月明かりだけが照らす薄暗い部屋でも、儚の身体は眩しいほど綺麗だ。

透き通った瞳と屈託のない笑顔に恋をしたのは、もう思い出せないくらい遠い昔。
出逢った頃から特別で、私の宝物だった。

だけど彼女の生きる環境は、私達が愛し合うには余りに酷で。儚が傷付く事が目に見えているのに、彼女を愛する事を辞められない自分が嫌だった。
このまま、少しでも長く、傍に居る事が出来たら。私は苦しくても構わない。彼女が運命に呑まれてしまうまで、ただ一緒に過ごしたかった。

だから彼女が私への想いを口にした時、少しだけ憎いと思った。どうせどうにもなれないのに、私のものにしてはいけないのに、どうして。そう思った。
儚を拒絶する事が私に出来る精一杯の事で、それが彼女の為だと言い聞かせた。

でも、



「……」



隣で静かに目を閉じる儚を見つめる。

彼女は私の腕の中で泣いて泣いて、必死に私にしがみついた。
怖かっただろう、嫌だっただろう。恋愛対象が女である人間が男に抱かれたんだ。それはどんなに屈辱的だっただろう。
だけど、儚にそうさせたのは私だ。
もしも私が強い人間だったら、彼女の手を取ってどこか遠くに逃げられたのかもしれない。今だって、儚が他の誰かのものになるなんて、考えただけで気が狂いそうだ。

ねえ儚、私は君に何をしてあげられたんだろう。こんなに愛してるのに上手く伝えられないままで、それでも、儚が愛しくて、どこにも行って欲しくないよ。



「…儚、」


『ん?』



ゆっくりと目を開けた儚。

私は彼女の運命を共に背負う覚悟が出来なかった。ただどうしようもないほど愛しているだけで、無力な女だ。
本当はこのまま君を離したくないと伝えたら、儚はどんな顔をするかな。

見つめ合ったまま何も言えない私の手を、そっと小さな温もりが包んだ瞬間、思わず涙が出そうになった。

儚はただ優しく優しく笑って、まるで幸せだと言っているみたいで。

応えるように指を絡ませて握ると、儚も同じように力を込めて、また目を閉じた。



明日なんて来なくていい、そう願った次の朝、もう儚は居なかった。