柳さんの眼差しから逃げるように視線だけを揺らす。あたりは静まりかえっていて、相変わらず空には星が光っている。
 ・・・二人だけで、そう静かに付け足した柳さんの声は妙に落ち着いていた。

 途端、デートという三文字が胸に浮かんで、どきりとした。・・・・柳さんがわたしを誘ってくれたんだ。本当ならすごく嬉しいことなのに、すぐに首を縦にふることができなかった。・・・喜んでいいはずなのに、戸惑う理由ばかりが胸を刺す。

 何も考えずに恋をしていた時は楽しかった。たくさん一緒に時間を過ごしたし、どれも大事な思い出だ。・・・けれど、柳さんと付き合っているわたしの姿なんて一度だって想像できなかった。・・・わかってた。叶わない恋だって。
叶わない方がいいんだって思うと楽だった。

 恋をしているままで、よかった。



「・・・・・・ご、めんなさい」



 震える声でそう告げる。柳さんは穏やかな表情のままでいる。わたしはそんな柳さんから視線を逸らしてしまった。
 なにか言わないと、柳さんを傷つけてしまう。・・・わかっているのに、言葉なんてうかばない。断ったのは全部わたしの勝手なわがままだもの。



「・・・・そうか、残念だ」



 そう言って、柳さんはいつもと変わらない笑顔で笑う。わたしも曖昧な笑顔を張り付けるけれど、うまく笑えていたかわからない。

 それから、わたしたちはぽつりぽつりと他愛のない話をして、無事に肝試しを終えたのだった。戻ってきたわたしたちを出迎える皆になんでもないふりをして、精一杯いつものわたしを演じて・・・無事に帰路についた。
 ・・・・後悔してないわけじゃない。今だって悩んでるし、・・・もっと自信がもてていたら、だとか。どうすれば上手くいっていたか、だとか・・・そんな事ばかりを考えた。

 幸村さんにだけはきちんと話して、お礼をいって・・・・終わりにしよう。導きだした答えはその一つだ。楽しかったという事と、お礼と、・・・柳さんからの誘いを断ったことを文章にすると、たったそれだけのことなのに随分と時間がかかってしまった。
まるで、初めて柳さんに連絡をした時を思い出すけれど・・・・今回は送信を後押ししてくれたみっちゃんは隣にいない。わたしの意思で決めたこと。・・・だから、きちんとケリをつけたらたくさん話を聞いてもらおう。

 そう決意して、メッセージを送った数分後・・・幸村さんからの着信に深呼吸をしてから通話ボタンを押した。
久しぶり、という程久しぶりでもないのに・・・すっかり聞きなれた声がそう告げるから、わたしもぎこちなく同じように返す。



「それがなまえちゃんが選んだ答えなら、それでいいと思う」
「・・・・はい」
「今は辛いかもしれないけど、楽しかったってすこしでも思えるなら、よかったって言えるんだろうし。・・・・上手く言えないけどさ、なまえちゃんも一つ大人になったんじゃないかな」



 いつもより数段やさしい、柔らかい声に思わず涙腺が緩む。
 最初は戸惑うことばかりだったけれど、いろんなことをして・・・気付けばそこに仁王さんや、みっちゃん達も加わるようになった。

 全部、全部大切な思い出だ。できることなら来年もみんなで、って思った。心からそう思ったから、声にだして言えたんだ。



「・・・・・柳さんは素敵な人でした。・・・眩しいくらいに、素敵で・・・輝いていて、・・・・わたしには届かない人」



 太陽、なんて形容するのは恥ずかしくって、ぼそぼそと口からでた言葉はありふれたものばかりだった。
 でも、言葉にすると胸のつっかえがとれるような気がして・・楽になれた。



「・・・・幸村さん、また、・・・・皆で花火がしたいです」
「うん、やろう。・・・海にもいきたいな」
「・・・・海・・・・・、海はちょっと恥ずかしいです」
「なんでもいいよ、でも絶対行こう」



 柳さんを誘って、そう言うと・・・幸村さんは嬉しそうに相槌をうってくれた。


 それから数日が経って、夏休みは終わった。登校初日からうれしいニュースをきいたわたしは・・・みっちゃんと顔をあわすなり二人で抱き合って喜んだ。なんでも、みっちゃんが白井くんに誘われて今度一緒にどこかへいくらしい。

 肝だめしが決め手になったのかどうかはわからないけど・・・二人を取り巻く空気ががらりと変わり・・・さっぱりしていたみっちゃんがより女の子になっていくのがわたしには嬉しくてたまらなかった。
 ・・・そして、わたしは。あれから柳さんと顔を合わせずにいる。隣人とは希薄なもので、家を出る時間をずらすだけで簡単に柳さんとは会わなくなったわけだ。



「・・・・わたしとみっちゃんと白井くんとで?」
「うん、突然すぎた?」
「ううん、大丈夫だけど・・・・邪魔じゃない?」
「し、白井とはそんなんじゃないから!」
「"そう"なったら教えてね?」
「一番に教える。なまえもだよ?」
「わたしのはいつになるかわからないよ」



 みっちゃんからの突然のお誘いは、新しくできた駅前のカフェが待ち合わせだった。白井くんはもう現地にいるってきいて首を傾げたけれど、白井くんの家は駅前のあたりだからってきいて曖昧に納得しておく。それにしても、なんでまた三人なんだろう。それも・・・・



「服、変じゃなかった?」
「全然!いい感じ」
「なにかするの?」
「だってカフェだし、女子会だから」
「白井くんも女子なんだ」
「まあまあ、とにかくはやくいこ!」



 女子っぽい格好をしてきて、なんていうから・・・いつもより用意に時間がかかってしまった。理由をきいたってみっちゃんはずっとこんな感じだし・・・。たしかに雑誌なんかの女子会コーデ、と名前がつくものは気合いがはいったものが多い印象がある。けれど、雑誌のそれほどまでにはわたしたちは大人びてはいない。



「でもなまえ、ちゃんと化粧してきたんだ」
「だってカフェだし女子会だから」
「もう、」



 わらいあっているうちにも、目的地に到着し・・・二人で思わず顔を見合わせた。
たくさんの女の子で賑わうお店は内装もとびきりおしゃれで、下ろし立てのワンピースを着ている効果もあってか、まるで自分が物語の中に入ったような錯覚にさえ陥ってしまいそうになる。
 雑誌にのったときだって、デートにもってこいだって紹介されてたっけ。・・・白井くんがここを?でも、これなら服装指定の理由もなんとなく頷ける。
案内する店員さんの背中を追いかけながらも、わたしは完全にどこかふわふわした気持ちになっていた。



「それじゃあ、わたしはこっち」
「・・・みっちゃん?」
「頑張ってなまえ!・・・最後の一歩、踏み出して!」



 だから、気付かなかったのだ。後ろを歩いていたはずのみっちゃんは店の入り口から手をふっている。それも、満面の笑みで。
意味がわからずに一瞬立ち尽くすなか、名前を呼ぶ声をきいて・・・・わたしは弾けるように顔をあげた。
 日当たりがよく、景色もいいその席はわたしのために用意されたもので、その奥に座っているのは・・・・見間違えるはずなんてない。


「・・・・・柳、さん」
「久しぶり」



 この店にきてから、柳さんの姿がちらついて見えていた。こんなの、反則だ。きっと誰からみたってわたしたちは恋人同士にみえるだろう。最後の最後にきちんとビューラーを使わなかったことを少し後悔した。マスカラを施しただけの睫毛はきっと控えめに上を向いている。



「・・・・今日は、その・・・・大人っぽいな」
「柳さんと同じくらい?」
「そこはノーコメントで」
「・・・・でも、騙したんですね」
「帰られでもしたらどうしようかと思ったさ」
「追いかけました?」
「そんな靴を穿いて、怪我でもしたら大変だからな」



 いつから計画してたんだろう。・・・・顔なんて合わせられないと思ってたのに、一度話してしまえばなんだか肩の力が抜けた。

 ・・・けれど、緊張しないかと聞かれればそれは別で。意識すればする程どんな顔をしていいかわからなくなって、口をつぐむ。今回ばかりは柳さんも緊張してるんだろうか。どことなく、いつもと違う表情や雰囲気を感じてそんな事を考えた。



「オープンしてからずっと気になってたんだ」
「だから誘ってくれたんですか?」
「・・・いや、あれは・・・・また別の所だった。次は正々堂々と誘って見せるさ」
「・・・前向きですね」
「ああ、しかし始めとは真逆になるとはな」



 懐かしむように呟く柳さんの顔は直視できなかった。だって、・・・真逆って事はつまり、柳さんがわたしに好意をもってる・・・ってこと?けれど・・・わたしに柳さんへの気持ちが全くないわけじゃない。実際に今こうしていられるのはうれしいし、・・・でも、まだ戸惑いはある。宙ぶらりんだ。
 こんな気持ちで柳さんと向き合うのは、そう思いかけた時だった。



「どうするか、ずっと考えていた」
「・・・わたしの事を?」
「ああ、でも答えはでなかった。・・・・・だが、会いたかったんだ」
「・・・・や、やめてください、恥ずかしいです」
「ああ、俺も恥ずかしいな」



 言いながら、ふわりと笑う柳さんに胸がどくりと脈打つ。メニューをしまう手がわかりやすく震える程に動揺してしまった。
 ・・・こんな関係が続けばわたしは・・・・・・遅かれ早かれ首を縦にふるかもしれない。いまのわたしには・・・それはすごく恐ろしかった。



 それから、料理がきてからはとりとめのないを話し、しばらく穏やかな時間が過ぎていった。料理の方は名前のわからないソースと色とりどりの野菜がはいっていて、見た目も味も良かった。中でも、わたしも柳さんも気に入ったのは食後にでてきた紅茶の味だ。



「そろそろ行こうか」
「・・・・はい!」



 そうして、わたしがお財布を出す間もなしにカードで会計を済ませた柳さんの横顔は随分と大人にみえて、着飾っただけの子供のわたしは自然と俯いていた。
 店をでて、改めて出そうとした所でやんわりたしなめられ・・・おとなしく頭をさげる。柳さんは大人だから当然だと周りはいうかもしれないけれど、わたしにとってはこんな些細な事でも柳さんとの壁を感じる。



「ごちそうさまでした。・・・とってもおいしかったです!」
「・・・・今度はパスタにしよう」
「え?」
「食い入るように見ていただろう?・・・あの、トマトクリームソースの」
「おいしそうだったんでギリギリまで悩みました!でも、グラタンも十分おいしかったですよ!」
「次は仁王の通いの店に行こう。場所を聞いておかないとな」



 自然と柳さんの口からでた"次"という言葉に反応し、思わず足をとめそうになる。戸惑うあまり握りしめた手をそっと包まれたときには肩をびくらと揺らしてしまう程だ。
 恋人みたい。今日はすでに何度も心の中で唱えた呪文のような言葉を頭に浮かべ、小さくため息をつく。

 お店にいると気がつかなかったけれど・・・すっかり夜になっていたらしい。沈黙のなか、歩くたびに遠くでゆらめく夜景はまるで宝石のようだ。まだ夕焼けと夜とがまざりあっているような、不思議な色をみつめながら、わたしはこの景色を胸にやきつけていた。




20151211

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