それは、冬のはじまりを告げるような日のこと。
校内でも吐く息は白く、人気のない教室は余計に寒々しい。そんななか俺はただ一人、机に突っ伏したままでいた。

 自然とカーディガンの袖を引きさげて、その手を擦りあわせる。静寂に包まれたここは、世界からくりぬかれたみたいだと・・・・・そんな風にさえ思える。
そんななか、それは突然おこった


 恋愛の忘れ方、教えようか
記憶にない声が、そういった。それもかなり近く。
肩がびくりと揺れるのを感じる。反射的にかおをあげると、そこには、やはり記憶にない女が佇んでいた。


「・・・・なんじゃ、お前さんいつから」
「お前さんじゃなくてみょうじ、みょうじなまえ!同じクラスなのに傷つくなあ」
「・・・・・みょうじ、」
「うそ、わたしは幸村くんと同じクラス」


 声が上ずったのがばれたのだろうか、みょうじと名乗るその女はすこし笑ったような気がした(気分が悪いのを通り越して気味が悪い。)

不思議な女
そんな印象ともうひとつ、なにか違和感を感じる。とはいっても、その違和感の正体は特定できそうにもなく、ましてやその違和感がどういった類いのものかもわからない。
とりあえずわかったことは、おそらく初対面、幸村とおなじクラス。それだけ。


「どこいくの」
「・・・・どこでもいいじゃろ」


 女は、立ち上がった俺のあとに付いてあるく。構わずに歩く俺に臆することはない。

恋愛の忘れ方?
そんなもん、望んどらん。大体、どこからそんな事・・・・・・・いや、いまはいい。
・・・なんにせよ、関わりとうない。その一心。


「帰るの?」
「・・・・帰る、ついてきなさんな」

 なるべく低い声をだしたつもりじゃったのに、女はやはり怯まない。
 振り向かず、あるく速度をはやめる。すると、もう足音はついてはこなかった。
それどころか、気配は動かず佇んでいる。安心した反面、すこし不信感に包まれた。

 なんのために出てきたんじゃ
喉まででかけたそんな台詞をおしとめておいて・・・・
 廊下へと差し掛かった時。



「ね、仁王くん」


 たすけてあげる、仁王くんのこと
彼女はそんなようなことを言った。




 帰りながらいろんなことを考えた。突然現れたみょうじなまえのこと、違和感の正体のこと、あいつのこと。

瞬間、じわりと重いもの、なにか質量のあるものが、俺のなかを駆け巡る。思いだしたくないのに、忘れられないもの。こびりついて・・・・・離れないもの。



 白む空を見上げ、おなじ色をした、真っ白な息を吐く。
息はふわりと虚空を舞い、空に吸い込まれていった。
マフラーを引き上げるがたいした効果はなく、冷たい空気が肌をさす。


 冬は、あいつが好きな季節。

あいつが好きなものはなんでも好きになった。授業中、プリントの片隅でするくだらないやり取りも。あんまり好きじゃなかった飴の種類も減ったし、たまにくれるいちご味の飴も好きじゃった。
嫌いな音楽も、腕をひいて連れていってくれた。・・・・あいつが、真田と付き合うまでは。


だからって、助けてほしいわけじゃない。真田を憎んでいるわけでもない。
これでいい
あの日そう決めたのに、



 あいつが、ずっとすきじゃった。
仁王くん、って呼ぶ声が、はにかむような笑顔が、授業中にみせる真剣な横顔が、

あいつの話をするたびに嬉しそうにする、笑顔が

ぜんぶぜんぶすきじゃった。


 幸せになってほしかった
その気持ちに偽りはなかった。だから、背中を押した。
ずっと、ずっと隣で見てきたからこそ、うまくいきますようにって、そう願っとった。



 俺がひた隠してきた気持ちは深い深い底で、しずかに息を引き取った。


20130605


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