儚が結婚する。

風の噂で聞いたそれは、きっとただの噂ではない。
いつかこんな日が来る事は覚悟していた。それに抗えない事も、分かっていた。

透き通った瞳と屈託のない笑顔に恋をしたのは、いつだっただろう。
とても綺麗な子だと思った。だけど出逢った時の儚は随分と冷え切った雰囲気をしていた。それはきっと彼女の家柄と生い立ちが関係していて、一見すると全てに恵まれているように見える儚は、人一倍愛に飢えていた。

初めから分かっていた。
儚をどんなに好きになっても、もしも儚も同じ気持ちになってくれたとしても、私達がずっと一緒に生きていく事なんて出来ないと。
それでも、私と過ごす時は自分らしく居られると綺麗に笑った彼女を愛する事を、どうして止められただろう。
好きになればなるほど辛かった。始まる事すらしてはいけない恋だから。
でも、隣に居ると幸せで、愛しくて、その時間は何よりかけがえのないもので、諦められるはずなんてなかった。

儚は、どんなに自分が辛くても家の為に自分を押し殺す生き方をしてきた子だ。
きっと彼女が心の中で何を思おうと、その生き方を変える事は出来ないし、許されない。
だからそれまででいい。いつか儚がまた運命に呑まれるしかない時まで、ほんの少しでも長く一緒に居たかった。
この想いを伝える事も、結ばれる事もない。それはとても苦しくて寂しいことだけれど、儚の笑顔を見たら何でも良くなってしまっていた。

だから、儚が私への想いを口にした時、少しだけ憎かった。
私だってこんなに好きなのに、それでも私のものにしてはいけないのに、どうして。
抱き締めたかった。頭を撫でて、キスに応えたかった。
でも触れてしまえば、自分の想いをぶつけてしまいそうだった。きっと儚の小さな身体と繊細な心では受け止めきれないくらいの、この想いを。

私に出来る事は儚を拒否する事だと、そう思ってしまった。
儚がありのままでいられるのは、儚が運命から目を逸らしたくなった時、傍に居られるのは、私だけだと知っていたのに。

スマホが震えて、表示された儚の名前にいとも簡単に胸が高鳴る。



明日、会いたい



ただひとこと、それだけ。分かったとだけ返して目を閉じる。

明日が最後になってしまうのだろうか。
儚と会わないようになって、私も前に進まなければならないと思った。気を紛らわす気にもなれなかったけど、