人は生まれた瞬間、式がつく。
それは守護霊のようなもので、主に獣の姿をしている。
式は主とする人間に生涯仕え、その人が亡くなると消える。しかし、その人間の家系が続けばその一族の誰かにまた同じ式がつく。そのように廻っている。
ただ、式は不死ではない。廻る回数には限度があり、その限度は式自身の力に比例する。
また式は仕える家が長く続けば続くほど、新しく生まれる者が強い力を宿して生まれてくる。名家が繁栄するのはこれが理由だ。
そして、強い力を宿す式はその姿も変わる。
特に力を宿す式は、人と同じ姿を持ち、その寿命は数百年にものぼる。
その特別な式を“人貌(ひとがた)”と誰かが言った。
それから彼等は“人貌”として、線引きされるのが一般的になった。
「歴史の勉強ですか?」
にょっと頭の真上から覗き込まれ「ひぁっ!」と情けない声をあげる。
バッと上を見上げると逆さまになった青年にも、少年にも見える男性が私―正確には手元の教科書を見つめている。
「もうっ!驚かさないで」
「申し訳ありません雅様。あまりに熱心なお姿でしたので」
「テストが近いの」
「てす・・・あぁ!試験にございますね!それは気合いを入れねば」
にほりと笑い、彼は音もなく傍を離れていく。
「では、半歩後ろから応援しております」
「余計気になるわよ」
「ふふふ冗談ですよ。静かにしておりますね」
椅子を引いて、くすくすと朗らかに笑う彼を見る。
ぷかぷかと宙に浮かび、着物の袂で口を隠しながら上品に笑う姿はまるでいたずらっ子だった。
名前は迦具耶(かぐや)。私の式だ。
あのかぐや姫みたいな名前をしてるが、性別は男。
人貌である。
しかし、我が家はいたって平凡極まりない庶民の家だ。しかも両親の式は獣である。
なぜか?
実は私には生まれた頃に式がつかなかった。
「すでに生まれている」という話だけで、姿も形もない式。どこにもいない私の式。
随分いじめられた。私は異端だった。
そんな私の目の前に迦具耶が現れたのは数ヶ月前。
『永い永い時間でした・・・』
そう迦具耶が語ったのはずっと昔、我が家が実は名のある家系だった頃。
大きな災厄が家に降りかかると予言されたのだ。
厄払いに行われたのはは式を身代わりする“厄受け”とよばれる儀式。
式に永い時間を支払わせ、その時間を対価に厄を無くす方法。
選ばれたのは力がある人貌の迦具耶。
厄に祟られることは家の恥だそうだが、“厄受け”は式には名誉らしい。
迦具耶は承諾し、厄を一身に受け封印の眠りについた。
そして目覚めたのは数ヶ月前。私の前に現れた日。
その眠りの時間はおよそ五百年にのぼる。
それだけたてば没落だってあるのは当然。だけど血だけは受け継がれた結果が私。
『位など関係ありません。受け継がれることにこそ真意はあるのです』
と語る迦具耶は狩衣に袴と昔そのままの衣装を纏っている。
ちなみに現代の人貌は(この目で見たことはないものの)ちゃんと時代に合わせた今どきの格好をしており、迦具耶は思いっきり目立っている。
まあ、それが本式に似合うから変えさせてないけど。
話は戻り、勉強をしていた私は少し疲れたのもあり小休止を取ることにした。
携帯をいじっていると、横から迦具耶が一生懸命覗いていてくる。
「ハッ!雅様!今血に塗れた鳥が!!」
「インコね」
「雅様!!空に邸宅が浮いております!?」
「ただのCG画像だわ」
当たり前な話だが、迦具耶は今のものに疎い。電子機器を全てからくりと呼ぶし、灯りも提灯呼びしたりする。
画像フォルダをいじるだけでこの反応。少し面白い。
まあ日々学習してるらしく、少しずつ静かになってきてるのだけど。
迦具耶は私の式。
だけど何でも従う訳じゃない、私が間違いをしていれば命に背くこともある。
『雅様が本当に思うことをなさるのです』
迦具耶は厳しい。
本心に背くなと言う。
考えろと言う。
だけど考え抜き、決めた決定なら、迦具耶は従い動いてくれる。
忠実で素直な迦具耶。
時には恋愛指南もしてくれる。
礼儀正しいのにどこか幼さも残す、頼もしくて可愛い私の式。
「・・・私の顔に何かついておりますか雅様?」
迦具耶を見つめる私に彼は首をかしげる。
「なんでもないわ」
私は、そんな式神に上機嫌で微笑んだ。