入口




「桐生チャァン!!」

「……!また兄さんか!」


神室町を歩いていると、目の前を何かが通り過ぎて行った。


逃げるグレーと追うパイソン。


あれは、桐生さんと真島さんだ。


桐生さんが神室町に帰って来たあの日。

見掛けた桐生さんに声をかけようとしたら、それに近付く蛇が居た。

良く知った二人。

堂島の龍と嶋野の狂犬が往来で睨み合う様は、周辺の人間を遠ざけつつも魅了していた。

桐生さんに向かってドスを構える真島さん。

ねぇねぇ、銃刀法違反て言葉知ってますか?
当たり前の事を、思わず言いたくなる。

極道関係者に、しかも天下の真島吾朗にそんな事言った所で意味はないのだけれど。

桐生さんは応戦するもあっという間に負けてしまって。

曖昧な記憶ではあるけれど、十年前の私がまだ幼かった頃に見た彼はそんなに弱かっただろうかと思ったほど。

その日以降、神室町でやたらと桐生さんとそれを付け狙う真島さんを良く見掛けようになった。

どうやら真島さんは桐生さんと喧嘩する為に探し回っているようで。


昔の桐生さんを取り戻すお手伝いをしているのだと、真島組の西田さんが言っていた。


だから桐生さんの行く先々に真島さんが現れては喧嘩を売ってくると、それは桐生さん本人が教えてくれた。


「グレースーツのお兄さんに蛇柄ジャケットの怖そうな人が絡んでた」とは、スマイルバーガーで働く友人Aの証言である。


この間なんて、


「そこのなまえちゃん、止まりなさい」


そう言われ、おまわりさんに職質された。
と思ったらおまわりさんは真島さんで、桐生ちゃん知らんか?と聞かれた。

なんでそんな格好を……?と聞く前に桐生さんが現れて、桐生さんが武器持ちと聞くが早いかあっという間にバトル開始。

仕方なく離れて見ていたら、応戦する桐生さんにバットを器用に振り回す真島さん。


なんで桐生さん武器なんて持ってたんだろう。

まぁでも。

すごく楽しそうだったなぁ。真島さんが。


そう言えば、ド派手なピンクのミニドレスを着た、やたらと体格の良い金髪の女性と桐生さんが戦ってて、桐生さんてば何やってんの?って、思わず野次馬に入ったら、まさかの真島さんだった。

その後で髭の生えた異様なキャバ嬢姿の真島さんに話し掛けたら「嫌やわぁん!ゴロ美って呼んでや〜」って抱き着かれた時はもう何も言えなかった。


(ほんのちょっとだけ可愛いかも?と思ったのは内緒だよ)



「桐生チャァン!!」


と奇声を発しながら追い掛ける姿。

そしてステゴロ、バット、ドス。

ゴミ箱から出てきたり、車のトランクに居たり、大きい三角コーンに入ってたり、マンホールの下に居たり。

上から下から右から左から後ろから前から。

真島さんは何処からでもやって来て喧嘩を売って。

そして、ありとあらゆるスタイルで戦う彼等。

この短期間でどれほどあの二人のやり取りを見ただろう。


一度、真島さんに「楽しそうだね」って言ったら「まだまだこんなもんやないで!」ってすごくキラキラした顔で話していた。


そうだ、この人は10年も待っていたのだ。



「次は何しよかのう。なまえちゃん一緒に考えてや!」


「ええ……?えっと、じゃあ、」


まさかあの時適当に言ったバーテンダーをやるとは思わなかった。

しかもぼったくろうとしたなんて……。

桐生さんごめんなさい。




そんな日々の出来事をぼんやりと思考していた時に、西田さんから電話が入った。

大体は真島さんの携帯の充電が切れた時に代わりに人を呼び出す事が多いけれど、果たして。




「親父が海に落ちました」


呼び出しに応じて真島組の事務所に行くと、西田さんからそう告げられた。

元堂島組の組員達が桐生さんを狙っていた。

それにいち早く気付いた真島さんは桐生さんの助っ人として一緒に戦って、敵の銃に撃たれて海に落ちた。

幸い急所は外れていたらしい。
それでも流石に危なかったらしい。

搬送されて、処置後は素直に入院すればいいのに、頑なに拒否をして半ば脱走に近い形で家に帰ってきてしまった。

そんな困ったさんのお世話係を頼まれて、一連の流れを聞きつつ、西田さんに連れられて真島さんの家。

神室町近郊の、マンションの一室。

まだ夕方だけど、今は十二月。
冬場の太陽は早々に去り、辺りは真っ暗。


室内にそろりと入る。


「お、お邪魔します……」


西田さんは私の先を行き、勝手知ったる人の家と言う訳か、そのままリビングへ。

来る前に寄ったドラッグストアで買ったドリンクなどを冷蔵庫に入れてくれた。

その後は寝室へ案内される。


「ここが親父の寝室です」


西田さんは扉をそっとノックして、声をかける。


「親父、西田です。なまえさんをお連れしました」

「……おお」


くぐもった、呻くような返事。


薄暗い寝室の中央の大きめなベッド。

その真ん中に、黄色いベッドライトで照らされた少し膨らんだ人の形。


そんな部屋の主に一つか二つ報告をして、後はお願いしますと西田さんは帰って行った。


「失礼します……」

「おん」


そっと近付くと大の字に近い形で寝そべる真島さん。


「聞きましたよ、色々。具合はどうです?」

「そないに大した事やないっちゅーねん!俺はそないにヤワやないわ」

「……普通は銃で撃たれて海に落ちたらとても大事なんですけども」


ジトリと見遣ると、ヒヒヒと何時もより少し大人しめの笑いが返ってくる。

モゾモゾと動き、よいせ、と起き上がる真島さん。

スポーツドリンクを手渡すと、封を開けてぐびぐびと飲み干していく。

下半身はスウェット。
上半身は素肌で腹部に包帯。

痣と、擦り傷。

ライトの頼りない明かりが灯る部屋の中で浮かぶ真島さんのシルエットは痛々しかった。


よくよく見ると、包帯に血が滲んでいる。

指摘すれば、またもや大した事あらへん、と言う真島さんに少しだけ呆れつつも、そのままにしておく訳には行かないと処置を申し出た。

先ずはタオルの在り処を聞いて、何枚か拝借。
熱めのお湯に浸して、固く絞ってビニール袋へ。

先程ドラッグストアで購入した包帯やガーゼなどを手に再び寝室に向う。


彼はベッドサイドに腰掛けて煙草を吸っていた。


「あんまり吸ってたらお腹の穴から煙出ちゃうよ」


なんて冗談を言ったら、


「そら楽しそうや!やってみるか?」


なんて帰ってくる。

そんなことあったら困る。
大人しくしててください。

眩しかろうと電気はベッドライトのみ。

漸く煙草を揉み消した彼の側に寄り、そっと腹部の包帯を外す。

少し高めの体温。
傷のせいで熱が出ているのだろう。
タオルで少し汗ばんだ身体を拭いていく。

時々、不自然に盛り上がった皮膚に触れる。

これは、傷痕だろうか。

気にはなるものの、体を冷やす訳にはいかないので、せっせと拭う。

擽ったいのう、なんて言いながら素直に従っていてくれる。

拭き終わったら処置。
腹部のガーゼは二箇所。

一つ剥がすとまだ痛々しい刺された傷。

もう一つ剥がすと、真新しい撃たれた傷。

患部に触れないように周囲を拭き、そっとガーゼで血を拭って。

傷口を消毒し、塗り薬を塗布したガーゼを被せ、サージカルテープで固定する。

新しい包帯を巻いて終わり。


全く、刺傷と銃創があるだなんて。

いくら極道に生きる人間だとしても今日そうそう起きる事じゃない。

というか、起こってたまるか。


でも。

何度も街で見掛けた、彼の姿。

相手が素手だろうが、鉄パイプだろうが、釘バットだろうが気にしない。

何もお構い無しに、嬉嬉として、目を爛々と光らせて飛びかかっていく姿。

目にも止まらぬ早さで相手を翻弄していく。

相手が弱ければつまらないと吐き出し、

相手が強ければ更に目の輝きは増す。

欲に忠実。

見つかったら最後、それはもう彼のターゲットなのだ。

己など気にもせず、鋭い牙と爪で喰らいつく。

正に狂犬。

真島吾朗と言う男は何時だってそうなのだ。


それにしても銃や刃物なんて……

いやでもこの人ドス持ち歩いているしな。



処置が終わるとすごすごと、大人しく布団に戻っていく。

乱れた布団を直そうと手をかける。


掛け直した直後、


「なまえ」


と呼ばれ。

思わず真島さんの顔を見つめると、ぽんぽん、と布団を叩く仕草。


「ほれ、」


掛布団を広げて、柔らかな世界への誘い。


「ほれ、一緒におねんねしよや」


だなんて。


「え、で、でも……」


一緒におねんねとはこれ如何に。

それも流石に洋服のままでは抵抗がある。

自宅でだって必ず部屋着に着替えてからベッドに入るのだから。

ましてそれを、人様の家でなんて。

真島さんだろうが、友人だろうが関係なく、気が引ける。

考えあぐねていると、


「ごぉー、よーん、さぁーん、にぃー、いー…」


無情なカウント。

そのカウントが終わった先に良い事があった試しが無いとちゃんと学習している。

慌ててしまって、瞬時に意を決してそっと隙間に入る。


「慌てるくらいなんやったら、最初っから素直に来れば良かったんや」


全く!なんて、わざと拗ねたふうに。


変な位置に入ってしまって、体制を直そうとすると「そのままでええ」の声。

少しだけ、真島さんより高い位置。



距離が近くなったことで、見える傷痕発見。


白く変色して盛り上がった皮膚。

潜り抜けてきた修羅場の数だけ刻まれた傷。

先程も思ったけれど、今は暗くて見えない身体中に散らばっているだろう。

私の知らない真島さんを知る、無数の痕。


普段は見えない、発見した額の端に見える傷痕を、そろりと撫でた。

ほんの少しだけ、真島さんが震えた気がした。


「あんま見るもんとちゃうで」


そうは言いながらも私に絡み付くだけで、決して止めてこない。


触れる事を、赦された、と思う。


凹凸を指の腹でゆっくりと、やわやわと撫でながら顔を見ると、右目は閉じられていた。


右側、目の下の薄い皮膚の青み。

寝不足は勿論、疲労もあるだろう。

視覚の全てを右目で担っているのだ。

眼帯はこんな時でもしっかりと左目を覆っている。

それは最早癖、なのかも知れない。


何時の間にか、胸元に顔を埋めて擦り寄ってきて。

今は、狂犬とは言い難いような。


少し乱れた髪をそっと手ぐしで梳いて、まるで子供をあやす様に撫でる。

やがて、聞こえた寝息。


そうね、今は抱き枕役を受けましょう。


頬が緩むのを感じながら、起きたらまた街に出てしまうであろうその時まで、少しでもゆっくりと眠れるように。


額の痕に願いを落とした。





(貴方の、不可侵領域の入り口に横たわる)

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