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私が愛したヒトは、絵本で見た夜空の様な色の瞳と、月の様な色の髪をした、美しい女だった。

外の世界を見た事があるらしい彼女から、色んな話を聞いた。外には天気があって、陽が照りつける日は暑く、雨が降る日は過ごしやすいとか、風が草木を揺らすのだとか。
彼女から教わったのは、外の世界の事だけではない。愛だとかいう、この世で最も信じていなかったものが、本当に存在するのだと、身をもって教えてくれた。

愛していた。

本当に愛していたのだ。

だけど私は、上手に愛する事が出来なかった。生まれや境遇のせいにするつもりはない。そんなものではなく、ただ私が、浅はかで馬鹿な女だっただけなのだ。

最後に彼女と会った時は、その綺麗な顔を碌に見る事も出来ず、私達の関係は終わった。
愛しているのだと伝えたかった。けれど、私からのそれは、きっと彼女にはもう、穢らわしいものになってしまったのだろうと思うと、言えなかった。
泣いて縋り付きたかった。けれどそれも、私にはその資格がない事など十二分に理解していたから、とてもじゃないけど出来なかった。
何も言えず、何も出来ないまま、ただ静かに、そこに蟠りだけを残して、私は彼女の元を離れた。



『………』



どうすれば良かったのだろうか。
彼女が護るものを私も守る為には、私には、ああする以外に思い付かなかった。他の選択肢など、知らなかった。今になって考えても、正しい答えは分からないままだ。

家の中が騒がしくなってきた事に気付くと同時に、漸くこの時が来たと安堵した。



『………』


「………儚様、」



顔の下半分を隠した女達が、ぞろぞろと目の前に現れた。目元しか見えないと言えど、誰が誰かはすぐに分かる。それ程に彼女達から護られて、私はこの街で生きていたのだから。



『……久しぶりね。』


「…ええ。」



吉原自警団百華。
地上とは全く違う法や倫理観で成り立っているこの街の秩序を守る彼女達。中には客を取れなくなって追い出された者や、この街から逃げ出そうとした者も居る。生きている事がバレたら只では済まされない。そんな人達を、顔を隠して活動するのを良い事に匿う様に組織に迎えたのは、百華の頭である月詠。私の、最愛の人。



「儚様、今すぐ吉原を出ましょう。地上への脱出経路は確保しています。わっちらと共に来てください。」


『ふふ、何言ってるの。そんな事する為に此処に来たのではないでしょう?』


「………」


『それに、その計画、月詠は知ってるの?』


「…頭は、知りません。」


『だったらそんな事して貴女達だけじゃない、頭である月詠がどんな目に遭うのか、分からない訳じゃないでしょう。百華が無くなればこの街は駄目になる。』


「っしかし、」



手袋をしているその手を強く強く握り締める者が数名、小さなしゃくり声を上げる者が数名。皆、俯き、肩を震わせている。



「……無理です。…わっちらには、儚様を殺める事など、出来るはずがありません。」


『………』



私はかつて吉原で一、二を争う花魁だった。日輪と共に、この街の女達の光になろうと誓った。
お客が多かっただけに、面倒ごとも多かった。だから百華の彼女達の手を焼かせる事も普通の花魁の比じゃなかっただろう。それでも、こんな風に言ってもらえるなんて。無論、月詠と私の関係を知っているから、という事も大きな理由の一つだろうけれど。



「昨日からわっちに隠れてコソコソと動いていたのはそういう理由か。」


『っ!』


「か、頭!」



いつの間に部屋に入って来ていたのか、襖に寄りかかって呆れたように目を伏せているのは、確かに月詠だ。

ああ、月詠だ。会えた。また会えた。
もう二度とその姿を見ることは叶わないと思っていた。それなのに。



「さっきまでの話は聞かなかった事にしてやる。今回の仕事も、おまんらがやれないと言うならわっちがやる。元より、部下の尻拭いは頭がするものだしな。」



月詠の言葉は最早私には聞こえていなかった。淡々と何かを話しながらこちらに向かって歩いてくるその姿を焼き付ける事に必死だった。
少し痩せた?顔色も悪い。眠れてないのだろうか。私のせいで、こんなにも彼女を傷付けてしまった。
だけど私には、今さら、謝る事すら許されはしないから。



「頭!頭!お止めください!」


『っ……』



懐かしい香りがして、一気に涙が伝った。そして少しだけ遅れて、腹部に尋常じゃない痛みと熱を感じる。

月詠に刺されたのだと理解した時、夢にも思っていなかった幸せだと思った。そして、分かってしまった。彼女の愛用しているクナイが、浅くしか刺さっていない事、彼女の手が震えている事、彼女の呼吸が浅い事。

だから、強く、強く、彼女を抱き締めた。
触れる事なんて到底許されないと知りながら、こんな事をすれば確実に死んでしまうと知りながら、掻き抱く様に抱き締めた。



『…っ、つ、くよ…、』


「っ………」



泣いてるの?まさかね。
ねえ、やっぱり、すごく痩せたね。ごめんなさい、私のせいで。
貴女は今の今まで私を幸せにしてくれているというのに、私は一体、貴女に何が出来たのかな。
このまま死んで、私は何処に行くのかな。其処から貴女をみることは出来るのかな。いいや、出来たとしても、貴女はそんな事、望んではいないね。



『、あいた、か、た…っ』



会いたかった。ずっとずっと会いたくて、触れたかった。
貴女に愛されて、貴女に殺されるなんて、なんて幸せな人生なんだろう。