『ごめんなさい、ちょっとお手洗いに。』


「ええ。」



目の前で柔らかく微笑んだ女性は、韓国でも有数の大企業の社長秘書。
ショートカットがよく似合う、大人の女性。
彼女に会うのはもう何度目かで、3度目の食事の後にホテルに行った。その後に付き合ってほしいという話もされたけれど、どうにも応える気にはなれなかった。

気遣いもリードもしてくれて、大切にしてくれる。こんな人と付き合えば苦労はしないんだろう。だけど、私の心はたった1人にしか動かされない。



化粧室に入って鏡を見て溜め息を吐く。
お気に入りのサンローランのワンピースにシャネルのジャケット、ヴィヴィエのブーツ。
こんなにお洒落をしても虚しくなるばかりなのにはもう慣れてきてしまった。

ビョリは元気だろうか。この前たまたま付けたテレビに映った彼女は、綺麗な紫色の髪の毛をしていた。
あれからもう1年以上が経つのに、まだ会いたい。会いたくてたまらない。
どんなに素敵な人とデートをしても、私の名前を呼んでくれる人と体を身体を重ねても、何ひとつ満たされる事はなかった。
ずっと番号を変えずに連絡を待っている自分が嫌で、それでも、ビョリが好きで。

もう1度溜め息を吐いて、グロスを塗り直した所で、ポケットの中のスマホが震えた。





『……』



何をしているんだろう。意味が分からない。

電話の相手はビョリで、挨拶すらせずに今から会えないかと言ってきた。
それはあの頃と同じで、そして私も変わらず、他の予定を簡単に放り出してこうしてビョリの部屋の前に居る。

他の人に甘い事を言われても何ともなかった心が、たかが少し声を聞いただけで、今から会えると思っただけで、こんなにも高ぶる。

さっきの人に貰ったカメリアのイヤリングを外して、震える指でインターホンを押す。