03

早朝6時起きは、やっぱり辛い。

眠さに頭がぐらぐらするも、もう起こしてくれる家族も──いやそもそも生活時間ばらばらだったから朝起こしてもらうことなんて早々なかったけど、それでも──居ないし。
昨日なんとか発掘した制服に着替えながら、今だ覚醒しきらない頭で私は睡魔と戦っていた。
もう、気を抜いた瞬間に負けそうである。

「ねっむい。マジで眠い……つら……」

くぁ、と大きな欠伸を溢しながら、電子レンジの中から弁当を取り出した。
ほかほかと湯気を燻らすパッケージは、蒸気と共にわずかに水滴が滴っている。

「あっつ!」

パッケージの端と端を摘まんで蓋を開けたら、むわりと熱い蒸気が指を直撃。
その地味な熱さに呻きつつ、ほかほかに温まった鮭弁当を割りばしでつついて食べる。

しぃんと静まり返った部屋の中。
早くテレビが欲しいなあと、ぼんやり思った。




男の社会人は、違うディビジョンへの転職や移動で許可が必要だけど、こと学生に関してはそれは適応されず。
"受験"がそもそも認可行為に当たるのか、合格さえすれば違うディビジョンへの入学及び編入が認められている。
──といってもこのH歴はまだ浅いから、これからもっと厳しくなるのかもしれないけど。

まあ、だから人によってはわざわざ違うディビジョンを受験して通う子も居るけど、その大体が女の子だ。
なんたって、受験が必要な学校は中高関わらず私立のみなのだ。
私立なんて金のかかる教育機関に進んで入学させるのは、余程の金持ちか女の子の親だけ。
国からの補助が出るのも女子に限るから、ほんとこの国は女には天国だけど男には生き地獄だろう。

かくいう私も晴れて母親のみのシングルマザーの子供となったわけで。
これからの学費は国からの助成金によって助けられることになる。
といってもそもそも私は自分の住んでたディビジョンの公立に通ってたから、学費がくそ高いとかもないんだけど。

「おはよ〜〜」
「おはよ」

同じ制服を着た人の波に紛れて歩いていれば、知った顔から声がかけられる。
なんとなく互いに近寄って歩調を合わせて、そうして他愛のない会話をスタートさせるのだ。

「今日から名字、筒香になるの?」
「そうそう。前のとはついにおさらばって感じ」

私の親が離婚する話は、実は割りと広まっていた。
そして私が母に引き取られることも。
うちの両親──特に母親は中王区内でもかなり有名な大企業の役職者ということもあって、私が入学する前から私の存在は話題になっていたらしい。
つまり、中王区の女の娘が入学したぞって。

この国には、確かな格差が存在する。

まずは性別。
男は金食い虫なんて言葉が囁かれるようになったくらい、この先この国ではただ性別が違うだけでその後の人生が大きく左右される程の"差別"が生まれてしまう。

H歴が制定された後。
つまり最近じゃあ、生まれた瞬間に男であるというだけで母親が泣き崩れる、なんてこともあるらしい。
赤ちゃんポストに入れられる子供のほとんどは男の子になってきたし、仮に女の子が施設に入っても、女というだけで直ぐに引き取り先が見つかっていくんだとか。
なんたって、女の子を引き取れば国から援助金が降りるのだ。
国が求めているのは女性で、ある意味で、女性で儲けるシステムが出来上がりつつあるのだろう。

そして能力。
それは身体的能力であり、知能的能力であり、芸術的能力であり、金銭的な能力だ。
運動のできるもの、勉強のできるもの、芸術を作り出すことのできるもの、そして金銭を生み出すことのできるもの。
これらは全て"能力"として政府に"評価"が貰えて、この中でも女という性別を持ったものだけが中王区への居住を許されるようになっている。
まあつまり、結局のところここでも性差別なんだけど。

女であるかという格差。
他より優れている能力を保有しているかと言う格差。
この格差によって、持って生まれられなかった人たちは与えられたディビジョンの中で溺れることしかできないのだ。

そして、私の話。
というか、私の母の話。

中王区勤め。
それは女の憧れであり、男の畏怖の象徴だ。
どういう形であれ中王区に在籍しているだけで、有する権力は笑ってしまうほど変わるのだから。

仮に私がこの学校内でなにか問題に巻き込まれた場合、この学校は"監督不届き"という理由で私が望もうが望まないが、何かしらの罰則を受けることになる。
仮に私が友人に誘われてそこで何かしらの問題に巻き込まれた場合、その友人が男であろうが女であろうがある一定の監査が入り、そして何かしらの罰則を与えられることになる。

だから公立学校は、入学する生徒の母親を注意深く調べるし、教員を経由して"この生徒の扱いには気を付けろ"と注意喚起をするらしい。
私はそれを入学してから知った部類の人間で。
それこそ入学当初は、母の言う通りに私立に入っておけばよかったと、本当に後悔した。

そしてもしかしたら。
それは、今も続いているのかもしれない。

「せんぱ〜〜いっ! おっはようございまーす」

不意にかけられた声。
その瞬間、私と会話をしていた友人がそっと息を潜めて距離をおいたのを感じて、私は苦く笑いながら彼女に「あとでね」と声をかけた。
そして、鞄を左から右にかけ直して、後ろを振り替えるのだ。

そこには、髪を緩く巻いた後輩の姿。
私に懐いている、同族 、、 の女の子だ。

「おはよ。今日は部活ないんだ? 珍しいね」
「そうなんです。まあ私的には? ラッキーって感じっす。いっつも眠いし。そんで先輩に朝から会えたからハッピー! みたいな!」
「いつもめちゃくちゃ早いもんね」
「そうそう! 吹部の朝はあほみたいに早いんすもん。やんなっちゃいます」

彼女も親が中王区勤め。
父親と母親の収入に差がありすぎて、もうそろそろ破局しちゃいそう、だなんてこの前溢していた。

中王区の女は、いずれ中王区の女になる娘を生む。
それはここ最近になってから真しやかに囁かれるようになった都市伝説みたいなもんで。
しかし、それは紛れもない本物なのかもしれなくて。

この国には格差がある。
それは性別で、能力で、そして、生まれ。
女と女でも、確かにある中王区という差別。
例え女であっても、中王区に在籍できなければ、所詮ただの一般市民。

中王区に関わりがあるものは、いずれ中王区に絡めとられていくのが運命なのだ。
まだH歴という時代は浅い。だからそれを確証する術はない。
けれど、他でもない私たち自身が、もう、その運命を確信してしまっている。

だってそういう環境のなかで私たちは育てられて、そういう環境のなかで私たちは隔離されているのだから。

「わたし、ほんとにほんとーに、先輩がここに残ってくれてよかったーって思ってます」

左の腕に、するりと華奢な腕が絡み付く。
ふわりと香る甘い匂い、磨かれ整えられた綺麗な爪。
染められた髪に巻かれた髪の毛。
だけど、誰からも注意なんてされることはない。
なんたって、この子も私と、おんなじ穴の狢の子。

「中王区入ったら、中々出れなくなっちゃうしね。あ、今度お家おいで。割りと結構よさげな感じ」
「まじすか! いきます!」
「あははっ段ボールなんとかできたら呼ぶから、ちょーっとまっててね」

周りからはなんて思われてるんだろう。
怖い女と女が戯れついてるとか思われてるんだろうか。
早く中王区にいけばいいのに、残りやがった目障りな女と思われてるんだろうか。

私たちは差別のなかで生きている。
差別が、私たちを中王区の女に仕立て上げるのだ。




私の名字は静かに変わって。
しかしそれを誰にも揶揄われることもなく、みんな当たり前のように新しい名字を舌に乗せていく。
そもそも、親しい友人はみんな名前で呼ぶから、名字で呼ばれることなんて先生くらいってのもあるんだけど。

「筒香琴音さ〜ん?」
「なに」
「いや言いにくいなって思って」
「この上なく言いやすい名前でしょ」

そもそも、母は父の名字になりたくなかったらしい。
元々が良いとこ出のお嬢様だったらしいから、無名の父の名字になるのに最後まで抵抗していたんだとか。
けど、当時はきっと父のことをちゃんと好きで、愛してたから結局は父の名字を受け入れた。
──まあ結局、その父の裏切りで破局しちゃって元に戻ったんだけど。

「琴音ってさ、ヨコハマディビジョンの女になるわけじゃん」
「うん」
「ってことはさ、テリトリーバトルはブクロじゃなくてハマ応援すんの?」
「あーー……」

──そうか、テリトリーバトル。
月イチで開催される4つの領土を奪い合う領土争い。
各ディビジョンは代表チームに全てを託してあとは任せきり。

この勝敗は全て中王区の女、、、、の投票で決まり、この時ばかりは中王区に籍を置かない女も、中王区として一区切りにされ投票権を持つことができる。
なんの才能も能力も地位も権力もないただの女も、中王区として投票権を得ることができるのだ。

だからこのバトルは二つの意味で女性に人気を博している。
ひとつは、MC達をアイドルのように持て囃し、はしゃぎたてるお人形遊び。
そしてもうひとつが、女性と言う性の特権を男に対して行使することのできる、支配欲の充実だ。

要は、このバトルは中王区の女の退屈しのぎと、中王区に選ばれなかった女の不満解消のための催しだ。
それの理由付けとしてそれっぽい条件と戦利品をちらつかせて男を駆り立てる、なんとも厭らしい政策。

それに参加する男の人たちは、勝てばなにかが変わると思って戦いに挑むんだろうか。
確かに勝てば変わるし負けても変わる。
だけど、それは男の地位の向上にはかすりもしない。
なのに、それでもなにかが変わると思って言葉をマイクに乗せるのだろうか。
だとしたら、それのなんて──

「──琴音? 聞いてる?」
「え、あ、なに?」

掛けられた声に、はっと身構えた。
どうやら一人で考え込んでしまったようで、訝しげな友人の視線が突き刺さる。
それで──ええと──テリトリーバトル。

「──もちろん、ブクロを応援するよ。だって今までここで育ってきたんだし、気持ちはこっち」
「だよね! いやぁ一票っていってもやっぱりあんたのは重いじゃん? それがちょーっと不安だったの! あんたのママにもよろしくいっといてね」

ママ、という言葉が出た瞬間に、私に纏わりつく視線の量が多くなる。
けれどそれにはなんの反応も示さずに、にこりと好意的に笑ってただこう返すのだ。

「ん、おっけ」

──テリトリーバトルの投票権を持つのは、中王区の女のみ。
その中でも中王区に籍を持つ女、、、、、、、、、、の投票は、中王区外に在籍する女の10倍の投票数を有しているのだ。

子供の投票権の籍は母の在籍で決まる。
つまり母親が中王区の女である私の投票数も、同じように10。
私たち親子合わせて、20の投票数がこの場で動くことになる。

たかが20。
されど、1よりも重い票数。
それが塵も積もれば山となる。

テリトリーバトルに負けたディビジョンは、敗者として負債を背負わされる。
それは勝者の税の8割の肩代わりだったりと色々だけど、そこに在籍する女からしても、"負けた"という事実は面白くないことで。
さらに男からしてみれば、さらに生活を苦しめられる状況におちいるわけで。

この月イチで開催されるテリトリーバトルは、純粋な中王区の女以外は、割り自らの在籍するディビジョンに票をいれるのが通常だ。
だから籍の変わった私に対して、今周りの人間たちは違う地区に入れられてしまったらと気が気でないのだろう。
どこにいれるかなんて、投票の際にはわからないのに。
まるで危険物を見るような目で。

ふと、後輩を思い出して、途端に憐れに思う。
あの子もきっと今、腫れ物扱いだ。




──さて、自宅にて。
目の前におかれた家電器具に、にやける顔が収まらない。
テレビ。ついにテレビが到着したのである。

「はあ〜、やっと無音生活とおさらばになる」

この後にもまた椅子なんかの家具とかが届く予定で、着実に生活するための必需品は揃いつつある。
後は荷物を解いて、整えていけばいい。
とりあえず、残りの服と食器、そんで調理器具は今日中に出してしまいたい。

荷物到着予定まであと一時間半。
それまで作業は沢山あるけど──やる気がでない。
まあ、理由は明白で。

「……はぁ」

弛んでいた筈の唇が、どんどん下がっていく。
それと同時に、気分もなんだか急勾配だ。

──イケブクロとか、ヨコハマ、とか。
ぶっちゃけて言えば、本音で言えば、どうでもいい。
あんなのどうしたって、お偉いさんたちによる中王区の女(権力者へのご機嫌取りにしか、見えないし。
私がどうとか、マジでない、し。

「……お母さんがどこにいれるとか、知んないっての」

つーかマジでどうでもいい。
今まで一緒に暮らしてきて、あの食卓の上でそんな話が出たことは一度もなかった。
だってお父さんは中王区の話を匂わせるといつも機嫌が悪くなったから。
だからお母さんはいつもそんな素振りも話題も見せなかったし振らなかったのに。

H歴が制定されて三年。
そのたった三年で、私の家族はめちゃくちゃになった。
その理由は、お母さんとお父さんに格差が生まれたからで。
平等だったはずなのに、お父さんよりも、お母さんの方が存在に価値がついてしまったからで。
──いやそれでも、お母さんは私たちを見ていてくれたけど。

そうだ。
お母さんは、お母さんなりに、お父さんに尽くしてた。
それを裏切ったのは、お父さんだ。

「──いい、どうでもいい。知らない。もう、終わったこと」

そう、終わったことだ。
何度過去を思い返したって、あの人たちが離婚した事実は変わらない。
お父さんはただの女に手を出して、妊娠させて。
それでお母さんも愛想を尽かして、そして、私だけがここにいる。

あの家から持ってきたのも必要最低限。
それも、落ち着いたら全部棄てて買い直せって言いつけられている。
だからここにある古いもの、、、、は、全部なくなる。
そうして、私しか触れない新しいものにすげ変わる。
──私しか、この先触らないのだ。

私は、いつまでここに取り残されるんだろう。

「……、…」

ごろりと冷たいフローリングに寝転がる。
床暖だけど、それは電源をいれた場合の話。
こうしてなにも設定してなければ、ここはただの木の床だ。
天井には、平べったい円盤ガラスのシーリングライト。
朝と夜とで光の色を白からオレンジへ、調節可能。
だから時間的には、あと一、二時間したら色を変えなきゃ。
まあその前に、宅急便の人来るけど。

「──おかあさん」

目を腕で覆って、息を吐き出しながらそう呟く。
お母さん。ここには居ない、居てくれない、私を産んだ人。
たったひとりになった、わたしの家族。

あの人はきっと──ここには来ない。

そもそも、今までが頑張って外に出ていたのだ。
毎日毎日時間を掛けて移動して、通勤して。
あの人はとても優秀だから、H歴が制定された後、中王区に絡め取られて、中に留まるように求められていた。
けれどそれをあの人自身が抗って、家族のために外に出ててくれていたのだ。

だけど今、その楔が解けてしまって。
私という重しすら外さらてしまって、あの人は、自由になってしまった。
それなのに、また時間を掛けて私に会いに来る?
それだけの価値が、私にあるとは思えない。

「……これで捨てられたら、笑える」

どうしよう。
そしたら私、無価値になるな。

頭の奥底から沸き上がった感情に、口の端がぴくりと震えた。
嘘だ。笑い事じゃない。事態は深刻。私的には大問題。
──だけど、でも、どうすることもできない。

中王区はあの人を手離さない。
掴んで、絡めて、より一層あの人をらしく、、、仕立て上げていくのだろう。
これからの日本の形に、相応しい女になるように。

その時私はどうなるのか。
結局、壁の外に取り残された私は、これからも壁の外で生きることになる。
そんな私が、きちんとらしくなる、、、、、ことは可能なのだろうか。
私はきちんと──中王区の女になれるのだろうか。

いったい、どうやったら。
あの人の興味を、引いたままにできるのだろう。

「──やめよ」

起き上がって、ゆるく頭を振る。
そんなの今どう考えたって、答えなんか出るわけない。
ただぐだぐだ悩んで、気持ちが底無しに落ち込んでいくだけだ。
そんなの、ひとつも生産的じゃない。

起き上がって、昨日掘り出した時計を見る。
宅配便が来るまであと一時間は余裕である。
つまり、時間が空いている。

──そういや、ここ屋上に庭庭があるんだよな。
最上階、つまりこの階の上。
そこには中々にこった造りの庭園があるといっていた気がする。

「……行ってみようかな」

もうじき日も落ちるけど、きっと、夕焼けだって綺麗だろう。
そう思って、重たい身体を持ち上げる。

寒いだろうか。
カーディガンくらいは、羽織ってもいいのかもしれない。
持ち物は──携帯があれば、それでいいかな。

昨日と違って、もう私の指紋は色んな所に登録されてるはずだし。
大丈夫、もう締め出されるなんてことにはならないはずだ。
というかそもそも、両手が塞がったりもしないだろう。

──出入りと言えば。
脳裏に映るのは、あの後ろ姿。

「……あの人、いるかなあ」

背の高い後ろ姿。
顔はイケメンってことしか覚えてないけど、それでも、真っ赤な瞳が印象的だった。

いるだろうか。
いたら、姿が見れたら、なんか元気になれる気がする。

「いや、意味わかんないけど」

自分の思考回路に、自分で笑ってしまう。
ああだめだ、なんか独り言が多くなってきてる。

カーディガンを羽織って、玄関の方へと進んでいく。
ポケットにはちゃんと携帯も入れた。
もしも綺麗な景色だったら、写真を撮るのもいいかもしれない。


私はまだ、17歳で。
でも、もう、17歳で。
結婚もできる歳でほぼ大人。
親が離婚して、ひとり暮らしをすることになって。
誰も居ない家でひとりで生きていかなければならなくて。
だけど母親に引き取られて、そして母親は中王区の女だからお金には困らない。
だから私は、きっと恵まれた17歳。

そう、恵まれてるんだ。

大丈夫、私はきっと、大丈夫。
この先だって上手に生きていける。
上手に、生きていかなければならないのだ。

だって、私もいずれ、中王区の女になるんだから。
この国が求める女の形に、私も振り落とされないようにならなければいけないんだから。
だから、私はきっと、大丈夫。

ガチャリと、扉を開けて外に出る。
重い扉。防犯のしっかりした、お高い住処。
私が、これからひとりで生きていく場所。

大丈夫、大丈夫。
私はとても、恵まれている。

だから私はひとりでも、生きれるよ。

prev top next