頭から熱いシャワーを浴びて、治まらない吐き気にずるずると座り込む。

ビョリと最後に会ったあの日から3ヶ月、私は明日、結婚する。
縁談の話を受けて、お見合いをして、デートをした。正直何が楽しいのかちっとも分からなくて、ずっと作り笑顔を貼り付けたままで。
あの人が良い人なのかそうじゃないのかさえ私には分からない。きっと会社の為には有益な人物だという事でしか判断できなかった。

そして今日さっき、身体を重ねた。
私は昔から女の子が好きで、男の人が苦手だった。
男の人とのそれは覚悟していたよりも屈辱的で、ひたすら苦痛だった。
喉仏や広い肩幅や太い血管が気持ち悪くて、怖くて仕方がなかった。

必死にボディータオルで擦っても、触られた感覚が消えない。気持ち悪い、怖い、嫌だ。



『ぅ…っ』



どうして、私はこんなにビョリが好きなのに。
彼女を愛する事は、同性同士で愛し合う事は、そんなに許されない事なの?



儚は、ちゃんと生きていかなくちゃいけない人よ。



『…っ』



ちゃんと生きていくって、こういう事?ビョリが望んだ私はこんな私?

家の為に自分を押し殺した。自分の考えや感情なんて持つだけ無駄だと分かったのは、もう遠い昔。
私は私を手放して、平気なフリをして生きてきた。
ビョリと居る時だけ、私は自分らしかった。思うがままに笑って、わがままを言って、甘えて、愛した。
諦める事も手放す事も慣れていたはずの私が、唯一しがみついたもの、それがビョリへの気持ちだった。
彼女は何も言わなくてもまるで全て分かっているかのように包み込んでくれて、儚は儚らしく生きていけばいいんだよと頭を撫でてくれた。

あの日、そんなビョリから、運命を受け入れろと遠回しに言われているようで、心が抉られた。
だけど遅かれ早かれ、そうしなければいけなかった事に変わりはなかったから。
いつかは諦めて捨てなければいけない想いをどんなに大事にしても、何にもならない。





『……』



お風呂から上がって、ふとリビングに飾ってある写真を手に取る。
ビョリが撮ってくれた、私達2人の写真。
ビョリと出逢うまでは考えられなかったような笑顔でそこに映る私は、本当に幸せそうで。

諦められる訳なんて、ないのに。



頭も心も身体も、この数ヶ月ですっかり疲れきってしまった。
ソファーに身体を沈めてスマホを開く。ビョリの名前を見るのも、久しぶり。
彼女は私と離れている間、どう過ごしていただろうか。もしかして彼女が出来たりしたかな。あんなに魅力的な女の子なんだ。それに、ビョリの過ごす世界には綺麗な子なんて山ほどいて、選り取り見取りだろう。
そう思うと胸がチクリと痛んで、それでも、文字を打つ指は止まらなかった。

送信ボタンをタップして目を閉じる。

ビョリ、ごめんね。私やっぱりビョリが好きだよ。
諦める事は得意だった。自分の気持ちを見て見ぬ振りする事なんて当たり前だったのに、相手がビョリだとどうしてだろう、上手く出来ないや。
私はもう貴女が綺麗だと言ってくれた私ではないかもしれないけど、もう1度だけ、貴女に会いたい。