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「ユリさん、」
『うん?』
今日のこころは、変だ。
帰ってきてからというもの、しきりに私の名前を呼んでは誤魔化すように笑う。
何か言いたい事があるのは明らかで、だけど考えを巡らしてみても思い当たる節はない。
とても珍しいけれど、ほんのたまに弱音を溢す事だってある。そんな時とも違う雰囲気に、ますます分からなくなる。
今だって、一緒にソファーに座ってテレビを見ながら、もう何度目だろう。
「ユリさん、」
『なあに?』
話したくないのなら無理に聞くつもりはないけれど、そろそろ聞いてしまおうかと考えていた時。
今までとは違ってちろりと目を逸らしたこころに、思わず首を傾げる。
『こころ?』
「……あの、」
『うん』
「…あの、えっと………」
決まりが悪そうに座り直して私の方に膝を向けて、目を泳がせながら何かを言いたげに口を開いたり閉じたりしている。
「あの、いっかいだけ、その……」
『うん、どうしたの?』
「………呼び捨てで、呼んでみても良いですか?」
『、え?』
「あいや、いやごめんなさい」
目を閉じて顔の前で手を振るこころに思わず吹き出してしまう。
もしかして、ただそれだけでそわそわしていたのだろうか。
『え、いや、何?呼び捨て?』
「はい…」
『いいよ?』
「えっ」
『え?』
「や、あの、はい…ありがとうございます…」
律儀にぺこりと頭を下げたこころは、膝の上で拳を握っている。あまりに様子が可笑しくてずっと笑ってしまいそうだけど、本人は至って真剣な様だから必死に我慢する。
「………………………ユリ」
『、うん。こころ。』
呼び返すと、今度は背凭れに思いきり体を預けて深く息を吐いた。
「いや…やばいっすね、だめです…」
『ねえ、どうしたの?今日ずっと変だったのこれ?』
「はい…」
『ふふ、何?呼び捨てで呼びたいの?』
「いや、この前夜中やってたテレビで、年下の男子にキュンとする瞬間みたいな話やってて…それで、普段は違うのにふとした時に呼び捨てで呼ばれたらキュンとするって…」
『全然ふとはしてなかったけど』
「そ、れは……」
『うそうそ、ごめんてば』
このまま泣いてしまうんじゃないのかと思うほど真剣に思い詰めた様に話すから、いよいよ本気で笑ってしまう。
「でもだめです、こっちが無理です。俺がしんどいからもう良いです。」
『なんで、もう1回呼んでみてよ』
「…ユリさん、きゅんきゅんしましたか?」
『きゅんきゅんは…』
「してないじゃん!嫌ですよ!」
『だってあんな感じで言われたらきゅんきゅんも何もないでしょ!』
「俺はユリさんにきゅんとして欲しいんですよ!?」
『雰囲気がちょっと、あまりにも』
「ああ〜〜も〜〜〜」
『ていうかそんな事気にしなくても別に普段からきゅんきゅんしてるのに』
「は?」
『え?』
ぱちぱちと音がなりそうな瞬きを繰り返してまた黙り込んだと思えば、今度はソファーの上で縮こまってしまった。
『今度はなに』
「いやいやこっちのセリフですよ…なんですかそれ、ずる…はあ……」
人たらし…と恨めしそうに呟いたこころ。
『こころってさ、私に弱いよね。』
「そりゃそうでしょ好きなんだから」
『ほら、』
「はい?」
『そういうの。今もきゅんとしたよ。』
「、へえ」
へえなんて言っておきながら、感情の出やすいその口元はこれでもかというほど緩みきっていて。
抱き締めてほしいなと思って腕に触れるとすぐに包まれる。
「ユリさんも俺のこと好きですよね、こうやってしてほしかったんでしょ?」
『』