後ろから二番目の窓側の席。
開けっ放しの所為で時折カーテンに頬を撫でられながら、それでもいつも山田君はぼんやり校庭や空を眺めている。
誰が話しかけても聴こえない振りをするかのように無反応だから、次第に山田君はクラスでも"居ないもの"として扱われるようになってしまった。
いやしかし、それも仕方ない。
喋る機能がついてないのかと疑うくらい、山田君は人と喋らない。
だから私はよく、山田君が授業で当てられて言葉を発している時に謎の感動を覚えてしまう。
あ、喋れたんだ……みたいな。
左目下の並んだ二つの黒子がチャームポイントなかなりの美少年──いや美青年?なのに、勿体ないなと思いつつ。
本人に喋る気がないんだったらと、私は隣の席になって数週間、自分から話しかけたりなんていう冒険はしないでいた。
だってうざったい顔されんのも嫌だしね。
──さて、話は変わるが私はTRPGというゲームが好きだ。
正式名称はテーブルトーク・ロールプレイングゲーム。
ボードゲームとか呼ばれたりもする。
ざっと説明するとゲーム機とかは一切使わないで、紙や鉛筆、そしてダイスだけを使って言葉と想像でプレイしていく対話型のRPGなのだ。
その発端はミニチュアゲームから始まったテーブルゲームで、なんと遡れば19世紀のアメリカまで辿ることの出来る割と昔からあるレトロゲームだったりする。
私がその中でもハマりにハマっているのがクトゥルフ神話TRPG。
自分で作った架空のキャラクターを
まあ、簡単に言えば暇を持て余した邪神とか地球外生命体から時に逃げたり時に撃退したり時に殺されたり時に食べられたりして時に発狂する感じ。
このクトゥルフは色んな人がシナリオという、言葉まんまのストーリーを作って公開してくれていて。
遊びたい人は自由にそのシナリオを拝借して、割と特殊なダイスを振りながらその話の展開通りに物語を進めていく。
プレイは最低二人いれば出来る仕組みになっていて、シナリオ進行役である"キーパー"が時にアドリブを交えながら"プレイヤー"である探索者を導いていく感じだ。
同じシナリオでも、キーパーと探索者によってかなりストーリー展開が変わっていくから、知ったシナリオでもかなりそれぞれ独自の味がある。
ちなみになんで私がクトゥルフTRPGにハマったのかというと、とある動画サイトが原因だ。
特に遊ぶ約束もやることもなくて、なんとなく開いた動画サイトの上位の動画を見て沼にはまってしまったのである。
まあ、よくある導入だ。
最初はなんぞこれと思ったし。
化け物がキモくて、割と突拍子もなく登場人物が死んだり発狂したりなんにも解決しないで終わったりするから訳が分からなかったけど。
話数を進めていく度にどんどん深みへと落ちてしまったのだ。
だって、本当に面白い。
基本的に動画は機械音声の声が吹き込まれていて、動画によっては動いたりもするから本当にアニメを見ている気分にもなってくる。
それに卓──それぞれの動画によってルールが微妙に違っていて、ウケ狙いみたいなとんでもな設定とかに度肝を抜かれたりするのも面白い
まあそうして、ハマりにハマって。
次第に自分も"探索者"をやってみたくて、Twitterで知り合った人とネット上でセッションしてしまう程度には、割とどっぷりやり込んでしまっている。
ちなみにセッションとはTRPGをやることを指す。
なんでセッションていうのかは知らない。
そして更には自分でシナリオ作ってみたり、動画を投稿したりなんかもしてみたり。
自分でもこれいつか黒歴史とかになるのかなあと思いつつ、割とTRPGライフを楽しんでいるのだ。
クトゥルフのいいところはどんなにクソみたいな絵の動画でも見て貰えるし面白いってコメント貰えたりすることだ。
お陰様で発狂に関する語彙力と動画作成スキルだけが成長していく。
マジで学生的には要らない技能である。
ネット上でのセッションは、基本的にスカイプを使ったりTRPG用のサイトを使ってチャットしたりして行う。
なので実際に会うわけじゃないし、顔も実名もバレることはないから危険はそんなない。
人によってはトラブルが起きたりして晒されたりするけど、それは本当にやらかした場合だから、基本は大丈夫。
ちなみにネットでセッションすることをオンラインセッション、通称オンセという。
基本的に私はオンセだけで参加しているタイプだ。
私のハンドルネームは湯飲み。
なるべく年齢がばれないものをと思って適当に決めたやつだ。
基本的にはゆのさんとかゆのみんとか言われてる段階で、まあ大体の年齢はバレてんのかなあとは思うけど。
ちなみに、私がオンセでキーパリングする時は、盛り上げのためのシークレットダイスとは別に自分の手で振るリアルダイスも併用している。
クトゥルフのダイスは特殊で、6面、8面、10面のダイスを使用することが多い。
探索者が自分で振るダイスロールとは別に、探索者には結果がわからない"シークレットダイス"をキーパーは振るうことがあるのだ。
ダイスを振る意味としては、探索者が行う"技能"の結果を出すためだ。
良く多用される、見る力である"目星"や、聴いたり嗅いだりする力である"聞き耳"。
これらの技能は1〜90までの能力値が設定されており、探索者が自分でキャラシートを作る際にその数値の上限を設定するのだ。
例えば目星の数値が50だった場合。
1d100──10面ダイスを一度に二個振って、そのダイスの合計が50以下だったら成功、51以上だったら失敗となる。
そしてその結果によってヒントを見つけることが出来たりするわけである。
ちなみにこのダイスロール、1〜5は決定的成功、96〜00は致命的失敗という判定がある。
それぞれ"クリティカル"と"ファンブル"と呼ばれ、例えば本来なら少ししか回復するこの出来ない応急手当が、名医ばりの処置を施せて体力完全回復となどの成功以上の成果を出せたりもするし。
応急手当するつもりだったのにキャラクターへのとどめの一撃を加えてしまって手当てするはずのキャラをロスト──殺してしまったなんかの大失敗をやらかす、なんてこともある。
ついでに言うと、1d100は100面ダイスなんてないから10面ダイスを2回振るわけだけど。
ネットだったらそれ専用のサイトに1d100のダイスロールが出来るシステムが組まれてたりするから、それを使うと便利だ。
割と、あのダイスのジャラララって音が好きだったりする。
探索者は基本的に、自分の技能に対して自分でダイスロールを行う。
だけれど、特殊技能を使う場合だったり、シナリオの展開を決める時なんかには、キーパーは探索者には結果の分からない"シークレットダイス"を振るうのだ。
あと時々、探索者をただビビらせたり疑心暗鬼にさせたりするのが目的の無意味なシークレットダイスも振ったりする。
まあ、演出というやつである。
そして、私が振るリアルダイス。
たまにパソコンとかの機械だと結果が偏ったりすることもあるから、自分の手で振ったりするのだ。
チャットじゃない場合、スカイプで音が向こうにバレるので、割とこれも探索者をビビらせる演出に一役買ったりもする。
つまりはブラフである。
──さて、なんで私がこんなにも長々つらつらと自分の趣味に対して語っているのかと言うと。
冒頭で述べた、黒子がチャーミングな年上受けしそうな美少ね──美青年?いやもう童顔だし美少年でいいや。
無口な美少年、山田三郎君にものっっっすごく熱視線と共に手を掴まれているからである。
そう、手。
私の手が、まともな会話も交わしたことのない男子に握られている。
そんな私の手の中には、10面ダイス。
間違えて筆箱の中に紛れ込ませてしまった、基本TRPGでしか活躍しない変形ダイスが収まっていて。
それを握った手ごと、山田三郎君に手を握られているのだ。
「──久遠、さん、は」
時々
ばさばさと強い風にはためくカーテンの騒ぎ立てる音で、掻き消えても仕方ない筈なのに。
なぜかその思春期特有のほんのり高い声は、確かにしっかり私の鼓膜を撫でていく。
焦げる様な夕焼けに染まる教室。
たった二人きりであることも、授業でもない今、こうして彼の唇が動く要因になっているのだろうか、だなんてぼんやりと思って。
私はただただ、その唇まで綺麗な形の口元が強張る様に震えるのを呆然と見詰めていた。
だって純粋に美しいと思ったし、あまりにも、現実味から遠のいていたのだから。
「ボードゲーム──好きなの?」
期待に揺れる、二つの色彩。
長い長い睫毛に飾られるその瞳を真正面から受けて、私の口の中は、なんでか酷くカラカラだった。
頭の奥で、聞き慣れたダイスロールの音がする。
それをぼんやりと聞きながら、私はシナリオの始まりを静かに感じていたのだ。