花が綻ぶような笑顔とか、透き通った声とか、低めの体温化とか
そのひとつひとつがどれも大切で愛しくて、この先もずっと一緒に生きていくんだと誓った。

だけど、その手を離したのは紛れもなく、俺だった。





「…儚、お前、何してんだよ…」



海を挟んだ向こうの街の灯りが冷たい雨を照らす。

雨は嫌いだ。
両親が死んだ日も、兄貴が死んだ日も、彼女を置き去りにした日も、雨だった。

目線の先の彼女に会うのは久しぶりだった。長かった黒髪は顎のラインに切り揃えられていて、優しい暖かさを灯していた瞳はあまりに暗く冷え切っていた。




『ねえ広斗』




彼女の声で呼ばれる自分の名前が好きだった。

なのに今は、まるで突き放すように聞こえるそれに、柄にもなく恐怖を覚えた。




『…私を、…愛してた?』


「っ…」




愛してた。ああ、愛してたよ。
心の底から。お前以上に大事なものなんてなかった。
お前の為なら全てを投げ打てる、本気でそう思ってたよ。

だけど

だけど、




『…そういえば、ちゃんと言ってなかったね。…さようなら、広斗』




悲しそうに笑って背を向けた儚。
どんどん遠くなる小さな背中を追い掛けたいのに、抱き締めたいのに、今でも愛してると伝えたいのに。

俺は雨の中、少しも動く事が出来なかった。


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