
―いつから“運命”は管理されるようになったんだろう―
「フィールよっ!」
バンと勢いよく背中を叩くと、彼は数歩よろめいてからギンとそいつを睨んだ。
「オカぁ……お前は何回言えばそれをやめるんだ……」
「いいじゃん別にー!スキンシップ、スキンシップ!」
「なら他のやつにしろ!」
眉間一杯に皺を寄せてフィールが怒鳴る。
オカははぁと溜め息を吐いた。
「わぁったよ、たくっ……何でこうフィール君は同居人(ルームメイト)に冷たいんだろうねぇ?」
「別にいつものことだろう」
「うわっ……ひでぇ……」
コツコツと二人の足音が響く通路。
僅かな光量の電灯でも十分全体が明るい、この真っ白な廊下がいつでも磨きあげられているのが、オカはいつも不思議だった。
だって誰かが掃除をしているところなんて見たことないから。
『まぁ、追求すれば“処分事項”なんだよなぁ……』
ふへぇと肩を落とせば、隣のフィールが怪訝そうに眉をひそめる。
「……お前、また『誰がやってるんだろう?』とか考えてるんじゃないだろうな?」
「うわぉ、何だぁフィール。いつの間に読心術を覚えたんだ?それとも以心伝心ってやつ?」
「アホ。いつもそればっか考えてるだろオカは。寧ろ他の事を考えてる方が奇跡だ」
「あぁ……ひでぇ……」
辛辣な言葉がオカの胸に刺さる。
するとフィールが突然ピタリと歩みを止めた。オカも一緒に足を止める。
「フィール?」
「……何度も言うけどな、オカはもっとその好奇心を抑制しろよ。絶対にいつか“処分事項”に触れるぞ!そんなこと気にするんならもっと別の……」
「あーあーあー!わぁーったよ!大人しくしろってんだろ!首なんて突っ込まねぇから説教は勘弁!」
「……分かればいい」
耳をおさえて説教を拒絶するオカに半ば呆れながらも、フィールは再び歩き出した。
「ところでフィールは今日何の学習が組まれてるんだ?」
「僕は物理学と生物学。あとは数学と論理学」
「うわぁ……また耳が痛くなるようなカリキュラム……」
「どうせオカは国学の基礎と簡単な人理学だろ」
「おのれ……嫌味のように……どーせ俺は覚えの悪い不良人間ですよ!」
口を思いきりひん曲げてオカが拗ねると、フィールは面白いと言わんばかりに吹き出す。
今度はオカがフィールを睨み付けた。
「いいさ、どーせ頭が良くても力はからっきしだもんなぁフィールは。辞書より重いものモテマセーン」
「……辞書を例えに出しても力の無さは強調されんと思うんだが・・・まぁいいじゃないか。頭が弱ければその分早く番を選ばれて子を生むだけだ」
「いちいち勘に障るよな……。にしても番ねぇ、実感ないなぁ」
呟かれた言葉にフィールが訝しげな顔を見せる。
「何だよ実感って」
「だって“女”なんてガキの頃ちょろっと見るだけで、後はずっと別けられて会えもしないじゃん?それと子作り?想像できねぇし、そもそもなら何で別ける必要があるんだか」
「……バカだバカだとは思っていたが本すら読まないバカだとは思わなかった……あのなオカ“男”と“女”じゃ思考の根本がまるで違う。故に齟齬が発生しやすい。基本中の基本な知識だぞ?」
「おぐぅ……!」
「隔離だってそれを抑えるために必要な対処、それでも種の保存のために、別々の個体同士でいさかいが起きないペアを上が選んで作る……基本というより常識だな」
フィールの話をオカは途中から聞いていなかった。
知っているから。
この世界の常識。
全ては管理されて、その管理の基に築かれた“平穏”をオカとフィールは、この世界の住人は生きている。
『だけど……』
それは根拠のない疑問。
どうしてこんな感情を抱くのか?オカは自分自身が分からなくて。だから、いつも通りの生活を送っている。
いつも通りの、決められた日常を。
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「アレが“管理城(コミュニティー)”か?」
空気の乾いた荒野の風を受けながら、金の髪の人間が声を発する。
「あぁそうさ。でっけぇ偽物の世界……“家畜”の為に作られた飼育城よ」
もう一人は苛立たしげにケッと唾を吐いて“管理城”を睨み付けた。
「気味が悪ぃ、あン中に何万単位の人間が飼育されてるんだ。訳も知らずな」
「だからこそのボク等だろう?」
「おうよ!さぁて、そろそろ行きますかねぇ」
「突撃はお前に任せたぞラグティス」
「まぁ任せろ!仮にもテメェは女だしな!」
「……仮には余計だ。仕事前に怪我をしたいのか?」
「おぉ怖っ……ま、おふざけはやめて……気を引き締めろ、メイヤ」
そこで会話をやめ、二人は同時に地を蹴り、物凄い勢いで“管理城”に向けて走り出した。
砂埃が二人の軌跡の上を舞う。建物の白い壁との距離が縮まる。
そして残りが20クロをきったところで二人の腕に変化が起きた。淡い光が肘までを覆う。
そして、光の粒子を纏ったその腕を、彼等は躊躇なく白い壁に叩き付けた。
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始まりのお話
