり変わった物語である。
「雲、多いねぇ」
「? 今日雲ひとつない青空ですよ」
ぽやぽやとした雰囲気を纏いながら空を見上げる千晶を、烏丸は不思議そうに首を傾げながら眺めていた。
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