ぴんくの魔法
・春の訪れ《春待つ彼》
「来年の春先頃まで、忙しくなりそうです」
理由は全く教えてもらえず。
ただ、「忙しくなります。ちょっと、挑戦、的な……落ち着いたら言いますから!」とだけ言われた。
年末の忙しさの中、久しぶりに会ったと思ったら告げられたその言葉に、少しだけ寂しさをおぼえたのは、そのくらいなまえが自分の中に存在しているからだろうか、などと、どこかで自覚した。
何処か不安げ。
それでもその目には覚悟があった気がする。
大きな決断での決意表明なのかもしれない。
毎日のメールのやりとり、時々電話、偶にのデート。
何も言ってこんけど、頑張ってるんやろなぁ。
そんななまえを、静かに見守ろうと決めた。
そして、ある日のメール。
浮かれている様子が文面から見て取れる。
やっと、春が来たらしい。
・爛々と《春をもたらす彼女》
年末に入る前に、とある決断をした。
新しい自分の人生の選択肢。
色々悩んで、家族にも相談して。
年齢や、これまでを、これからを考えて、悩んで、決意して、挑戦した。
久しぶりの、試験なんかしちゃって。
息抜きもしつつだけど、出来る限り勉強してきた。
今日、その結果が出る。
職場でこっそりと、スマホで確認。
「……は、……!」
おおう、危ない。
控えめに、控えめに。
大きな驚きと、喜びと。
映し出された自分の番号。
結果と言っても、これも一つの通過点なのだけど。
それでも、大きな一歩で。
職場の片隅で、あの時の私の目は爛々と輝いていたかもしれない。
・漫ろ寒さ《未だ待ち侘びる彼》
年末、年明け、と来たら次は年度末。
真島建設をはじめ、幾つか抱えるフロント企業やら、シノギやらで忙しい事この上ない状態で、西田も南も東山も、組の奴らは鬼の形相。
なまえも何だかんだ毎日忙しそうで、会うと言っても飯を一緒に食ったりとか、短い時間ばかり。
春が訪れた、専門学校の試験に受かった、と報告の電話があったのは、つい先日で。
三月に入ってそろそろ中旬も過ぎた頃。
その日は桜の開花宣言がテレビでやっていた。
春の陽気と、少しの花冷えの日。
家族は勿論、友達にも報告はしたらしい。
早く報告したかったけど、タイミングが……と少しシュンとした声で言われてしまっては、責める事など出来ない。
ただ、ほんのちょっとの思い付きの意地悪で、祝いの言葉は口にしなかった。
明日は久しぶりに、長く居られるやろか。
待ち合わせは、神室町から離れた場所に指定した。
・貴方を待つ《浮き足立つ彼女》
ちゃんとしたデートは数ヶ月ぶり。
会っていなかった訳じゃないのに、緊張して眠れなかった。
クローゼットの中身と睨めっこして、服を引っ張り出して。
服の組み合わせがおかしくないか、今度は鏡と睨めっこ。
メイクをして、髪を整えて、靴を選んで。
自然体で居たい気持ちと、少しでも可愛い自分で居たい心の鬩ぎ合い。
年上のあの人に、釣り合っているだろうか。
ほんの少しの不安。
それを払拭する早く会いたい気持ち。
結局待ち合わせ場所に着いたのは、約束の時間の三十分も前。
商業施設の中のカフェ。
あまり大きなお店じゃないけれど、とっても良い雰囲気のお店。
真島さん、こんなオシャレな所知ってたんだなぁ、なんて思いながら、緊張からソワソワとしていると、スマホにメッセージを受信した。
すまん、少し遅れる。の一文。
大変。ソワソワする時間が増えちゃった。
・女の子同士《待たせた彼?》
「怒ってへんやろな」
遅れても居ないのに、わざと遅刻すると連絡した。
準備は万端。
何時でも行ける。
遠目に見える、ソワソワとしたなまえの姿。
あの服、似合っとるな。
何度も何度も、こっそりと鏡を確認している姿は、なんとも言えない気持ちになった。
自分と会う為に、精一杯にめかしこんで来ているのだと思うと、自然と口元が緩んだ気がして。
さて、今から出ていって、なまえの反応はどうなるだろうか。
「お待たせやで〜」
「いえ!全ぜ……ん!?」
おーおー、驚いとるなぁ。
ま、そらそやろ。
目の前に、ゴロ美ちゃん(お仕事オフVer.)が居るんやもんなぁ。
「今日はぁ、女の子同士楽しくやろな!」
・にこにこ顔《驚く彼女》
待ち合わせ場所に現れた彼氏は彼女でした。
何年も前に一度見た事がある、金髪のキャバ嬢。
今日は髪型こそ変わらないけれど、長めのタイトスカートが似合う、お仕事オフのキャバ嬢感。
ええと、真島さんならぬ、ゴロ美さん。
「まじ、えと、ご、ゴロ美さん?」
「なまえちゃん、ウチの事覚えててくれたーん?ゴロ美嬉しい〜!」
「ええ、それは勿論」
ゴロ美さん大好きですから、なんて。
何故この格好なのか分からないけれど、ずっと会いたいと思っていた相手との思わぬ再会に、ついつい出てしまうニッコリ顔。
何を話そうか、なんて思っていると、紅茶とコーヒー、ケーキが運ばれてくる。
注文もしていないのに?と不思議に思っていると、店内は私とゴロ美さんの二人きり。
ハッとしてゴロ美さんを見ると
「二人きりやなぁ」
なんて、ニンマリしていた。
・幸せの共存《サプライズな彼?》
何年か前、桐生ちゃんと遊ぶ時に出来上がったゴロ美というキャバ嬢。
その姿を見たなまえは何故か気に入ったようで、時々口にしていた。
いつか会えるのかと聞かれ、特別な時に現れる幸運のキャバ嬢やからなぁ、なんて答えた事があった。
今回、折角の機会。
ニコニコとずっと幸せそうな笑顔で居るなまえを見て、もっと早くに会わせておくべきだったろうかと思った。
「なんやなまえちゃん、そないにウチに会いたかったん?」
「はい、勿論!何時だって会いたいと思ってますよ!」
それはゴロ美か、俺なのか。
淀みない笑顔。
すぐ照れる癖に、こういう時に限って真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる。
「ふふふ!あー、幸せ!」
なまえの大きな独り言。
何や、それ。
そりゃこっちの台詞やわ。
ここに、幸せが在る。
・あれも、これも《笑顔溢れる彼女》
話して来なかった、受験を決めてから、仕事、試験、合格までの事を、時々脱線しながら少しずつ話していく。
あれも話したい。これも話したい。
その間、時々話を反復しながら、ゴロ美さんはちゃんと聞いていてくれていた。
そして、カップの中身も無くなった頃。
「私ィ、なまえちゃんに見せたいのあんねん」
「?」
そう言ってゴロ美さんに連れられて、入口側とは反対の扉からテラスに出る。
外は柔らかな陽気。
控えめに吹く風が心地よかった。
「ほれ、こっちやでぇ」
「はーい!……!、わぁ、すご……!」
ビルの最上階にあるこの場所から見えたのは、桜並木が広がる一面のピンク世界。
まるで桜の絨毯を敷き詰めたような光景。
時々風に花びらが舞って。
テラスから見えた景色は、圧巻だった。
・桜舞う《実感する彼》
「ええ眺めやろー?」
「うん、すごいです!綺麗!」
景色をみた瞬間からずっと、満面の笑みで綺麗!すごい!を繰り返して止まらん。
なまえは興奮すればする程、感情が素直になればなる程、語彙力が下がる癖があるのは知っているので、余程喜んでくれたのだと、手に取るようにわかった。
こうまで喜んでくれれば、こっちも嬉しい。
こういう所、好き、やな。と思う。
そんな気持ちの高鳴りと共に、一瞬強く吹いた風。
高く高く舞い上がる桜吹雪。
桜の花弁がなまえの髪に幾つかついた。
淡い色がなまえの髪に、良く映えていた。
「……桜、咲いたなぁ」
・咲く花《花咲く彼女》
「桜、咲いたなぁ」
色々頑張ったやないか。
合格、おめでとさん。
「あ、ありがとうござい、ます!」
報告した時には言われなかった言葉。
ほんのちょっとだけ、気にしていた事。
今目の前にある、ゴロ美さんの、真島さんの笑顔は、悪戯っぽくて、でも、いつも以上にとっても優しくて。
つくづく、この人が好きだと思った。
ああ、頑張ってよかった。
これからが本番だけど。
私は、これから新しい挑戦の道を歩み始める。
大変な道程だけど、きっと大丈夫。
今までも、今も、そしてこれからも。
隣には彼……彼女……ん?どっちだ?
ええと、真島さんが、居て。
「なまえちゃん」
「はい?」
「三年後、また此処で花見しよな」
「……!はい!」
「それまで此処の事は、なまえちゃんと、ゴロ美の二人だけの秘密や。……約束やで」
約束が増える度、増す気持ち。
それはきっと、私だけじゃないみたい。
ゴロ美さんのリップが、私の唇を桜色に染めて。
ゴロ美さんの頬も、ほんのり桜色だった。