表隠(ひがくれ)の家系は、代々霊的な力を用いて邪な魂を祓う陰陽師を輩出してきた。
一般に悪霊と言われる魂はいつの時代であっても生まれ、生者に害を与える。
表隠の役割は無くならない。これから先もずっと続いていく。
私は、いつだって人の背中を見ていた。
一族の子の中で一番覚えが悪くて、一番要領の悪い私は皆から置いてきぼりにされた。
大人にたくさん怒られた。
子ども達には馬鹿にされた。
悲しくて、悔しくて、でも、泣いたら泣いたでまた大人に「情けない」と怒られるから泣くこともできない。
たくさんの涙を我慢してきた。
それでも、その内堪えが利かなくなる。
そんな時、私はいつも決まったところに向かうのだ。
「暗い顔だね」
よいしょと顔をこちらに向けて加納(かのん)がまず発した言葉だ。
彼は真っ白な四角い部屋の、真っ白な寝具に横になっている。
柔和な顔立ちは、同い年だと言うのに私よりも大人っぽい。
照和(てるわ)人にしては明るい茶髪は、まるで白いシーツに同化するように毛先に向かうにつれて色がなくなっていた。
唯一、山吹色の瞳だけが、儚い印象に逆らって力強く私を見つめている。
枕に頭を預けたまま、加納が私に向かっておいでと手招きする。
呼ばれるまま、寝具の脇に置かれた小さな椅子に腰掛けた。
「今日は、どうしたの」
肩までしかない私の髪を加納が指で梳くように撫でる。
実の両親にすらあまり向けられない優しさが籠った触れ方に目頭が熱くなる。
あっという間に涙腺から涙が溢れ出す。
一緒に今まで溜め込んだ感情も呼び起こされて、堪らず私は加納の胸に泣きついた。
涙と鼻水で服が汚れてしまうはずなのに、加納は私の体をより引き寄せて頭を撫でてくれる。
温かくて余計に泣けてくる。
たったひとつの逃げ場所で、私は暫く泣き続けた。
「少しは落ち着いたかな」
上体を起こした加納が私の頬に走る涙の跡を柔らかいハンカチで拭い消す。
未だにしゃくり上げる体を宥めるように、よしよしと背中を擦られた。
泣きすぎて腫れた目は開いているのも辛い。
それを分かってか、加納の手のひらが私の両目を塞いだ。
目蓋に当たる体温は低くて、熱を持った目には心地よく感じた。
「焦っちゃダメだよ硬乃(こうの)」
目蓋を覆っていない方の手が、私の右手にそっと重なる。
「人はそれぞれ、早く結果が出る人もいれば、少し遅れて実る人もいる」
コツンと額に固くて冷たいものが当たる。
目を開けなくても分かる。加納の額だ。
「大事なのは諦めないで続けることだよ。そうすれば必ず成果が出るから」
くす、と空気が揺れる音がして静かに目を覆っていた手が外れる。
焦点が合わない視界に、山吹色が一杯に広がった。
三秒、それからゆっくり加納の体が離れて、優しく優しく彼は笑った。
「硬乃は大丈夫。辛いときは僕が一緒にいるから、だから頑張ろう、ね」
重なった手がぎゅうと握られる。
小刻みに震える手に胸がぎゅっと掴まれて、鬱々としていた気持ちを霧散させた。
いつから、この腕は私より細くなってしまったんだろう。
年々歩ける回数が減って、起き上がれる時間も少なくなっていく。
病魔が巣食っている体はあちこち悲鳴をあげていることだろう。
だけど、加納は笑ってくれる。
苦しいはずなのに、自分よりも他人を思って笑ってくれるのだ。
「硬乃」
私が了承を返さないせいか、顔がずいと近づいてくる。
慌ててこくこくと頷けば、加納は力を抜いてもう一度笑う。
滲み出していた涙を拭って、私は立ち上がった。
「もう帰るの?」
こくりと頷いて、私は真っ白な部屋の真っ白な扉へ手を伸ばす。
「またね」
寝具に体を横たえて、加納が痩せた手を振っている。
私の方もさよならの仕草を返して、加納の病室を後にした。
支えがある。
だから、私は頑張れる。
加納のためにも、私はもっともっと頑張らなくちゃいけない。
誰にも置いてかれないよう、誰にも怒られないよう強くならなくちゃいけない。
頑張って、頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って、頑張った。
失敗もあったけど、私の頑張りをお父さんと一族の長が認めてくれた。
嬉しくて、誇らしくて、私は私に自信がついた。
だけどその時には、私の支えで家族より尊い従兄弟は息を引き取っていて。
『ねぇ、これから私は一体何のために頑張ればいいの?』