go out with…???

ぱちり、と目が覚める。
ベッドの傍らに置かれた時計を見ると、目覚ましのタイマーより1時間ほど早かった。
いつもならばさっさと布団に潜り込み二度寝を決め込むところ。でも今日はそのまま勢いをつけて身体を起こし、ベッドから抜け出した。
11月の朝はもうすっかり肌寒くて、私は寒い寒いと口にしながら暖房のスイッチを押すと、ソファの上に置きっぱなしになっていたフリースを羽織って更に冷え込みの強い窓辺に近づきカーテンを開けた。
射し込む光は身体を温めるには弱々しいものだけど、碧く冴え渡った空模様は今日1日の幸先を約束しているようで。

「良かった、よく晴れてる」

私は自然とそう呟いていた。


***


今まで溜まりに溜まっていた有給休暇を早く取れ、という上司からの再三の有り難い催促にようやく素直に従うことにして、久しぶりに平日休みになりそうなんです、と真島さんに話すと、

「当たり前やろ、働きすぎやで」

と呆れたように返された。

「だって忙しいんですよ。私しか分からないからって、みんな私の机の上にどんどん書類を置いていっちゃうし、電話もじゃんじゃん掛けてくるし…」
「そらお前がちゃんと断らんからやろが」
「それはそうなんですけど…」

全くの正論に唸ると、ほんまになまえは頼られると弱いなぁ、と真島さんは再び呆れたようだった。

「で、いつ休みなんや?」

そう問われ、私はバッグの中から手帳を引っ張り出し11月のページを開いた。

「えーと、来月の…ここからここまで、です」

私は週半ばから週末にかけて指を滑らせる。土日と合わせて5連休という一人大型連休だ。
まだ有休は残っているけれど、これ以上一度に取ってしまうと休暇明けの机の上が恐ろしいので、とりあえず忙しくなる前に数日だけでも…という日数にしては結構消極的な理由である。
真島さんはほぉんと呟きながらじっと手帳を見つめていたかと思うと、ある日付の数字の上に人差し指を置き、数回トントンと叩いた。

「ここ1日、俺が貰ったるわ」

そう言って口元に弧を描くその様を、私は何も言えず見つめていた。
真島さんが私の予定も聞かずに勝手に決めてしまったことに呆れたからとか、そういうわけではない。
いや確かにちょっとは呆れる思いもあったけれど、いつもの事だし諦めに似た納得は既に済んでいる。
だから、そうではなくて。

「……良いんですか?」
「あ?良いも悪いもあるか、せやったら何も言わへんやろ。それともなんや、なまえは嫌なんか?」
「嫌な訳ないじゃないですか!ただ真島さん私以上に忙しいのに、そんな、1日一緒に居られるなんて、」

すごく嬉しくて、と思わず食い気味に飛び出した言葉はいつも以上に素直で、締め括りに困った私は口ごもってしまう。
恥じらいに頬が少し熱い、目が合わせられず視線を下へと逃した。
最初っから素直にそう言えばええねん、と頭の上から降ってくる声は笑っている。
楽しみやなぁ、と追い討ちをかけられてはもう、どうしようもない。
伏せ気味だった顔を上げて、真島さんに向き直る。思った通りちょっと意地悪気な笑顔を浮かべていたけれど構わず、

「私も楽しみです。連休が待ち遠しくなりました」

そう返すと、真島さんはヒッヒッヒッと更に上機嫌そうに笑った。


***


早めに起きたことを幸いに、少しゆっくり朝食をとり、いつも以上に念入りに丁寧にメイクをする。
あの日から悩み、天気予報と相談しながら決めた洋服を身に纏って、姿見の前に立ち自分と向かい合った。

顔色良し、髪の毛のハネなし、服のシワなし。

心の中で指差し確認をしている自分がいて、そんな浮かれっぷりに苦笑してしまう。けれど――改まったお出掛けって、なんでこんなにも心が踊るんだろう。
当日は迎えに行くから部屋で待っとくんやで、という真島さんの言葉を思い出しつつ、すぐに出掛けられるようにバッグとコートをソファの上に置いて、その隣に私も腰掛けた。
心と身体がそわそわと落ち着かず、かと言ってテレビやスマホを見る気分にもならず。
ちらり、と時間を確認してはまだ数分も経っていないことにまたもそわそわしてしまう。
――ピンポーン
そんな落ち着かない、けれど嫌ではない時間を過ごすこと暫し。
待ちわびたインターホンの音を聞くと同時に、私は玄関へと急いだ。
ロックを解除する直前、あまり急いた手付きで扉を開ければ真島さんに色々とダダ漏れだな…と急に冷静になる自分が居て、深呼吸しつついつも通りを心掛けてドアノブに手を掛けた。

「誰が来たんか確認もせずに開けたらアカンやないのぉ、なまえちゃん」

だから、私が咄嗟に声が出せなかったのは仕方がないと思う…むしろこの場合、大声を出さなかったことを褒めてほしいくらいだ。
私が玄関扉を開けて出会ったのは、何時だかのピンクのボディコン姿の真島さんで――つまり、ゴロ美さんだった。
唇の端を吊り上げたその人から投げかけられた、迎えに来たで、という言葉に、私はあまりの事態に固まっていたらしい意識を取り戻した。急いで真島さんもといゴロ美さんの手を取ると、玄関の内側に引っ張り込む。ハイヒールを履いているにも関わらず、突然引っ張られても全くよろめくことなくそのままついて来れる体幹の良さがちょっと憎らしい。
私は突っかけていた靴を脱ぐとフローリングに足を載せてその場でくるりと反転し、相変わらず悪そうな笑顔を浮かべるまじ…ゴロ美さんと向き合った。

「なまえちゃんてば強引ー!」
「強引にもなりますよ!?なんて格好して来てるんですか?!!?」
「えー、ゴロ美、嫌やった?」
「嫌じゃないですよ!!」
「せやったら何をそんなに怒っとんねん」
「怒りもしますよ!なんで上着の1つも羽織ってないんですか?!」
「あ?上着?」
「そうです上着!!今日一体気温何度だと思ってるんですか?!いくら何時もあんなお腹丸出しの格好してるからって、それ以上に露出多いその格好で1日居たら今度こそ風邪引きますよ?!」

そこまで言って、この玄関先も大分冷えているということに思い至る。

「ここも寒いですから、とりあえず部屋上がってください…って、何笑ってるんですか!」

面食らったような顔を見せたあと少し肩を震わせていたゴロ美さんは、耐えきれなくなったと言わんばかりに吹き出し、ヒーヒー笑い始めた。
笑いすぎですよ、と声を掛けてもその声が止むことはなく。
私はもう諦めて構わずゴロ美さんの腕を掴むと、部屋の中に誘導するように軽く引っ張った。
ゴロ美さんは未だに笑っているものの、素直にハイヒールを脱ぎ捨てて後をついてきた。そんな様が少し可愛いなと思いつつ、触れた腕の冷たさが気になって仕方がない。
とりあえず暖房がついている居間にゴロ美さんを待機させて、私は寝室のクローゼットの中を探ってみるものの。
――コートはもちろん入らないし、かと言って防寒具だけを身に着けているのも明らかにおかしいし…。
勢いに任せて来たは良いけどどうしよう、と内心唸っていると、ようやく笑いが止まったらしいゴロ美さんがひょっこり顔を出した。

「何悩んどんのや」
「…貴方に着せるものがないなって」
「寒ないから要らんで」
「ダメです!!」

私の言ったこと聞いてました?!と思わず強めに言い返すと、ゴロ美さんはまたもや口元を緩ませて笑い出しそうな雰囲気で。

「…なんでまた笑うんですか」
「なまえちゃんは優しいなあと思ってぇ。せやけど着れるモンないやろ?早よ出な時間なくなるで」
「そうなんですけど…!!もうストール何重にも巻いて行きません?」
「えー、ゴロ美可愛くないの嫌やわぁ」
「面倒臭いな…!!」
「なまえちゃんが強情なんやろ」

思わず出た言葉への即座な切り返しに、私は口を噤む。
私が強情なのだろうか、でも気に掛かってしまうものは仕方がないのだ。
ゴロ美さんの顔を見つめる、未だ口元に緩い笑みを浮かべたままのその人に嫌な思いをさせたい訳じゃない、だけど。

「何や言いたそうやな、言葉にせんと分からんで?」

普段から自分を省みない人だから、こんな日にはせめて、と思ってしまうのは私の一方的な感情で、我儘だと分かっていても。

「…私だって、嫌です、譲れないんです」

ゴロ美さんの目を真っ直ぐ見てそう言うと、その目は少し見開かれ。
かと思うと、ふっと目元が和らいだ、ように見えて。

「しゃあないのぉ」

溜息を含んだその言葉とともに、きらびやかなネイルの施された手が差し出される。

「ほれ、早よ寄越し」

ゴロ美に似合わんのは嫌やでぇ、と言われ、私は慌ててなるべく厚手で大きめのものを2、3枚渡した。
嫌だと言った割には大した検分もせずざっと広げて全てを重ね持つと、そのまま雑に身に纏った。肩から胸下辺りまでが覆われ、攻撃的なボディコンドレスのピンク色も鮮やかな刺青の露出も少しだけ主張が弱まる。

「あの…ありがとうございます」
「ええのええの、なまえちゃんのお願いやものぉ」

それより今度こそ出掛けるで、と部屋を出ていくゴロ美さんの後を追う。
居間に戻って暖房を消し、ソファに置いていたコートを羽織りバッグを持つ。最後に一瞬鏡を覗いてこっそりと最終チェックを済ませて玄関へと向かった。
既にヒールを履いて待っていたゴロ美さんに、お待たせしました、と一声掛けると、ほんなら行こか、と手を握られ一緒に扉の外に出た。
思っていた通りに冷え込んでいる空気に思わず首を竦め、続いてゴロ美さんの様子を伺う。
なまえちゃんのおかげであったかいわぁと言いつつも、羽織ったストールの前を掻き合わせるでもなく平然としているばかりか、私の方を見て寒いんなら1枚要るか?などと聞いてくる始末。
本当に寒さなど感じていないその様子に、強情を張ったことをほんのりと後ろめたく思う。
そんな私の思いを知ってか知らずか鼻歌を歌ってご機嫌そうなゴロ美さんは、せや、とこちらの顔を覗き込んできた。

「なまえ、さん付け禁止な」
「え??!」
「だってぇ、折角2人で遊ぶのに他人行儀やないのぉ」

ゴロ美ちゃんって呼んでや〜と愉しげに言うその人に、私は空いた口が塞がらない。

「流石に、ちゃん付けは…」
「なぁに、ゴロ美の我儘は聞いてくれへんの?」

そう言われると先に我儘を言った私は弱い。むずむずとした恥ずかしさが背中を撫でるのを感じながら、私は呼吸を整えて、

「…ゴロ美ちゃん」

その名前を口にした。対するその人は口角を吊り上げると、上出来や、と呟く。何故だか頬が熱かった。

「ほんまは敬語もやめて欲しいんやけどぉ、流石に無理そうやから勘弁したるわ」
「ありがとうございます…」

ゴロ美ってば優しいんだからぁ!という言葉に返す間もなく、目の前に一台の車が静かに滑り込んできた。ゴロ美さん…ゴロ美ちゃんが何も言わないということは、きっと迎えの車なのだろう。
運転席から降りてきた男性が当たり前のように後部座席のドアを開ける。
ほれ、早よ乗り、とゴロ美ちゃんにも促され、ドアを押さえている男性にお礼を言いつつ車に乗り込む。
温かく調温がされている車内にほっと一息ついていると、車はゆっくりと走り始めた。

「ゴロ美さ、ゴロ美ちゃん、これからどこに行くんですか?」

間違えて呼んでしまいそうになったのを慌てて言い直し、まだ聞いていなかった今日の予定を確認する。
ゴロ美ちゃんはそんな私を横目で見つつ笑って、せやなあ、と考え込む素振りを見せる。そして、

「まぁまずは、ショッピングからや!」

そう高らかに宣言した。


***


そうして連れられて来たのはいかにもなブティック。黒と白で統一された店内は落ち着いた雰囲気を醸し出していて、真島さんとお付き合いしているとはいえこういったお店とは縁遠い私は、自分の場違いさに身体が緊張してしまう。
そんな私以上にそぐわない格好をしているだろうゴロ美ちゃんは気にした様子も全くなく、店内でいらっしゃいませ、と優雅に一礼した女性の元へと近づいていく。

「元気そうやな、オーナー」
「ご無沙汰しております、おかげさまで。そちらのドレスお気に召して頂けたようで何よりです」
「これなぁ!身体の動きを邪魔せんから最高やで!さっすが俺の見込んだ店や!」
「過分なお言葉、ありがとうございます」

にこりと笑ってさり気なくこちらに視線を向けた彼女は、本日はお連れ様のお探し物ですか?と問う。
その言葉に固まる。慌てて否定し、違いますよね?!という視線をゴロ美ちゃんに飛ばした。
するとゴロ美ちゃんは面白がるような表情で覗き込んできながら、遠慮せんでもええんやで?などと言う。

「遠慮しておきます…!」
「なんや、つまらん」

つまらないと言いつつヒッヒッヒッと笑ってあっさり引いたゴロ美ちゃんはオーナーさんに向き直ると、

「この子は遠慮しぃやからな、今日はやめとこか。用があるんはコッチや」

そう言って片手をひらひらと振る。

「この格好で着れるコートが欲しいんやが、ええのあるか?」
「コート、ですか…いくつかご用意があります。動きやすさ重視のものがよろしいですか?」

あるんだ…と驚く私と、あー…と言い淀むゴロ美ちゃん。

「…いや、そこには拘らん。今回はどっちかっちゅうと温さ優先で頼むわ」
「かしこまりました」

思わずゴロ美ちゃんの顔を仰ぐ――その言葉の甘さが理解できるのは、私だけで。

「…ゴロ美ちゃん、」
「なんや?」
「ゴロ美ちゃんに似合うコート、探しましょう」
「んー、ゴロ美何でも似合ってまうから困るねん、なまえちゃんしっかり選んでな?」
「もちろん」

くすぐったいような、照れくさいような。
オーナーさんが戻ってくるまでの僅かな間、私たちはそんな軽口を叩き合った。


オーナーさんは1つのラックと共に戻ってきた。そこには男性用・女性用問わず様々なデザインのコートが数多く掛けられている。
定番のトレンチコート、留め具の可愛らしいダッフルコート、暖かそうなダウンコート、女性らしい丸みを帯びたコクーンコート、高級感溢れるファーコートetc…
ゴロ美ちゃん以外にも同じような人の需要があるんだな…と何となく察してしまった。
さぁ選ぶで〜!と早速ラックに近づき試着し始めたゴロ美ちゃんに続いて、私もコート選びに加わる。温かさ重視で、という言葉通りに厚手であったり丈が長めであるものが多く、しかもどれを着ても似合うから困ってしまった。
――流石はゴロ美ちゃんのドレスを作った人だ、よく分かっている。
思わず1人感心していると、ゴロ美ちゃんがどれがええと思う〜?と聞いてきた。

「本当に何でも似合っちゃうんですね」
「せやろ〜?やからなまえちゃん、頼むで?」
「うーん、そうですね…これ、とかどうです?」

私が手に取ったのは、ネイビーのチェスターコート。襟元はややざっくりと開いていて胸下辺りのボタン1つで留めるタイプなのがシンプルですっきりとした印象を与えるそれは、試しにとゴロ美ちゃんが羽織った時に膝下丈でありながら着た感じがぴったりだなと思ったのだ。
手渡すとゴロ美ちゃんは袖を通し、くるりと一回転すると、どや?と確認するように首を少し傾げた。

「とっても素敵です」
「よし、これにしよか」

私の言葉で即決したゴロ美ちゃんに慌てる。

「え?!そんな、私の意見だけで良いんですか」
「ん〜?ゴロ美も気に入ってるで?それにぃ、ウチのことよーく分かってるなまえちゃんが選んだものに間違いはないやろ?」
「…ありがとうございます…?」
「なんで疑問系やねん」

少し呆れたように笑ったゴロ美ちゃんは、ほんならなまえちゃんはちょっと待っとってや〜と言うと、一歩離れたところで静かに待っていたオーナーさんとお店の奥の方へ歩いていった。恐らくお会計をするのだろう――お財布をどこに入れているのかは謎であるけど。
相変わらず慣れない店内で身の置き場の無さを感じつつ待っていると、先程のコートを身に纏ったゴロ美ちゃんが戻ってきた。

「ずっとそこで待っとったんかい…好きに見て回っとって良かったんやで?」
「私にはハードルが高いです……」
「なんやそれ、よう分からん奴っちゃなぁ」

まあええ、と言うと、コートのポケットからシックな色合いのリボンでラッピングされた小ぶりの紙袋を取り出して手渡してきた。

「これは…?」
「ゴロ美からなまえちゃんへのちょっとしたプレゼントや!」
「え、そんな、何もないのに…」
「ええからええから〜」

促されるままにリボンを解き中の物を取り出すと、それは黒の革手袋だった。手首の部分にボリュームのあるファーがあり、手を入れると裏地の肌触りが良くてとても暖かかった。

「可愛い…!」
「サイズもぴったりやな、気に入ったようで良かったわ」
「こんな素敵なもの貰ってしまって…ありがとうございます、大切にしますね!」
「そうしてくれると嬉しいわぁ〜」
「でも、なんで、」
「今日1日貰ったるって言うたやろ、そのお返しと、」

そこでゴロ美ちゃんは悪戯っぽく笑って、女の子は"お揃い"が好きやろ?といつもの革手袋を取り出した。確かに見比べてみればそのデザインは似通っていて。

「…なんか、今、とても、」
「ん?何や?」
「なんだろう、…ときめいちゃいました」

思わずそう告げると、ゴロ美ちゃんはきょとんとした顔をした後クククッと喉の奥で笑った。

「なまえちゃんは可愛ええなぁ」
「何なんですかそれ…あ、でも、」
「なんで仕舞うねん」
「…あの、せっかくだから、このまま手を繋ぎたくて、」

だめですか、とゴロ美ちゃんの手を取る。いつも革手袋をしているからか少し柔らかなその手は、けれどゴツゴツしていて男性的だ。そんな些細なことにまで胸をときめかせてしまう。
その手をきゅっと握るとすぐさま同じ力で握り返される。

「…そういう事ほんまにどこで覚えてくるんや?」
「覚えてくるって、」
「上手いこと心を擽るやり方が分かっとるわ」

なまえちゃんは怖い子や、と大袈裟に顰められた顔に堪えられず笑うと、ゴロ美は真剣よ?!と言い募られて更に抑え切れなくなった。笑い続けていると、ほらもう行くで、と手を引かれ、そのままお店の外へ。
ようやく収まったその余韻を口の端に残したままゴロ美ちゃんと横並びで歩く。いつもより高い位置にある横顔は、呆れた、とでもいうように少しへの字口になっているけれど、高い位置でポニーテールにしているその毛先が歩調に合わせてぴょこぴょこと跳ねているのが可愛らしい。
笑い終わったんか?とこちらを見下ろすその顔に思ったことをそのまま伝えれば、くっと喉の奥で笑って、おおきに、と軽く返された。

「それで、次はどこに行くんですか?」
「楽しいところや、なまえちゃんもきっと好きな」
「私も…?バッセンですか?」
「なまえちゃんバッセン好きなってくれたんか、嬉しいわぁ!けど残念、ハズレや」
「一緒に行っているうちに楽しくなっちゃって。でも違うなら、どこに…?」
「ええから、ゴロ美チャンに着いて来や〜」

事前に分かっとったら面白ないやろ?と、ゴロ美ちゃんはあくまでも今日のスケジュールを教えてくれないらしい。…けれど、不思議と嫌な予感はしなくて。
それじゃあお任せしますね、と繋いだ手を軽く揺らすと、ゴロ美ちゃんはニヤッと笑ってその手を振り上げ、任しときー!とまるで気合を入れるように叫んだので、びっくりしながらまた笑ってしまった。

――まだ1日は、始まったばかり。


***


平日の日中とはいえ、神室町の人出はそこそこある。そんな中で集まる視線は真島さんと歩く時に感じるものとはどこか違っていて、なんというか、 

「…見てはいけないものを見てしまった、みたいな…?」
「ん?なんやて?」
「いえ、なんでもないです」

思わず漏れてしまっていた呟きは幸いにもゴロ美ちゃんには聞こえていなかったようである。ほんならええけど、と感じているであろう視線の多さも何のその、相変わらず上機嫌に歩くゴロ美ちゃんに自然と笑みが溢れる。
そんな私の雰囲気が伝わったのだろうか、ふいっとこちらに視線を向けたゴロ美ちゃんと目があって、笑い合う。

「なんやなまえちゃん、機嫌がええなぁ」
「だって、こんな風にゴロ美ちゃんと神室町歩けるなんて、夢みたいで」
「なんやの、嬉しいこと言うてくれるやないのぉ!」

だって本当のことですし、と返すと、せやなぁ今日は特別やで、と悪戯めいた笑みが返ってくる。
真島さんと晴天下の日中こんな風に出歩くことは、実はあまり多くなかった。それを少し寂しいと思わないでもなかったけれど、あらゆる意味で仕方がないことだと思っていた――だからこそ、余計に嬉しい。
ほれ着いたで、という言葉に足を止める。
そこは真島さんとも何度も来たことのある、劇場前のゲームセンターだった。

「な、好きやろ?」
「はい!久しぶりに来ましたね、今日は何しますか?対戦ゲームも良いですし、この前話していたクレーンゲームでどちらが先に取れるか競争するっていうのもありですね!」
「おう、ええなあ。ま、その前にこっちやこっち」

ゲームセンターの扉を開くと、様々な筐体からの音やざわめきが耳に飛び込んで来る。やや疎らながらも人が居て、そこかしこで思い思いにゲームに興じている。そんな雰囲気に当てられたように興奮する私を見て軽く笑いつつ、ゴロ美ちゃんは店内のある一角へと進んでいく。ゴロ美ちゃんが足を止めたのは、華やかな女の子たちが様々な表情で大きく写されているのが特徴的な――プリクラのゾーンだった。
いつもなら足を踏み入れても通り抜けてしまう場所なだけに、少しどきどきしてしまう。

「どれがええんや、なまえちゃん分かるぅ?」
「うーん、私も最近撮ることなかったので……」

恐らく最新機種が多いのだろう、見かけたことのないプリクラ機の間をゆっくりと歩きつつ、それぞれの機能を確認する。
二重幅や涙袋が大きくなる、輪郭が自動的に修正される、肌や髪のツヤが良くなる……など様々にあるようで、少し見ない間に随分と進化しているんだなあと思わず感心してしまう。
と、1つの機種に目が留まった。

「ゴロ美ちゃん、これにしましょう」
「ええの見つけたんか?」
「はい、これシンプルで良さそうです」

よっしゃ撮るで〜!とプリクラ機の中に入っていくゴロ美ちゃんの後を追う。
どこに用意してあったのか小銭を既に投入していてくれたようで、明るい照明と大音量で流れる音楽の中、撮影が始まる。
『全部で5枚あるよ!』という音声に、ゴロ美ちゃんは結構枚数撮るんやなあと呟きを漏らしていた。

「5枚もあるので、2枚はコート着たままで、残り3枚はコート脱いで撮りましょう!」
「おぉ、えらい乗り気やないか!ええでええでぇ!」

画面の下にお手本のポーズが表示されるのは変わっていないらしく、せっかくなので真似しませんか?と誘うとこちらも乗り気な返事が返ってきて、更に気分が舞い上がっていく。

『撮影スタート!5、4、3、2、1!』

カウントダウンに合わせて、それぞれポーズを取る。
1枚目は頭の横でピースサイン。普通に立っていたら頭の位置が違いすぎてゴロ美ちゃんに少し屈んでもらうことになってしまったけれど、2人とも良い笑顔で並ぶことが出来た。
2枚目の両頬に手を添えるポーズでは、指の先までピッとした伸ばし方や澄ました表情まで完璧に似せようとしていて、とても可愛くみえてしまった。
コートを脱いでの3枚目、お互いに半身になって腰に手を当てる姿は堂々と様になっていて、私はまた吹き出してしまった。
そのせいで顔を寄せ合う次の1枚では表情を保つのが精一杯で、身体震えとるで、とぼそりと呟かれたゴロ美ちゃんの一言に笑ってしまわないようにするのが大変だった。
撮影の瞬間が終わると同時にゴロ美ちゃんに抗議するも、上から見下ろしニヤニヤと笑っているばかりで。
――なんて平和なことで怒っているんだろう、と気が付き、結局一緒に笑ってしまった。

『最後は好きなポーズでキメてね!』
「わ、ゴロ美ちゃん、どうしましょうか」
「うーん、せやなぁ…」
『撮影スタート!5、4,』
「無難にピースとか、」
「あ、ええこと思いついたわ、なまえ」
『3、2、』
「え、」
『1!』

パシャッ、という最早耳慣れてきていた音が響く直前、身体を急に引き寄せられた私の目の前にはゴロ美ちゃんの顔があって。
柔らかいもの同士が触れ合い、そして離れていく感触に、はっとした。

「ちょっ、っと、ゴロ美ちゃん!!?」
「ヒヒヒ、1枚くらいベタなんも撮っとかんとな!」

あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだった。言葉にならない無言の叫びを上げている私にしれっとした顔で脱いでいたコートを手渡してきたゴロ美ちゃんは、とても愉しそうだった。
促されるままプリクラ機から出て、横にある落書きスペースへと入る。表示された5枚はどれも良く撮れている…そう、最後の1枚もばっちりと。
目を見開いたままの私と、伏し目気味のゴロ美ちゃんの横顔。
顔が更に熱を持ち、恥ずかしさから直視できない。

「お〜よう撮れとるやないのぉ!」
「……ゴロ美ちゃん、最後のこれ、スタンプとかで隠してもいいですか…」
「えー、ダ・メ♡」
「で、ですよねー…」

ダメ元で聞いてみたけれど、とてもイイ顔とハートの語尾で拒否されたので早々に諦める。せめて何か…と日付のスタンプを入れるに留め、他のプリクラもほとんど落書きせずに終了した。
最初は興味深そうに色々と試していたけれど途中から私の様子を眺めていたゴロ美ちゃんは、もうええんか?と尋ねてくる。
全部きれいに撮れてますし、シンプルな方が良さげですからね、と言うと、そんなもんか、と頷き外に出る。私も続けて出て待つこと暫し、取り出し口からプリクラが出てきた。
すぐに半分にしやすいよう加工がなされているそれをパキリと折って1つをゴロ美ちゃんに手渡すと、2人とも可愛く写っとるわぁ、と口の端を上げて見入っていた。
恥ずかしさと嬉しさと、目一杯の楽しそうな2人詰まった1枚をそれぞれが持っているという状況は、面映ゆいような、何とも言えないふわふわとした心地で。

「よく写ってますね」
「なまえちゃんよう笑っとるわ」
「ゴロ美ちゃんだって」

お互いに手元のプリクラを眺めながら、そんな風に言い合う。

「よっしゃ、ほんなら他のコトしよか」
「何からしますか?!」
「なまえちゃんってばがっつきすぎぃ〜!」

意気込んで声を上げた私の腕を取り、ゴロ美ちゃんは店内を見回す。

「まずは言うてたクレーンゲームからや!」
「望むところです!」

――まだまだ、時間はたっぷりある。


***


クレーンゲーム、レースゲーム、エアホッケーにメダルゲーム、ダンスゲームにシューティングゲーム…。
私たちはゲームセンター内のあらゆるゲームを興味の向くままに遊び尽くした。普段はあまりしないゲームも2人ですると何でも楽しくて、ずっと笑い通しだった。
ちなみに戦績は、クレーンゲームは辛うじて私が勝ったけれど、あとはゴロ美ちゃんの勝ちである。勝負事は真剣勝負というのは変わらない信条のようで、いつも通り手加減無しだった。

「惨敗です…」
「ゴロ美に勝とうなんて百年早いわ!」

ホホホホホと高笑いするゴロ美ちゃんに恨みがましく視線を向けると、悔しかったら精進せえと言わんばかりの目線を返してくる。
はぁ、とため息をつく私にヒヒヒッと笑って、ゴロ美ちゃんはクレーンゲームで取ったぬいぐるみを差し出してきた。

「ウチに一勝した記念にあげちゃう!」
「…ありがとうございます」

ぽん、と手渡されたぬいぐるみは私好みのもので。
――これ以外のものを取ろうとすれば、クレーンゲームでも私に勝てていたのに。
勝負に勝っても負けた気分で、でも嬉しさが募る。そんな自分の単純さに恥ずかしくなるのを誤魔化すように、私はそれを自分の取ったぬいぐるみと一緒にむぎゅむぎゅと抱きしめた。




どこからともなく現れた今朝の運転手の方にぬいぐるみを預け、再び神室町内を歩く。お昼を回って少し経つ今の時間、人が増えている分私たちに向けられる視線も多くなっていた。
相変わらず気にした様子の無いゴロ美ちゃん同様、私もあまり気にせず歩けるようになってきて、慣れって怖いな…とちらりと考えつつ。
お腹空かへん?というゴロ美ちゃんに一も二もなく賛同し、連れ立って歩くこと15分ほど。
中道通りから横道に入り少し奥まったところに、こじんまりとしたお店があった。
ゴロ美ちゃんが木の扉を開くと、取り付けられたベルがカラン、と鳴り、私たちの来訪を告げる。
カウンターと奥にテーブルが4つほどの店内は、カウンター内の男性以外に人は居なかった。
おそらく夜はバーとして運営しているのだろう、マスターらしきその男性はこちらに振り向くと、いらっしゃいませ、と柔らかく微笑んだ。
それに軽く手を上げて応えたゴロ美ちゃんはテーブル席へと向かう。私も軽く会釈して店の奥へと足を向けた。
席に着くと、男性が温かなお茶とメニューを運んで来る。お茶を一口飲むと外の冷気に当てられて縮こまっていた身体が解れていくような心地がして、ほっと一息。
メニューを眺めると、サンドイッチやオムライス、フレンチトースト、ナポリタン…など、どれも美味しそうで。

「迷う…!」
「ここのはどれも旨いで〜」
「そう言われると余計に迷っちゃいます…!」

ゆっくり選びや、というゴロ美ちゃんの言葉に甘えてメニューを見つめ、数分。
よし、と目を上げると、ソファーの背もたれに凭れ掛かってお茶を飲んでいたゴロ美ちゃんと目が合った。

「決まったか?」
「はい、お待たせしました」
「ほんなら注文しよか」

ゴロ美ちゃんの声が聞こえていたのか、呼び掛ける間もなく男性がオーダー表を片手にカウンター内から出て来た。

「お伺い致します」
「私はオムライスセットで、食後にホットコーヒーをお願いします。ゴロ美ちゃんは?」
「ナポリタンセットで、同じく食後にコーヒー頼むわ」
「畏まりました。お待ち下さい。」

一礼し離れていく後ろ姿を見送り、私もゴロ美ちゃんと同じようにソファーに身体を預ける。

「ゴロ美ちゃんナポリタン好きなんですか?」
「好きっちゅーか、ここのはなんや懐かしい味するんや。なまえちゃんはオムライスにすると思ったわ」
「え、なんでですか?」
「新しい店でオムライスあったら十中八九頼んどるで」
「え?!私がですか?!」
「せや、気ぃついてなかったんか?」
「全然…!今後ちょっと意識しちゃうかも…」
「結局オムライス頼みそうやけどな」
「確かに」

…などと、何気ない会話をして待っていると程なく、お待たせ致しました、とそれぞれ注文したものが運ばれてきた。
ふわり、と美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。いただきます、と呟いてスプーンを手に取り、オムライスを掬い取って口に運ぶ。

「美味しい…!!」
「せやろ」

思わす感動の声を漏らすと、私の様子を眺めていたゴロ美ちゃんはニヤリと笑った。
手が止まらず黙々と食べ進める私を見て更に笑って、ゴロ美ちゃんも自分のナポリタンを食べ始める。
付け合わせのサラダもスープも美味しくて、一口食べるごとに笑顔になる。

「旨そうに食べるのぉ」
「だって本当に美味しいんですよ…!」
「おーおー良かったなあ」
「はい!」

目の前のオムライスセットはあっという間に無くなっていき、ゴロ美ちゃんと私はさほど変わらないタイミングで全て綺麗に食べ終えた。
ごちそうさまでした、と食べ始める前以上に気持ちを込めて手を合わせると、ゴロ美ちゃんも手を合わせ、ごちそーさん、と呟いた。
食後にと頼んでいたコーヒーも丁度よい頃合いに運ばれてきて、それぞれミルクと砂糖を好きなように入れて楽しむ。
コーヒーも美味しい、と噛みしめるように呟くと、何でも旨い言うなぁ、と笑われてしまった。

「本当に心から思って言ってるんですよ!」
「わーかっとるわ、なまえちゃんの顔見れば分かるしぃ?」
「言い方に含みがありますよね…?!」
「気のせいよ〜!素直なことは良いことやと、ゴロ美は思うで?」
「本当かなあ…?!」

和やかに、緩やかに、食後の時間は流れていく。
『美味しい食事は幸せも運んで来る』
そんなどこかで聞いたような言葉が、自然と頭に浮かんだ。


***


食事を終え店を後にしてからは、町を散策した。
異国情緒溢れる雑貨屋さんを覗いて、どうやって使うものなのかと2人して首を捻ったり、少し怪しげな占い屋さんで図らずも相性が良いという結果に照れつつ嬉しくなったり。――ちなみにゴロ美ちゃんは当然というような顔をしていた、ように見えた。
カラオケ店に小一時間程だけ入って、思い切り歌って踊って笑って。大型ディスカウントストアの中をゆっくり見て回りつつ、ちょっとした食品や生活用品を買って、今度はロッカーに預けて。
歩き疲れてきたな、というタイミングでカフェに入って休憩を挟みつつ、神室町の中をあてなくふらつく。
なんてことない時間で、けれど私にはこの時間が堪らなく楽しくて、嬉しくて、何よりも愛しい時間だった。




ふらふらと歩いていると香ばしい香りが鼻先を掠め、周囲を見回す。すると私より先にその匂いの元に気がついたゴロ美ちゃんが、アレとちゃうか?と指差した。
視線を向けた先にはたい焼き屋さんがあった。どうやら店内だけではなく店頭でも販売を行っているらしい。
お昼も沢山食べたし、休憩にと入ったカフェでカプチーノも飲んだ。だから満腹なはずなのに、その美味しそうな香りと見た目に刺激されてしまったのか、急に小腹が空いてきた。
いやでも流石に食べ過ぎだよね…と躊躇っていると、ゴロ美ちゃんがひょいっと顔を覗き込んできた。

「どないしたんや?食べへんのか?」
「…食べ過ぎじゃないですかね、私」
「…ゴロ美、知っとるでぇ」
「?何をですか?」
「なまえちゃんがぁ、仕事が忙しゅうなると途端に食事が疎かになるってコ・ト♡」
「!そ、それが今と何の関係が…っ?!」

私の言葉を遮るように手を掴み、ずんずんとたい焼き屋さんに突進していくゴロ美ちゃん。
幸いにしてお客さんは誰も並んでいなかったが、店員さんにとっては不幸であっただろう。私たちが近づくにつれて顔を引き攣らせていた。
い、いらっしゃいませ、という些か裏返っている店員さんの声は完全に流して、ゴロ美ちゃんは私に笑顔を向けてくる。

「なまえちゃんどれにするぅ?ゴロ美は普通のやつにしようと思うんやけどぉ」
「わ、たしは、えー…と、」

笑顔の圧が怖い。食べないという選択肢はないらしい。

「…わたしも、普通の小豆餡のものを」
「は、はいぃ!小豆餡お2つですね!320円になります!」
「はいはい、お兄ちゃんおおきに〜」
「あっありがとうございましたぁ!!」

大きな声に背中を押されるようにして店先を後にする。流れるようにゴロ美ちゃんから手渡されたたい焼きはどっしりと重く、出来立てのように温かかった。

「ありがとうございます…」
「どっか座って食べよか」
「あ、じゃさっき通り過ぎた公園行きましょう」

何となく話し掛けづらくて無言で近くの公園に向かう。辿り着いたそこに人気は無く、神室町の中では驚くほど静かだった。
端に置かれたベンチに2人並んで座る。
この期に及んでなお食べることを少し躊躇ってしまい、手の中にあるたい焼きを見つめる。けれどそれ以上に、隣に居るゴロ美ちゃんが私の方をじっと見つめている視線が重く、痛い。
視線の圧と、何よりも良い香りを漂わせているたい焼きの誘惑にとうとう負けて、その頭に齧り付く。パリッとした薄皮の生地と、ぎっしりと入った上品な甘さの餡が合っていて、とても美味しい。
二口、三口と食べ進めていると、ゴロ美ちゃんはようやく私から視線を外して自分のものを食べ始めた。

「休みの時くらい、食いたい時に食いたいもん食ったらええ」
「え?」
「どうせ仕事始まったら、まーたコッチの気も知らんと身体擦り減らしていくんやろ?ほんなら今食べ過ぎたところでなーんも問題ないわ」
「…ごめんなさい」
「謝るんなら自己管理くらいしっかりして欲しいもんやのぉ」
「うっ…」
「まあえぇ、それより旨いか?」
「!はい、美味しいです!」
「おーおー現金なこっちゃなぁ」

以前から話題に上る度に呆れられる痛い所を突かれて、今回も返す言葉も無い。
直さなければという自覚はある、けれど難しい。
呆れられるのは心配の裏返しだ。自惚れでも何でもなく、それが私個人に向けられている感情故のものだと知っているから、申し訳なくも嬉しくて。
それに甘えてしまうだけの私は良くないのだと分かっているけれど、その甘えさえ許容されていることが堪らなく幸福で。
何度も話をするわりに結局治らないのはそんな私のどうしようもなさで、でもそれも、しゃーない、の一言で見逃してくれるこの人は、根本の部分で優しいのだ。誰に言っても、おそらく本人に言っても、分かってもらえないだろうけれど。

「ゴロ美ちゃん。…ありがとう、美味しかったです」
「なぁによ急にしおらしくなってっ!何も出えへんで〜?」
「何もいらないですよ」
「ほんまにぃ?」

本当ですって、とくすくす笑いながら応える私と、疑わしそうな目をするゴロ美ちゃん。そんなゴロ美ちゃんの手の中にあったたい焼きの包み紙を引き取って一纏めにし、たい焼きが入っていた紙袋へと入れてひとまずバッグの中に仕舞う。
それじゃあそろそろ行きましょうか、とベンチを立ち上がり掛けた私を、ゴロ美ちゃんの手が制止した。
反対に立ち上がったゴロ美ちゃんは、私を背に隠すようにして公園の入り口方向に向き直っていた。
私がゴロ美ちゃんに声を掛けるよりも先に、騒々しい人の声が近づいて来て。反射的に身体が固まった私の耳と目は、公園前に集まってきたお世辞にも穏やかとは言えない集団を捉えていた。

「ほんとに真島吾朗じゃねえか?!」
「まじで変な格好してやがる…」
「道理で今日はどうにも捕まらないワケだよなぁ?!」
「どういうセンスしてたらあんな格好になんだよ」
「せめてヒゲ剃れや」
「そういう問題じゃねぇだろありゃあ…」
「アイツ本当に頭イッてんじゃね?」
「違いねぇ!」

どっと下卑た笑い声が響く。口々に、言いたい放題の言葉を投げつけてくる。

「…えらい好き勝手に言うやないか」

一方で、投げつけられているゴロ美ちゃんの声色はいつも通りで。だけど、そんな様が。ゴロ美ちゃんが悪意をこれでもかとぶつけられているのに、私が耐えられなくて。

「こーんなにええ女なのに、ウチの良さが分からんとはなぁ」
「オンナ…?」
「イイ女…??」
「そうよ!ゴロ美ちゃんは可愛いでしょ!?せっかく楽しく遊んでるんだから、邪魔しないでよ!?!」

ゴロ美ちゃんが遮ってくれていたのに、思わず立ち上がって感情のままに口を出してしまっていた。
一瞬静まり返った場に、はっと我に返る。血の気が失せるとはこういうことを言うのだろう。向けられた多くの目に、頭に集まっていた血が一気に足元に落ちていく感覚がする。
そうして私に視線が集まり、きる前に、隣から勢いよく息が吐き出されるような音がした。と思ったら、至近距離に居ることを後悔する程の音量でゴロ美ちゃんが爆笑し始めた。
この場でただ一人ヒーヒー笑っているゴロ美ちゃんをぽかんと見上げる。あれだけ騒いでいた集団の方々も、異様な雰囲気に気圧されているのか一言も発しない。
そうしてようやく笑いが収まったらしいゴロ美ちゃんは、はあ〜と大きく息を吐き出して、嗤う。

「せやなぁ、せっかく今日は健全に遊んどるんやからなぁ…この子に免じて手加減したるわ」

その言葉に即座にいきり立った男たちとゴロ美ちゃんの間の緊張感が一気に増した。
と、急にこちらに振り返ったかと思えばするりとコートを脱ぎ、私に手渡してきた。

「ちょっと持っといてくれるぅ?」
「あ、はい」
「おおきに〜!…俺より前に出たらあかんで」
「…!はい!」

思わず、といった感じで受け取った私にしか聞こえなかっただろう小声の忠告に、私も小声で返事をしてさり気なく一歩下がった。
さて、そんなら…と再び男たちに向き直ったゴロ美ちゃんはきっと、ぎらぎらな目でいつもの不敵な笑みを浮かべていたはずだ。

「さて、そんなら…さっさと済ませようやないか。…いくでぇ!!」


***


これが手加減された上で齎された結果なのか、私には正直よく分からない。けれど見たところ、ある程度の怪我はしているもののひどい出血などをしている人は居らず、ただただゴロ美ちゃん以外全員気を失って地に伏せているだけのようだ。

「歯ごたえのない奴らやのぉ」

いの一番に殴りかかってきた人の意識をゴロ美ちゃんが即座に刈り取った瞬間から、勝負は決まっていたんじゃないだろうか。

「…終わりました?」
「終わったで〜」

邪魔にならないようにと少しずつ端へ端へと寄っていた私は、倒れている人たちを大きく避けるようにして手を振るゴロ美ちゃんに近づく。
そのままゴロ美ちゃんの手を取って公園を後にし、大通りまで出てきてようやく息を吐いた。

「なまえちゃん、コート返して欲しいんやけど〜」
「ゴロ美ちゃん!怪我してないですか?!」

真正面から向き直って、上から下まで視線を往復させる。目立ったところに大きな傷はないようだ。

「なまえちゃん、」
「怪我は」
「…しとると思うか?」
「思いませんが確認です」
「してへん」
「良かった…」

思わずゴロ美ちゃんの両腕に掴まって、項垂れる。力が抜けた途端に腕に引っ掛けるようにして持っていたゴロ美ちゃんのコートが落ちそうになってしまい、慌てて手を離した。
そうして、はい、とコートをゴロ美ちゃんに返すと、何とも言えないような顔をしていて。
どうしたのか尋ねようとしたところで、ゴロ美ちゃんが羽織り直したコートのポケットから電子音が鳴り響いた。
今日一度も鳴ることのなかったそれは、全く鳴り止む気配がない。

「……」
「チッ…」
「…ゴロ美ちゃん」
「……事前に今日は掛けてくるなって言うてあったんや、出えへんからなって」
「ゴロ美ちゃん、」
「嫌や」
「それなら尚更出なきゃ」
「嫌や」
「でも気になっちゃいますよ」
「……」
「ね?」

今日一番の大きな溜息をついたあと、渋々といった様子で携帯を取り出したゴロ美ちゃんは、心底不機嫌そうに電話に出た。
聞き続けるうちにどんどんと深くなっていく眉間の皺に、見ているこちらがハラハラする。
そうして一言、準備しとけ、と呟き電話を切ったゴロ美ちゃんは、また大きく溜息を吐き出した。

「阿呆のせいで行かなあかんくなったわ…」
「そうですか…」
「なまえちゃん、堪忍なぁ」

思いもよらない今日の幕切れに、寂しくないと言ったら嘘になる。だから自然と言葉も溢れた。

「ゴロ美ちゃん、また、遊べますか?」
「なんや?ゴロ美にハマってしもたん?」
「…そうかも」

否定するどころか肯定し頷く私に、ゴロ美ちゃんはまた爆笑していた。

「笑わなくってもいいじゃないですか!」
「仕方あらへんなぁ…このあとまだ時間あるんか?」

今日は1日真島さんとのデートだと思っていたから、もちろん丸々空けてある。

「有り余ってますよ、有給中ですし」
「せやったら、ちょっと家帰って待っとき」

そう言ってゴロ美ちゃんはニヤッと笑った。

「後でゴロ美の代わりに一押しのエエ男派遣したるわ」
「…どうしたらゴロ美ちゃんの紹介だって分かるんですか」
「せやなぁ…」

暫し考え、そうして自分のコートのポケットからあるものを取り出し、指差した。

「目印は"お揃い"、や」

愉しげに笑うゴロ美ちゃんに、沈み込もうとしていた私の心は再び舞い上がる。

「…それじゃあ、ゴロ美ちゃんの一押しの人、期待してますね」
「任しときぃ〜!」

――そうして私とゴロ美ちゃんは、笑顔で別れたのだった。


***


ゴロ美ちゃんと別れた後、ロッカーに預けていた荷物を持って自宅へ戻った。
ゴロ美ちゃんに、正確には運転手の方に預けたぬいぐるみのことが気にかかったものの、後の楽しみとしておくことにした。




そうして、明るく照らしてくれていた太陽が沈み、夜が深まった頃。
――ピンポーン、という軽い音が部屋の中に鳴り響いた。
帰ってきてから丁寧に直したメイクと髪型を今一度確認して、コートを羽織りバッグを持って玄関へと急ぐ。
鍵を開けようとしたその瞬間、ふと今朝のゴロ美ちゃんの言葉が頭に浮かんで、手を止める。

「……どちら様ですか?」
「…ゴロ美に言われて来た者や」
「…目印は、持ってきてくれましたか?」
「ああ、"お揃い"、やろ?」

初めの問いかけから私の声は笑っていた、それが分かったのだろう、扉の向こうの人の声も同じく笑っていて。
解錠し、扉を開ける。そこには、見慣れたパイソン柄のジャケットを羽織った、この世で一番の人が立っていた。

「お気に召したかのぅ?」
「とても。流石ゴロ美ちゃんですね」
「そら良かったわ!…遅くなったな」
「いいえ、全然!私お腹が空いちゃったので、どこか美味しいところ連れて行ってください」

私が笑顔を向けてそう言うと、一瞬驚いたような顔をした真島さんは、ちょっと可愛らしかった。

「ええでええでぇ!何でも好きなもん食べや」
「やった!何が良いですかね〜…あ、お寿司が良いですお寿司!」
「よっしゃ、旨いところ連れてったるわ」
「ありがとうございます、楽しみです!」

今度はお揃いの手袋をして、手を繋いで歩く。
そうして今朝と同じく車が目の前に横付けされ、同じように乗り込むと、後部座席には既に先客が――今日のぬいぐるみたちが居て。
思わずふふっと笑うと、渡しそびれてたんやと、と他人事のように真島さんが言うものだから、更に笑いがこみ上げてきた。
笑いながらぬいぐるみたちを膝の上に載せると、えらい嬉しそうやな、と呆れたような声が降ってくる。

「だってこれ、勝利の証ですし!」
「…せやったな」
「それに、ゴロ美ちゃんだけじゃなくて真島さんにもこうして会えましたし。さらにまた出かけられるし、良いことづくめです!」
「そうかそうか」
「はい!」




私たちを乗せた車は、再びあの場所へ帰っていく。
何時までも眠ることのない、猥雑で、きらびやかで、抗えない光と闇を纏った、あの神室町へ。

――2人の夜は、まだ始まったばかりだ。

<<< >>>
top