-二手・接触・触発-



「はービックリしたぁ。あれなんだったんだろうね?」

ガヤガヤと賑わう町の通りで凪沙がそう言い、振り返る。しかし、


「………」
「………」


連れの二人は閉口して、どこか俯きがちだ。


真っ黒で得体の知れない巨大百足に遭遇し、少し急ぎ足で到着した町。
時間は正午過ぎ。お昼も恋しい頃だというのにこの重たい空気。
凪沙が少し悲しげに肩を落とす。

そもそも、紅苑自身は元より口数が多いわけではないし、先ほど戦闘の名残もあって口を開く気分でないだけだが、問題は杏架だ。
常に明るく、好奇心旺盛に何かと喋るはずの少女が全く口を利かない。
歩き方にさえいつもの元気が微塵も感じられず、ゆっくりした歩みに他の二人が合わせていた。

隣を歩く杏架にチラチラと視線を送ってみるが、どう声をかければよいか分からない。
明るい少女の雰囲気一つで一行の纏う空気がここまで変わるのか。
頭痛のような違和感を感じながらふと顔を上げると、凪沙がプルプルと震えていた。
「何でじめじめしなきゃならないの?別に要らなくない?楽しまなきゃ人生損だってどこかの多分偉い人も言ってるよ?そうだよ、楽しむべき。テンション上げなきゃ。テンション上げなきゃ」
何やら口元がモゴモゴと動いている。
呟いているようにも見えるが、俺には言葉を聞き取ることができない。
すると、急に凪沙がこちらへ真顔を向けた。

「クーちゃん」
「何だ?」
「わたくし、お腹が空きました」
「…まあ、そんな時間帯だしな…どこか入るか?」
「そこで相談があるのです……キョーちゃん?」

神妙な顔で凪沙が今度は俯いたままの杏架を見る。
ワンテンポ遅れて杏架が顔をあげた。
「なぁに?」と呟くような声を確認すると、凪沙は仁王立ちで言い放った。

「私、これからキョーちゃんと女の子の時間を満喫します!!」






「…つまり、この状況は仲間外れというやつか」

凪沙が物凄い勢いで杏架を連れ去り、その場に残されたままぽつりと呟いた。
若干の寂しさは感じるが、そこに怒りや悲しみはない。
というのも、あの状態の杏架を自分ではどうしようにもできないからだ。
凪沙なら上手く杏架の気分を変えてやれるかもしれない。

突然の行動に驚きはしたが、あれで杏架が元気になってくれればいい。
多少の不安はあるものの、とりあえず凪沙の考えに任せることにしよう。


「さて…俺はどうするかな」

今日初めてとなる一人の時間にふむと考え込む。
凪沙の様子から見るに杏架をどこかしら連れ回すだろう。
そうなると昼食のみでは時間を潰しきれないかもしれない。
他に何をしようか…と考えてみるも別段したいことはない。


「…とりあえず飯をとるか」


目先の目的を果たすことにして適当に歩き出す。
舗装された道を行き交う人数は多く、その喧騒の大きさにこの辺りが盛っていることが分かる。
幾多も並ぶ鮮やかな店看板を一軒一軒見ていく。
肉屋、洋服屋、土産屋、花屋…多種多様な店の外見は見ていて面白い。

「…あそこにするか」

目についた小さなパン屋に足を向ける。
温かな色合いの店内は香ばしい匂いが充満しており、ところ狭しと様々なパンが陳列されていた。
その中から腹の足しになりそうなものを三つほど選んで買う。
焼きたての温かさと香りに惹かれ、店を出てすぐに柔らかな丸パンにかじりつく。
口一杯に広がる小麦の風味に食欲を引き立てられ、あっという間に三つとも完食してしまった。

ふぅと息をついて再び視線を町並みに向ける。


「……ん?」


どこからか聞こえた微音に踏み出しかけた足を止めた。
音がしたであろう方に目を向けてみると、日陰に狭い路地があることに気づいた。

「猫でもいたかな…」

そう結論付け視線を外すと、再び音が耳に入る。しかも、先ほどより大きく騒々しいものだ。
朗らかな表通りとは明らかに異質でどこかただならぬ気配を感じ、ゆっくりと路地の方へ近づく。

何かがぶつかるような音に危険を感じるものの、一度気にしてしまったことを放ってもおけず、静かに暗い路地へと足を踏み入れた。

+++


「どう?少しは気分が変わった?」
「ん……」

凪沙に目を覗き込むように尋ねられ、何も言えずに口ごもる。

連れられるまま、二人でご飯を食べてぶらぶらと店を歩き回っていた。
凪沙があれやこれやと話しかけてくれて、気分転換させてくれようとしているのが分かる。だけど、どうしても気持ちが晴れない。


分からない。

何がこんなにも心をもやもやさせているか分からない。
だからそればかり気になって、上手く言葉が紡げない。
ただ、凪沙に気を使わせている。その事が心苦しくてつい地面をみてしまう。

「んー、じゃあ次はあそこの小物屋さん見てみよ!何か綺麗なものあるかもよ?」
「うん…」

決まり!と行って凪沙が右手に見える装飾屋さんへ走る。
置いていかれるわけにもいかなくて、後を追おうと足を踏み出した。

そこへ、人混みから急に誰かが飛び出してきた。

「「きゃっ!?」」

ドンッと背中にぶつかられる。
前のめりになったけど、咄嗟にでんぐり返しの要領で体勢を整えて振り返る。
なんとか踏ん張った私とは違い、ぶつかった相手は仰向けに転けていた。

「わわわっ、大丈夫、ですか?」

慌てて近寄ると、その人はよろよろしながら体を起こした。
そして、パッと顔をあげてこっちを見る。

「ご、ごめんなさい…私の不注意で…本当にごめんなさい」

透き通った声だと思った。
だいぶ大きな帽子を被った女の人、多分凪沙と同じ年頃だと思う。
ふわふわした薄紫色の髪に、柔らかな山吹色の目。肌の色はとっても白くて、思わず見とれてしまうくらい綺麗な人だ。


「キョーちゃん!だいじょーぶー?」

凪沙がこちらに駆け寄ってくる。
そして、私の正面にいる人を見てカッと目を見開いた。

「美女がいる!!」
「へっ?え…はい…?」

私と凪沙の二人で見つめていることが不思議なようで女の人は首を傾げる。
それから何かを思い出したのか、急に暗い顔をすると立ち上がった。

でも、またすぐにしゃがみこんでしまった。
見てみると長いスカートの裾の間から覗く足から血が出ている。

「お姉さん怪我してる」
「アラッ本当だ。わわっ!しかも痛そう〜…」
「だっ、大丈夫です…自業自得のようなものですし…」

女の人はまた立ち上がろうとするけど、かなり痛いのか顔を歪めている。
痛々しくて凪沙の方を見たら、彼女と目があった。

「考えてることは同じかな?」
「だね」

視線を合わせたまま頷き合うと、私達は女の人に手を貸すために手を伸ばした。


+++

暗い路地は埃っぽく、じめじめしていた。
民家のゴミが入っているバケツがいくつも置かれているところを見ると、この辺りに処分場があるんだろう。
しかし、等間隔に並べられているバケツの幾つかは倒れ、中身が地面に散乱していた。
それも一つ二つではない。

「何かあったのか…?」

辺りの様子を探りながら進んでいると、派手な音が近いところから響いてきた。
目を凝らせば、路地が左右に分岐しているらしい。
慎重に近づくと、また大きな音が鳴ったと共に、右の分岐から大きなものが飛んできて壁にぶつかった。
それが男の体だと認識したと同時に、その男に駆け寄る。

「おい!大丈夫か!」

自分よりも逞しい体にはあちこち血が滲んでいる。
傷に障らないよう体を揺するが、ぐったりと横たわったまま男はぴくりとも動かない。
息はしているので、気を失っているだけのようだが…。

「一体誰が…こんな、」



「何だ、まだ仲間がいやがったか」

倒れた男が転がってきた路地の向こうから響く凛とした声。
男から顔を離してそちらを見やる。


そこには得物を構え、鋭くこちらを睨み付ける青年が立っていた。




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