
「ねぇクイエ。一緒に散歩へ行こう?」
扉からひょっこり顔を覗かせたシニィは、こちらを見つめながらそう問いかけてきた。
対しクイエはそんな彼女を無言で見つめ返す。
「……散歩?」
「うん」
そう言っておきながらシニィは気まずさそうに俯く。クイエはそんな彼女にただじっと視線を送っていた。
「ねぇシニィ。オレたちが今宿でゆったりしているその理由をオレは君に伝えたつもりだけど、忘れたの?」
「え〜と……その……」
「聞いてなかったみたいだからもう一度言ってあげるよ。今日は1日休息を取るから大人しくしてようかって言ったんだよシニィ?」
にっこりと微笑めばシニィは明後日の方角を見る。。
普通の女の子で体をしっかり鍛えているわけではないシニィは、不馴れな旅とクイエの早いペースについていけず、体が限界を訴えた。
そんな彼女を気遣い、クイエは今日1日体を休ませようと提案をしたのだが……どうやらシニィは“休み”に飽きたらしい。
「……もう疲れは取れたの?」
「え……まぁ」
「じゃあ一時間だけだよ?」
そう言って支度を始めるクイエ。シニィがきょとんとしたままそれを見つめていると、彼は呆れたように苦笑した。
「行きたいんでしょ?散歩」
「……!いいのっ!?」
驚き目を見開くシニィ。そして花が開花するように彼女の顔は明るい笑顔を咲かせた。
「ありがとうクイエ!!」
がばっと、シニィが喜びのあまりクイエに飛び付く。
いきなりの衝撃にクイエは危うく転けかけた。
「じゃあ!私すぐに準備するからね!」
そうして飛びついたかと思えば、パッと離れてシニィは慌ただしく部屋から退出する。
『……少し甘くしすぎかな?』
はぁと頭を掻いて、クイエは必要最低限の物を詰めた鞄を腰に巻いた。
結論から言えば、忙しかった。
元々クイエは観光に興味がないタイプなので、こんな風に誰かと町の散策をするのは初めて結構緊張していた。のだが、そんな彼の様子はお構い無しで、シニィは疲労を微塵も感じさせぬ元気さでクイエを引っ張り回した。
一時間丸々縦横無尽に町を駆け回り、宿に再び帰ってきた頃にはクイエは精神・体力共に疲れ果てていた。
荒い息を吐くクイエ。正反対に未だ瞳を爛々と輝かせるシニィ。
「本当に楽しかったぁ!ん〜でもあともう少し時間あったら向こうの方まで見に行けたんだけどなぁ……」
この町を一周するつもりか?
底知れぬパワーにクイエは恐れ半分呆れ半分で溜め息を吐いた。
「さってとぉ、そろそろお昼の時間になるし、ご飯を食べに行こう!」
「あ〜……先に行って来なよシニィ。オレはちょっと一息つきたいから」
そう言ってシニィと別れ一度部屋に戻る。そのままベッドにダイブして彼は横倒った。
数秒間ぐったりしていると、更に疲労が押し寄せてくる気がして彼は静かに上体を起こし、壁に立て掛けておいた剣へと手を伸ばす。
これを簡単に手入れしてから昼御飯を食べに行こう。
そう考え剣柄を握り締めたところで。
トントン。
突然ノック音が部屋に響き渡った。
誰だろうと思いつつ「はい」と答えて、半分引き出していた刀身を再び鞘へ納め扉へ向かう。
ゆっくりと開ければ、そこには先程散々クイエを引っ張り回した少女が立っていた。
「どうしたのシニィ?ご飯食べに行ったんじゃ……?」
「えへへ……ちょっと渡し忘れ」
恥ずかしそうに笑い、シニィが何かを包んだ両手を差し出す。クイエが素直に片手を出せば、その上に優しく何かを置かれた。
「……これは?」
「あのね、さっきよったお店にあったの。旅のお守りなんだって」
シニィが手渡してくれたのは簡素な紐と先端に小さな木片がついたお守り。木片には不思議な紋章が彫り込まれていてそれがなんとなくおしゃれだった。
「えっと……これもしかしてオレに?」
「うん!私とお揃いだよ!」
じゃん!とポケットからもう一つお守りを取り出すシニィ。
誇らしげなその表情はとても愛らしく、その行動が懐かしい顔と僅かに重なる。
ズキッ。
胸の奥に走る微かな痛み。
表情に出るような強い痛みではない。けれど、何よりも苦しく胸を締め付ける痛み。
「…………シャ。」
「へ?何か言った?」
あまりに小さすぎて耳が拾えなかった言葉にシニィは首をかしげるが、彼はすぐに「何でもないよ」と首を振った。
「そういえばシニィ、わざわざ渡しに来てくれたってことは、もしかしてお昼まだ?」
「うん」
「そっか、じゃあ一緒に食べに行こう」
そう提案すれば彼女はたちまち笑顔になって「うん!」と答えた。パタパタと駆け出すシニィを追いかけるためクイエは部屋を出る。
振り返り、部屋の中に残した剣を視界に入れながら、彼は後ろ手で部屋の扉を静かに閉めた。
