どうか 最期に夢を

案内された主人の部屋は殺風景で、むしろそれが何故か落ち着いた。胸いっぱいに他人の香りを吸い込む。「座れよ」とベッドの上を指され、おずおずと腰を掛ける。ギシりと沈む布団の感触に心なしか安心した。

「師匠が恋しかったりするのか?」

主人が私の横に座る。素顔を見て少し驚いた。ああ、この人はこんな顔をしているのか…と。マグカップを差し出されて受け取る。ミルクコーヒーだった、ああ、この人は私を本当に人間として扱ってくれているのだと又も泣きそうになる。睫毛を伏せてミルクコーヒーから揺蕩う湯気を見つめると背徳感に襲われた。

「いえ、ただ…私の師は貴方が知る通り天才で、それ故に孤独でした。私では役不足だったの。嘘でも良いからあの人の家族になりたかったの。あの人を孤独の淵から助けたかったの。あの人を越えたらあの人は孤独じゃなくなるのかなぁ…」

傀儡の癖に、道具の癖によく喋ると思われただろうか。鬻ぎ込んでいた日々が私を尚も縛る。他人との接し方が私には分からない。操り糸は切れたものの身体の何処かに見えない首輪が、鎖がどこかにあるような気がする。どろりとした醜い私はきっと嫌われてしまう。駄目だ駄目だ駄目だ、見せてはいけない。私は忍具なのだから、この人に使って貰えたのならそれだけで幸せなのだ。

「そこまで弟子に思われてるなら幸せな師匠じゃんよ。お前の思いがサソリに届いたかどうか保証はできねーけどよ、赤砂のサソリは傀儡に関しては20年以上経った今でも名の残るくらい天才だったんだ。だがそれをお前の勝手な被害妄想で勘違いすんなっての。その弟子の赫百足だって負けてねーって。ま、それは俺が保証してやるじゃん?なら、俺とお前でサソリを超えてやろうぜ。そしたらお前も俺もサソリだって孤独じゃねーじゃんよ。」

主人が私へ手を伸ばす。生身の男性の手を握るのは初めてで何だか変に恥ずかしくなってしまい、思わず目を逸らす。不自然な程に頬に熱が篭るのだ。心臓が変に脈打つ。傀儡の手からしっかりと伝わる感触にドギマギしてしまう。
角張った手の甲、掌の少し硬くなった皮膚、切り揃えられた爪、傀儡を操る関節がしっかりと太く繊細な指。そして暖かい温もり。それら全てが私の人形の掌を包み込む。

「こんな事、言われたの初めてで何て言ったら良いのか分から無いけれど…。あの、ご主人様が主人で良かったわ、その……ありがとうございます。」

主人は満足げに「お前やっぱ素直で可愛いげのある奴じゃん」と握ったままの手をぶんぶんと振る。傀儡で出来た腕がカキョカキョと乾いた音を鳴らした。生身だったらどれほどよかったか。可笑しいものでついさっきまで「完全な傀儡として生きたかった」と嘆いていたのだが、どうした事だろう。

この日から私は主人の笑顔を見る事が楽しみになり、生きる糧となり、主人を笑わせたいと、主人と笑い合いたいと心から思うようになったのだ。人形の私にはまだそれは出来無いのかも知れないけれど、掌の温もりは嘘ではなかった。いつか人間になれたら今度は私が主人の掌を握ってあげたいと、そう思えた。

私の人生は決して終わりでは無かった、一度消えかけた灯火が息を吹き返した。私は、私の世界はあの狭い部屋だけでは無かった。ただ私に優しくしてくれた。ただそれだけなのにこんなにも世界が広く見える。天井も無ければ壁も無い、臓器を失った空っぽの死体も無い。
私の生きる定義がサソリという男のコレクションからカンクロウという男を喜ばせる事になった。