
“光陰(みちかげ)”、御前は望まれた光。
そして受け入れ難き影。
永遠の流転から弾かれた、人々が切望する哀な願の具現者。
破究(はく)。永久に留まる魂。
我等は貴方を敬います。
そして同時に軽蔑しよう。
“死”を持たない、不老不死の身体をを手に入れた貴方はまさに素晴らしく、そして妬ましい。
光陰 破究
“万物の頂点に居る世界の仕組みの欠片よ”
私は、貴方を……。
「なんて。懐かしい夢だなぁ」
ぐいと伸びをして、破究は今の今まで寝転んでいた体を起こす。
といっても破究には元来「寝る」という行動も「起きる」という行動も持ってはいない。
あくまで「フリ」である。
人の姿を模倣しただけの「フリ」。
「うーん……寝起きはイマイチ。機嫌は中の下〜……。ちょっと不調かもぅ」
そう呟いて破究は「自然」のように足を踏み出し、そして「自然」のように歩き出す。
けれどやっぱりそれは人の「フリ」だ。
そもそも破究の体は「生きている」人間と違って実体を持っている訳ではないし、足だって透けているどころか地面についてすらいないのだから、「フリ」をする必要はないのに。
それでも破究は、まるで「本当に歩いている」ように歩く。
それこそが何よりも大事なことのように、破究は「人のフリ」を繰り返し続ける。
「あ〜あ……“不老不死の身体を手に入れた”かぁ……」
『人間にはそんな風に見えてしまうのかなぁ……』
私がまるで何かの超越者だと。
最早歩くのでなく、ふよふよと漂い始める破究。
その内欠伸まで出るようになって、もう一眠りしようかなぁ……という考えが頭に浮かんだとき、その少年は公園に入ってきた。
瞳が輝き。体が勝手に動き出す。
「〜っ!ヨーキ〜〜♪」
ガバッと飛び掛かると(本当に抱き着けるわけでもないのに)少年はサッとそれを避ける。
そして破究のことをなんとも形容し難い表情で見つめた。
「……お前も飽きないなぁ」
「何言ってるんですかぁ♪私がヨーキに飽きるなんて、太陽と月が入れ換わって地球が干からびて消滅したって有り得ませんよぉ♪」
「お前が言うと有り得ない事象が本当になりそうで怖い……」
げんなりとした顔で、やたらテンションの高い破究をその場で立ったまま見る少年。いつもと違う反応に破究は宙で逆さまになって彼の顔を覗き込んだ。
「ほれ?どうしたんですヨーキ?そういえば今日は何時もより来るのが早いですし……何かありました?」
「え?いやぁ……別に?ただ、何となく来ただけだけど?」
「ふむぅ……気紛れなヨーキもまた新鮮ですねぇ」
きょほきょほと笑いながら宙を自由に気ままに動き回る破究。
その様子をじっと見つめる少年。
自分の動きを一から十まで視察する相手の視線にだんだん耐えきれなくなって、破究は彼のすぐ近くに移動する。
「もぅ……何なんです〜?ヨーキからそんなに熱烈な視線を送られると、私恥ずかしくなっちゃうんですけどぉ」
そう言うと少年は暫く目を瞬かせてから、うーんと唸って頭を掻く。
何と答えればよいか迷っているような素振りをしたまま、彼は自信なさげに口を開いた。
「あれだ……勘みたいなもんだから確信はないけどさぁ……」
「はいはい?」
「お前、調子悪かったりする?」
きょとんと固まる破究。
少年は誤魔化すように手を振る。
「いや!あの、なんとなくな!てか、そもそも幽霊のお前に調子だのなんだの有るわけないし!思っただけだからさ」
苦笑いをする少年。
けれど、いつもなら即座に何らかの反応を返すはずの破究は身動きすら取らなかった。
“幽霊”
それが何も知らない少年が自分に付けた名称。
知らないが故に、不適切な呼び名だが、破究はそれを好ましく思った。
遥か昔、破究に与えられた呼び名が、破究は嫌いだった。
だからこそ、全く違うその呼び名を、与えてくれた少年が破究は好ましかった。
大きな喪失を抱えながら、一心に努力する弱い魂。
そして何よりも優しい、思いやりを持っている少年。
「……破究?おーい、どうした?」
「…………ヨーキ!
私は……私は嬉しいですうぅぅぅっ!!」
「ギャアァッ!?声と裏腹にだらけきった顔のままこっちくんなぁあぁ!!」
嗚呼、こちらが触れられないと分かっているのに、少年は真面目に“幽霊”から逃げ回る。
小さな公園でのとある出来事。
世界に役割を担わされた、凍えた感情を温めるほんの気休め。
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「本当に気に入ってるんだね」
何もない、モノに満ち溢れた空間に笑い声が木霊する。
破究はゆっくりその声に振り返った。
それは人だった。
それは獣だった。
それは鳥だった。
それは虫だった。
それは魚だった。
それは動物だった。
それは植物だった。
それは……。
それはこの世界のあらゆる姿をしたものだった。
「勿論。私の大好きな葉希ですから」
「本当に……?本当は彼がこの世界の“鍵”だから偽りの愛を向けているのではなくて?」
「まさか……私は私の意思で彼個人を好んでいますから」
「それを世の中は“えこひいき”と言うんじゃないかい?」
「そういうのは“魂を砕く者”のような人を言うんですよ。私は確かに彼が好きですが、あれほど一人を愛する真似は出来ません。それに役割も違いますから」
ふぅん……と興味なさげに呟いてそれは破究の周りを彷徨う。
全てに認知され、万物から存在を肯定されているそれは。
「……“叶える者”が25回目の接触をしたそうだよ。それも“鍵”にね。二人目だ」
「二人“鍵”に出会ったと言えば“風の統率者”だってそうでしょう。それを言うためだけにここまで来たんです?」
クスクスとそれが笑い。破究の脇に一つの穴が顕現する。
幾つもの“実”を繁らせた大きな“根本”を写した、穴は鏡だった。
「最近出来た実は“17”と少し繋がっているみたいだけど……やはり確立した個のようだね」
「どうであっても私には関係ありませんよ」
「そうだろうね“輪廻から弾かれた者”」
クスクスと笑うそれを静かに破究は見つめる。
「果たしてその名称は私に合うのでしょうか?輪廻から弾かれたなんて、貴方も当てはまる気がしますが?」
「残念。そんなことはないよ。輪廻から弾かれたのは君だけだ破究」
ふわりとそれが破究の目の前に降り立つ。
視線を合わせて、またそれはクスリと微笑んだ。
「何が面白いのか存じませんが、随分説得力がありませんね“永遠の生命”」
「ボクと君の“永遠”をはき違えては駄目だよ。
ボクは全ての生命と共に始まり、そして全ての生命と共に終えるもの。
どの生命も生まれた瞬間からボクを認識するから“ボクを認識する以前よりも生きている存在”と錯覚する。
そして全ての生命は最期までボクを認識しているから“まだずっと生きていく存在”だと理由もなく思い込む。
“生まれる前より居て”“死んでからも生き続ける”、二つの認識の連続がボクを偽りの“永遠”を持つものと信じさせているだけなのさ。
だけど、君は違う。君こそ真実の“永遠”を持っている。永劫に死ぬことも生きることも許されぬ“永遠”を・・・ね」
やはりクスリと笑って、“永遠の生命”の姿が歪み、消える。
永劫に死ぬことも生きることも許されぬ永遠。
確かに破究はそれを抱き続けなければならぬ存在だ。
「でも、そんな私だから、始まりと終わりを持つ者が輝かしくて愛しい……」
そして、終わりが有ると知りながら、途中で終わりを迎えた魂を始まりに戻すために、自らをも投げ出す覚悟を持った幼い魂が。
「……明日は一体、どんな顔を見せてくれるんでしょうかね」
終わりのない明日を思い浮かべて、破究は穏やかに笑った。
