初めて本気で人を好きになった。
それまでの人生はこの人と生きていく為だったんだと思えた程に。
だけどその人には、出逢った時から他に好きな人が居た。
私と居てもその瞳は私を映してはいないし、身体を重ねても心は通わない。

それが当たり前になって、もうすぐ2年が経とうとしている。



「儚?」


『…ん、ごめん。』



シャワーの音を聞きながら考え事をしていたら、ビョリはいつの間にか私の隣に座っていた。

私は相変わらず彼女の事が好きなまま、そしてビョリも、あの人の事が好きなままだ。



「どうかした?」


『ううん、何でもないよ。』



ビョリが私の気持ちに気付いているのかは分からない。
少しは私の気持ちとか、自分と居ない時に何をしているとか、考えてくれた事があるのかな。

彼女は私を誘うし綺麗だとも言ってくれるけれど、決して私に興味がある訳ではない。私が何を考えているかなんて、どうだっていいだろう。



「…儚、」


『ん…』



私達はキスをした事がない。理由は考えるまでもない。
ビョリが私の首筋にキスをしたらそれが合図。そしてそれが終わるまでだけの関係。





今日は本当に珍しく、私よりも先にビョリが眠った。

いつもなら私が寝て、そして少し時間が経つと起こしてくる。
私と朝を迎えるのを嫌がっている事はすぐに分かった。だけどそれに文句を言える関係ではないし、私は彼女に嫌われたくなくて、ただ黙って帰るしかなくて。
ビョリが先に眠るのなんて、初めてかもしれない。
背中を向けて静かに眠るその身体は華奢なのに頼もしくて。
寄り添って温もりを感じたい、私はあの人にはなれないけれど、貴女を1人にはしないと伝えたい。

キスも、抱き締めてもらう事すらしてもらえない私には、どれも不可能な事だけれど。



ベッドから降りて、ビョリが向いている方に腰掛ける。
キャミソールから出た骨張った肩に布団を掛けて、恐る恐る、綺麗な髪を撫でる。

ビョリの寝顔を見るのは初めて。私からビョリに触れたのも初めて。
ビョリの好きなあの人の前ではきっと、無邪気に笑ったり泣いたり、ちゃんと真っ直ぐ見つめたり、抱き合って眠ったりしているんだろう。

いつまで経っても慣れない苦しさに涙が滲む。
あの人より先に出逢えていたら、あの人みたいに綺麗だったら、あの人みたいによく笑う人だったら、ビョリの心には今頃、私が居たのだろうか。

ううん、違う。例え似ていたとしても、あの人じゃなきゃダメなんだ。私にはビョリしか居ないのと同じ。



『ビョリ…』



それでも、ねえ、私を見てくれてなくても、叶わなくてもいい。
貴女の傍に居られるだけで、悔しいくらい幸せで、どんどん好きになるの。



『……好きだよ』





(傍に居られなくなるなら、こんな言葉、届かなくていい。)

(私の夢に出てくる貴女すら、私を見てはいないから。)