03:迷子になるまで


「こーたろ。おなかすいた」

 ぴょこぴょこと跳ねている藍色の髪を揺らしながら、その幼い子供は俺の名前を呼んでそう言った。

 ボーダーという一つの組織の本部にいるにはあまりにも異質のように見えるソイツは、別に忍び込んできたとかそういう訳では無い。ちゃんとボーダーの本部公認の子供である。
 名前は白雪瑞希。歳は六歳。好きな物は猫と甘いもの、あとこいつの親代わりの人達と食べる飯。

 その幼さゆえ、本部を歩いていればよく変な目で見られている。主に俺が。前に風間のやつに見られた時は「……諏訪、おまえ子供がいたのか」なんてことを言われたくらいだ。あの言葉、瑞希の親代わりのあの人・・・がいない場所だったから良かったけどいる場所だったら俺がやばかったと思う。

 何せあの人——俺の上司でもありボーダーの上層部の中でもトップにいる人間である存在の城戸司令は、そこに血の繋がりはないとはいえ瑞希のことを己の子供として親心を持って接しているからだ。そんなあの人がいるところであのセリフを言われようもんなら、すぐさま睨みをきかせることだろう。
 ただでさえ目付きが鋭いのだから、そんなことをされてしまえばしばらく夢に出てくることは間違いない。流石に仕事にまでそういった私情を持ち込むような人では無いのは分かっているから、そういう意味の心配は全くこれっぽっちもしていないけれど。

「こーたろ。しょくどう、いきたい」
「へーへー、瑞希は何が食べてーんだ?」
「はんばーぐ……! あまくておいしいから、すき」

 瑞希は基本的に大人しく、いわゆる"手のかからない子供"である。表情もコロコロ変わらないし、物静か。ただよくよく見れば目がすげぇ感情を語っているし、好みもかなり子供らしい。ある意味アンバランスというかなんというか……。

 そういうところを知っている人達からしたら、猫を可愛がっているような感覚になるんだと思う。だからかは知らねぇがこの間王子のやつと会った時、瑞希はあいつに「ニャン君」と呼ばれていた。瑞希本人は名前に何も掠っていないあだ名のためわけがわかっていなかったみたいだが、俺にはすぐにわかった。
 案外安直っぽいあだ名付けるんだな、なんて感心したのは瑞希は知らない話である。

 俺達が今いる隊室から出ようとする瑞希に、そっと手を差し出す。ただでさえちっこいのだから、ちょこまかと動かれてはぐれてしまったら探すのに一苦労なのは少し考えれば分かることだ。
 もとより、瑞希の親代わりである城戸司令にもそういったことに関しての頼まれ事をしているのだから、手を繋いで移動しないという方法はありえないのだけれども。

 瑞希も何かしら察しているのか、俺が差し伸べた手を不思議に思うことなく繋いでくれた。
 あまり変わることの無い表情とは違いその眠たげな目はキラキラと輝いていて、「早く食べたい」と物語っている。それがなんだからしくなく可愛いと感じて、小さく笑みを零した。

 この時の俺は、まだ知らない。あと数分位したら手を繋いでいたはずの瑞希はフラフラとどっかへと行ってしまっていることを。そして成り行きで瑞希を連れてきた東さんと、それから瑞希を捜す俺の代わりに席を取ってくれた米屋と一緒に昼食をとることになることを。
 まだしっかりと手を繋いでいる俺は、まだ知らないのである。



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