そこに立っていたのは、二人だけだった。
先ほど無理矢理引き戻された方は慌てて向き直り気を付けをする。
「あ……えっと、初めまして?」
「…………」
紫(し)色の瞳は動くこともなく真っ直ぐ見つめている。
そして、おもむろに白い手のひらがもう一人の首にかけられた。
僅かに伝わる圧迫感に片方が瞠目する。
「……もしも」
「もしも、ここで首を絞められたらお前はどうする?」
紫色は静かに問うた。
しばらく、なんの言葉もないまま時が進む。
だが、驚きに染まった瞳が優しくなると共に、彼は答えた。
「……死にたくないからみっともなくもがきます」
「でも、絞められたとしても痛みなんてないんですよね」
それまで動かなかった瞳が、初めて見開かれた。
彼は己の首にかけられたその手首を掴む。
まるで抵抗するように。
まるで受け入れるように。
「痛いのは貴方なんですよね」
「首だけじゃない。
頭も、胸も、心も、
何もかもの痛みを感じるのは、貴方なんですよね」
「だって、僕の体は始めから・・・ないんだから」
悲しげに双つの色が揺れる。
紫色は知っていた。
そして、紫色に程近い双つの色も全てを知っていた。
彼は彼を抑えるためだけに造られたのだから。
抑え込むための力と、抑えている間に考える思考だけがあれば良かった。
だから、体は余分に要らない。
紫色の手のひらが力を緩める。
緩め、手をかけたまま初めて感情を宿した瞳が言葉を紡いだ。
「……俺を殺せば……体が手にはいるぞ」
「できません」
きっぱりと、双つの色が言う。
紫色に浮かんだその感情を受け取りながら、彼は笑んだ。
「だって、その体は貴方が生まれてからずっと貴方のものですから。
僕は……僕のものにはできません」
「……それで、いいのか」
「はい。
でも、ひとつだけお願いをしていいですか?」
双つの色が強く儚く瞳を震わせる。
ただ真っ直ぐに紫色を見つめて、震える気持ちのまま願いを言葉にする。
「約束、しちゃったんです。また一緒にいようって。
だけど、僕にはできないから……だから、伝えてほしいんです」
「約束を守れなくてごめんなさい、そして、約束してくれてありがとうって」
笑んだまま、双つの色から滴が溢れだす。
ポタポタと落ちていく感情を紫色は眺めていた。
「……自分で……伝えろ」
「駄目ですよ……僕が貴方を抑える必要はもうないんですから……。
だから、体は借りれません」
泣きながら。
静かに泣きながら彼は笑う。
紫色は不意に首にかけていた腕を解いた。
そのまま、汚れたままの右手で落ちていく感情をひとつ掬う。
それは、双つの色が流した涙。
それは、同じ体を持つ彼が流した涙。
紫色は流さぬ、その体が忘れていたとされていた涙。
「…………俺にも……泣くことが許されてたのか……」
「…………俺には……笑うことが許されていたのか……」
紫色が強く揺れる。
双つの色はゆっくりと肩に手をおき、彼に向けて笑った。
「許しなんてなくても、貴方は笑えるし、貴方は涙を流すことだってできます。
だってこんなにも沢山を感じることができるんだから」
一度、双つの色が混ざり合うように紫色に触れた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
紫色の頬を、初めての感触が撫でていく。
そしてそれは、顎を伝って地面に透明を散らせた。
双つの色は、混ざりあってどこかへいってしまった。
彼の瞼の内側で、混ざりあった紫色は動くことなく、ただそこにあるだけだった。
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5の世界の最終場面です。
こんな具合に締めはすぐ浮かぶんですが始まりと過程が……むむ……。