おばさんの頼み事を済ませる以外特にやることのないある日のこと、黒ずきんこと黒姫は銃を携えてやってきた。
「犬、ついてきなさい。言っておくけど拒否権は、ないから」
厄日かもしれない。
ルーチェは青ざめながらそんなことを思った。
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「ねぇ黒姫本当にこんなところにあるの?」
「あるのよ。わかったら口より鼻を動かしなさい」
「……」
仄暗い森の中をルーチェは中腰になって歩く。
何をしているのか。
なんでも黒姫曰くある葉を探しているらしい。
食べられるらしいその葉は、本日丁度売り切れていて入手できなかったらしい。
しかし、彼女が葉を必要としているのは今日この日。
そこで彼女は、その葉を採ることにした。
ルーチェを使って。
「ねぇ黒姫?確認なんだけど本当にその葉は変わった匂いがするわけ?」
「えぇ、青臭さにツンとしたものが混ざったような匂いよ」
「……これじゃないの?」
「ふざけてるの?大きさは手のひらサイズだって言ったじゃない。首輪つけられたいの?」
「遠慮します」
苦々しい表情でルーチェは手に取った小さな草を放る。
そうして再びすんすんと植物の匂いを嗅いだ。
いくら人の体を与えられたとて彼は狼だった。
嗅覚は人のそれと比べ物にはならないほど良い。
良いのだが、忘れてはならないのが彼が狼であることだ。
草の匂いを嗅ぎ別けようとすると、そこに染み付いた小動物の香りも嗅覚に運ばれる。
途端、本能がそちらにばかり意識を持っていこうとするから、ルーチェの作業は難航した。
それでも彼の根気強さと黒姫の適度(?)な叱咤により、探索から一時間でそれは見つかった。
「これよ。これ」
黒姫が小さな自身の鼻を葉に近づけ、その匂いを嗅ぐ。
そしてすぐにそれを摘み始めた。
そんな彼女の背後で仕事を終えたルーチェが疲れたようにその場に座り込む。
慣れないことをしたせいで鼻が無性に痒かった。
それを我慢しつつぼんやりと作業に夢中な少女を見つめる。
腰に見える凶悪な武器さえ除けば、片手に篭を持ち熱心に摘みとりを続ける姿は女の子らしかった。
こちらを振り返ることなく一心に摘み続ける黒い髪の少女。
肩にかけられた赤色のストールが見える度、何かがルーチェの胸で疼いた。
熱心に、一心に、摘み続ける少女。それは、それはまるで、
「どうしたの狼さん?」
いつの間に振り返ったのか、黒い双眸がじっと彼をとらえていた。
その内には、おおよそ少女には似つかわない色が浮かんでいる。
「別に、どうもしないけど」
「ウソ。今の今まで美味しそうなものを見るような目をしてたくせに」
クスクス。
少女の微かな笑い声が耳に届く。
鋭く光る瞳の中に少女らしさは欠片もない。
ただ、狩る者めいた存在の強さばかり駄々漏れている。
美味しそうなものを見る目?
嘘つきな黒姫。
そんな目をしているのは僕じゃない。
「君じゃないか」
ベチンと両頬を挟むように叩かれた。
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「揚げ物にして食べるのよ」
葉の使い道を聞いたらそんな答えが返された。
あんなに臭いものでも人は色んな方法で食べてしまうから不思議だ。
「折角だから食べてみる?」
「う〜……でもそういうのって絶対苦いじゃん……」
「それが美味しいんじゃない」
「えぇ〜……」
肉食のルーチェには到底理解できない嗜好だった。
それがどうやら黒姫には良いネタになったらしい。
「この素晴らしさが分からない可哀想な犬に、今日の報酬としてたくさん食べさせてあげるわ。さあ来なさい」
「だから犬じゃない!!」
どこか嬉々として歩みを早める少女に狼少年はがっくりと項垂れた。
苦味の拷問でルーチェが断末魔をあげるまであと数分。
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最初はもろ赤ずきんな流れにしたかったのに、気づいたらルーチェがいじられてるだけだった。