prologue 01


目覚めた時、私は真っ白な世界にいた。
自身が横たわるベッドのシーツも、枕も、天井も、カーテンも。全てが白かった。
少しだけ開いた窓から入る風がカーテンをたなびかせて、室内を漂う薬品の匂いを和らげてくれている。
長い時間眠っていたような気もするが、なぜか心はひどく緊張していた。心拍が上がっているのが、自分でもよく分かる。
私は逃げていた。逃げなくてはいけなかった。
…でも、一体何から?
肝心なところが何も思い出せない。景色も音も、霞の向こうに消えてしまっていた。
ただ悪い夢にうなされていただけだろうか。

視界の端で何かが動いた。人が居たのだ。
私は視線だけでそちらを見た。
小麦色の肌に、金髪。目立つ風貌とは裏腹に面差しは理知的で、こちらに向けられた視線は冷たくも見えた。
ぼんやりした頭でそんな事を考えていると、その人はベッド脇まで近づいて来た。その時初めて、男がスーツを着ていることに気づいた。知らない人だ、と確信もした。

「ここは病院です。…僕の声が聞こえていますか?」
「…はい」

自分の声は想像以上に掠れていて、上手く話せなかった。もしかして、何日も眠っていたのだろうか。
私の返事にその男は無言で頷き、部屋の扉の方へ歩き出そうとした。医者か、看護師を呼びに行くのか。
段々と意識が覚醒してきた私は、声だけで男を引き止めた。

「あの…両親には連絡してありますか」

しかし私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
振り向いたその男は、ひどく驚いた顔をしていたからだ。


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