連れて来られたのは、まるでホテルのようなマンションの一室。
ソファーに優しく降ろされて、下に座った彼は私の手を握る。
「えっと…まずは、急にごめんなさい。驚いたよね。」
『……』
「俺はチョン・ジョングク。ジョングクでもグクでも、好きに呼んで。」
『チョン、ジョングク…』
「うん。年は君と同じ、23歳。」
改めて年を言われると、本当に長い時間が経ったのだと痛感した。
子供の頃に描いていた23歳は、もっと自由で煌びやかだった。そう、目の前の彼のように。
「単刀直入に言うと、俺が、君を買ったんだ。」
『買った…?』
「そう。だからもうあそこには戻らなくていいし、怖い事も痛い事も何もない。」
『……』
「元気になるまでここで自由に過ごしてほしい。好きな時に好きなものを食べて、眠たい時に寝て、遊びたい時に外に出る。ただ、好きなように過ごして?」
彼が話す事は私にとっては御伽噺のような事で、まるで現実味がない。
そもそも、恐らく彼とは初対面だ。買われる理由はない。
それに、私を買った人間に自由なんて言ってほしくはない。結局は、その引き換えに自分の好きにさせろという事だろう。
何も変わらない。
不特定多数の人間ではなく、たった1人に思うように扱われるだけだ。
「俺は君に何も求めるつもりはないから。ある程度元気になったらここを出て、外の世界で好きに暮らしたらいい。ここはなんて言うか、療養所みたいに思ってくれたらいいよ。」
『…あの、』
「ん?」
『私を、買ったんですよね、お金で。』
「うん、そうだよ。」
『私はその、貴方に…』
「確かに、俺は君を金で買った。だからって、君が思ってるような事をしてほしい訳じゃない。」
『……』
「まあ、ただ話すだけじゃ信じられないだろうし、とりあえずここで一緒に暮らしてくれたらそれでいいから。まずはそうだな、シャワーでも浴びる?」
確かに、あそこではシャワーは2日に1回しか浴びさせて貰えなくて、何年そう過ごそうが心地悪かった。
彼が言っている事が建前でも何でもいい。裏切られるのにも言いなりになるのにも慣れているのだから。
取っ手を捻ると暖かいお湯が降ってきて、思わず鳥肌が立った。
暖かいシャワーなんていつぶりだろう。溜まっているお湯からも湯気が出ていて、まるで天国だ。
髪と体を洗い流して、湯船に浸かる。
暖かさが体に染み渡って目を閉じると、涙が出そうになった。
「おいで、髪乾かしてあげる。」
『……』
「あ…ごめん。触られたくないよね。」
『…いえ、』
手招きをした彼の元に行くと、大きな目を瞬かせた後にくしゃっと笑った。
「綺麗な髪だね、俺とは大違い。」
ドライヤーで優しく私の髪を梳かしながら、少し大きめの声で話す彼。
鏡越しに彼の綺麗な金髪を見ても、傷んでいるとは思えないけれど。
『髪、』
「ん?」
『…綺麗な色、ですね。』
「ふふ、そうかな?ありがとう。ユリも今度染めに行ってみる?一緒にさ。」
明るい色も絶対似合うよ
そう言って屈託なく笑う彼は、どんな風に生きてきた人なのだろう。純粋にそう思った。
私とは別世界の人間。明るくて、意思の灯った瞳をしている、綺麗な人。