母はいつも私が憎そうだった。

だけど、お酒に酔ってふらふらと歩きながら帰ってくる日、決まって私を抱き締めた。
そして、普段はまともに目が合う事すら少ない母が私を見つめて言う言葉。



女の子はね、綺麗でなきゃいけないの。



呪いのようなその言葉通り、母は私に見窄らしい格好をさせる事はなかった。それがどういう意味なのかを知ったのは、普通の子が中学生に上がるくらいの頃。

片手で数えられる程しか、母が手を繋いでくれた事はなかった。
私はそれが嬉しくて、いい日だと思った。
手を引かれて連れて来られた場所は、陽の光も入らない暗い部屋。
人相の悪い男と仲良さげに話した後、母は私の手を離した。

私が見た中で、1番綺麗な笑顔で。





『……』



あれから、新しい年を10回迎えた。
それ以外は、何月なのかも何時なのかも、昼なのか夜なのかすら分からない。

名前も知らない男に好き勝手に弄ばれて時には手を挙げられて、それでも成す術はなくて。
私が生まれてきた意味は一体なんだったのだろう。逃げ出す事も死ぬ事も許されず、ただここで人形のように扱われる毎日。
外の世界で暮らす私と同じ年の子達は、どう過ごしているのだろう。

私は今日もただ、死んだように生きている。





階段を降りてくる足音に身体が震える。
何年経っても何人に抱かれても、恐ろしい時間でしかない。その始まりのこの音が、この世の何より嫌いだ。



「…ユリさん?」


『……』



久しぶりに呼ばれたその名前。
最後にそう呼ばれたのは、思い出せないくらい遠い昔。
私の名前を読んだ人を見ると、こんな所には似つかわしくない綺麗な格好をしている。

一歩一歩ゆっくりと近付いて、私の前にしゃがみ込んだその人は、優しく笑って手を差し出した。



「行こう?」


『え…?』



何があっても私はここから逃げられない。この部屋の外に出られはしない。

何のジョークだろうか。私みたいな女をそうして揶揄って遊ぶのが趣味なのか、この男は。



「ここから出るんだよ。大丈夫、ちゃんと手続きはしてあるから。」


『手、続き?』



言っている意味が全く分からない。

ただ、躊躇して言うことを聞かないまま時間を過ごすのは得策ではない事は知っている。
どんな遊びだったとしても、この人がここに入ってきた以上、私はこの人の言う通りにするしかないのだから。

恐る恐る彼の手に自分の手を重ねると、そっと握ってまた微笑んだ。
暖かくて優しい、不思議な感覚。ああ、こんなに柔らかく笑う彼は、後でどう豹変するのだろう。



『っちょ…』


「何も心配要らないよ。俺に任せて?」



簡単に私を抱き上げた彼は、本当に部屋を出て階段を上がっていく。



『ちょっと、あの…』



迷いなく外に出て、そのまま車に乗り込む。



「大事な話は帰ってからにしよう。」



柔らかい空気のまま話す彼に、ただ黙るしかなかった。