「・・・・部屋、隣なのに電話するんですね」
「突然尋ねた方がよかったか?」
「・・・・それは、まあ、・・・用意があるので困りますけど」



 柳さんと会うのはかれこれ3週間ぶりだった。あれから、何度か誘ってくれてはいたものの、柳さんの仕事が忙しくなったのが大きな原因で。
 ・・・・わたしはそれを残念に思いながらも、柳さんからの連絡をまつ毎日だった。

 隣だからある程度の生活リズムならわかるし、誘うのも手慣れたものだとおもう。わたしたちは外で落合い、それから・・・



「すこし、歩こう」



 どちらからともなく手をつなぎ、夜の街を歩いた。
 特に行き先も告げられていないのに、ドキドキしているのは気のせいなんかじゃない。背伸びをして買ったヒールを控えめに鳴らして歩くのだって、柳さんにちょっとは並べたような気がしてうれしかった。



「・・・そういえば」
「あ」
「誕生日プレゼント、だったな」



 そんな時、柳さんが唐突にポケットからだしたのは見覚えのある二つ折りの紙。そこにはなまえちゃんとお出かけできるけん、と書かれており・・・紛れもなく名前部分はわたしの直筆だ。
 わたしですら忘れかけていたのに、いまのいままで大事に持っていたんだろうか。いたまないように小さなビニールのジップロックに収納しているのが実に柳さんらしくて、すこしくすぐったい。



「・・・有効期限、みました?」
「確認済みだ。記載されていない以上まだ有効だろう」



 言われてみれば回数なんて表示されていない。考えてもない代物だ。
 たまに子供っぽいことを言う柳さんは可愛らしい。・・・けれど、今回は素直に受け止める勇気はなくて、ゆらりと視線を漂わせる。

柳さんの隣を歩くためにと大人っぽいスカートを選んだのに、ショーウィンドウにうつる横顔はいまだ子供で・・・アンバランスにみえる。それに、精一杯見栄をはってかった、かかとにリボンが施されたパンプスが余計に思い描く大人から遠ざけるような気がしてすこし恥ずかしくなる。
 いつもそうだ。柳さんといると自信が持てなくなるらしい。そんな事を延々と考えていたわたしを現実に引き戻したのは・・・



「好きなんだ」



 柳さんの、突然の告白だった。足をとめたわたしと、少し先の柳さん。どこかでみた構図は記憶に新しい。



「ずっと、ずっと考えていたんだ。・・・・結論がやっと出た。」



 傍に、いてほしい


 はっきりとそう告げられて・・・・しばらくはふわふわと夢のような心地の中にいた。もしかしたら、何度もそう思ったけれど信じられずにいたのはわたし自身だ。それなのに、


 抱き締められてはじめて間近にいた事を知った。遠慮がちにまわされた手はたしかに柳さんのもので、・・・つまり、わたしは今柳さんの腕の中にいる。

視界の先では夜の街が揺れていた。きらきらと輝く光は目映く・・・まるで絵本の中の景色のようだ。



「柳さん、あの」
「・・・なんだ?」
「・・・・・や、やっぱり・・・・・・もうすこし、このまま」



 泣きたくなるぐらい幸せだった。この瞬間だけはどうかこのまま時が止まりますように、ってそんな風にすら考えた

 手繰り寄せるように強く、強く抱き締められ・・・・それに応えるように腰にまわした腕に力をこめる。身長差のせいですっぽりと顔がお腹のあたりに埋まってしまうけれど、とても安心できたから。目一杯息を大きく吸い込む。



「・・・・わたしと、一緒にいる限りこの券は有効です」
「・・・・・・・それなら永遠・・という事になるが」
「・・・じゃあ、永遠で」



 言いながら、柳さんの指ごと紙を包み・・・薄く微笑む。すると、柳さんもおなじように笑った。

 夢じゃない。すこし肌寒い風に背中を振るわせる度に感覚がそう告げる。わたし、・・・わたしは



「・・・柳さんの、彼女」
「ああ、そうだな。・・・名字じゃなくて」
「・・・・・・えっと」
「蓮二」
「・・・・蓮二、さん?・・・・・蓮二くん、とか」
「・・・・なまえ」
「・・・・れ、蓮二くん」



 それからわたしたちはあてもなくぐるりと近所を歩いて、すっかり夜になった頃に帰路についた。何度も名前を呼び合って、一緒にしたいこと、いきたいこと。たくさん話をした。


 違和感がないといえば嘘になるけれど、名前を口にする度ふわふわして・・・心が軽くなる。・・・・きっといま、わたし・・・・幸せなんだ。



「・・・・帰りたく、ないなあ」
「電話するさ」
「・・すぐ隣にいるのに?」
「寄っていくか?」
「・・・・・う・・・、え、・・・っ!」
「冗談だ」
「・・・・も、もう!」



 別れても壁を隔てた向こうにいるなんて不思議で・・・・それなのにこんなに寂しくなるのも不思議だった。なかなか中に入らないのはお互い様だから、柳さんも同じ気持ちだったらいいな、なんて考える。
 ・・・それでも、ずっとこうしてるわけにはいかないわけで。



「・・・・じゃあ、また・・・明日」
「ああ、また明日」



 絞り出した声はわかりやすく暗くなってしまった。それにつられるように眉をさげた柳さんから目をそらすようにして、背を向けて・・・ドアノブに手をかける。
 そのままでいたらキスをねだってしまいそうだった。そんな度胸ないくせに。
 部屋に入る前にもう一度振り返るとちょうどこっちをみていた柳さんと目があってしまい・・・再び心臓が跳ねた。こういう所までお見通しだ。



「・・・おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。・・・・・・の、前の」
「わっ」



 声とともに手を引かれ、バランスを崩しそうになる。一瞬何が起こったかわからなかったけれど・・・・・・キスされてる、そう気付いたのは唇が重なってからだった。

 悪戯っぽく笑う柳さんを前に、わたしは真っ赤なまま俯いて・・・・・・そうして、もう一度という意味をこめて柳さんの手を握る。それに応えるように顎に手をそえられ、わたしはそっと瞼を閉じた。






 夏が終わる。・・・・・だけど、これからの季節も、ずっと隣に柳さんがいてくれるなら、
 きっとわたしは、幸せだ



ma ch*rie = 私のいとしい人・最愛の人

20151228

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