彼は、ちょっと"有名"な子だ。
山田君を有名に仕立て上げるのは、何よりも彼の家族が理由。
伝説のチーム、TDD──The Dirty Dawg。
東京どころか多分この国で知らぬものは居ないレベルの人気と知名度を誇った、4年前に突然解散してしまったラップチーム。
山田君は、そのTDDのメンバーだった山田一郎の弟なのだ。
だからか、山田君は学校でも、そしてこのイケブクロディビジョンのラッパー達の中でも注目されていて、時々サイファーなんかの動画がネットに上がったりもしてる。
山田君が自主的に参加しているのかは知らないけど、山田君自身ラップを好んでるのは確かなことだ。
というか、この国の中でラップの嫌いな男の人は多分居ないんだと思う。
その中でも山田君は結構うまい方なのかな?というのが、動画のコメントを見た時の感想。
個人的にはラップってそこまで詳しくなくて、勝敗の有無もわかんないけど。
でも山田君のターン?の時は物凄い量のコメントが流れてるから、多分上手いんだと思う。多分。
私は動画を見るのも、作るのも好きだ。
だからちらちら流れてくる動画で山田君のラップも知ってた。
知ってたけど、学校での山田君を知っていたから、構われるのが嫌いなんだと思って近寄らないでいた。
あれだけ有名なのだから、きっと今までうんざりするほど絡まれたりしてきたんだろうと、思ったから。
だから──いや、だからこそ。
この状況が、本当に予想外なのだ。
目の前には、件の山田三郎君。
冷たいシェイクが目の前にあって、滴る水滴が時折落ちては小さな水溜まりを作ってる。
対する私の手元にも、味の違うシェイクがひとつ。
私は今、なぜか山田君とファストフード店にいる。
山田君の手の中には、私の10面ダイス。
透明な白いアクリル製のデザインで、フォントもよくあるものよりも禍々しくないからお気に入り。
それが今山田君の手の中にあって、指先でころころと弄繰り回されている自分のダイスをなんだか不思議な心地で私は見詰めているのである。
「これ、なにに使ってるの?」
「え、えーっと、TRPG」
「いっぱいあるじゃん。どれ?」
「く、クトゥルフ……」
──なんぞこれ尋問か。
そんなことを思いつつ、ずずず、と私は冷たいシェイクを啜った。
別に喉は乾いてないんだけど、なんだか無性に啜りたい気分だったのだ。
なんていうかこう、浮気がばれた旦那みたいな気分だ。
──というか山田君、もしかしてテーブルゲーム好きなんだろうか。
ごくりとシェイクを呑みながら、そんなことを思う。
TRPGと聞いてぱっとその質問をするには、まずTRPGとは何かを知っていなきゃいけない。
TRPG、というかテーブルゲームやボードゲームは、知名度がかなり低い。
人生ゲームやオセロは割と知名度があるしやったことあるという人も多いのに。
なぜかそれ以外のDOMOMEとかDiXitとか藪の中とかその他諸々知名度が凄く悪いのである。
ちなみに私も、年下の従妹たちとしか遊んだことがない。
友達を誘うにしても、大体がパッケージを出した段階で面倒くさそうと嫌がるのだ。
マジで勿体ない。
クトゥルフはテーブルゲームで、DOMOMEとかはボードゲーム。
だけどテーブルゲームが好きな人はボードゲームが好きだし、その逆も然り。
そして基本、これらのゲームが好きな人は仲間──同じ趣味を持つ同士に、飢えている。
何度も言うけど知名度が低いのだ。
特に、私たちの代なんてほぼ知らない。
それか知ってても、頑なにそれは友達に隠してる。
なんというか、特に私の周りでは根暗なイメージが強くついてる、そんな印象なのだ。
人狼ゲームとかは、名前は知ってるけど怖いし難しそうだからやろうとは思わない、そんな子が多い。
なので──だから──つまり?
「や、山田君はもしかして、テーブルゲーム、好き……?」
ちょっと探るような物言いになってしまったけど、許してほしい。
だけどきっと、それは向こうも同じことで。
「……僕はどちらかと言うと、ボードゲームの方が好き。だけどテーブルゲームも興味ある」
多分、この場合のボードゲームはカードや駒を使った──例えばDOMOMEとか人狼ゲームとかのことを指してる。
そして、テーブルゲームはTRPG──つまり、クトゥルフ。
「私も、ボードゲームとか好きだよ。クラミとか、パッチワークとか持ってる」
「! 僕はファミリアとか、ワンナイト人狼とか持ってる」
私は冷たいシェイクを握っていて、山田君は私のダイスを握ってる。
ばくばく心臓が煩い。なんかすっごくどきどきする。
これは、これは、もしかしなくとも。
「──ら、LINE、交換しない?」
「……僕も、同じこと言おうと思ってた」
お仲間が、出来てしまった!

ベッドの上で、ごろりと横になりながら、じっと一つのアプリを睨みつける。
そしてそれがぴこんと反応を見せたからすぐ開いて──がっかりを、繰り返すのだ。
山田君との、謎の寄り道を経て。
今現在、私は一向に来ない連絡に、なんか凄く焦りを覚え始めていた。
そもそも、私が今日ダイスを持ってきてしまったのは、本当に偶然だった。
基本的に、私は学校に余計なものは持ち込まないタイプだ。
下手に没収されても面倒くさいし、友達に見つかった時に言い訳を考えるのもたるい。
友達への理解は、中一の時に諦めてしまった。
今の友達たちは違うかもしれないけど、"変わった遊び"であるゲームは、割と理解が少ない。
そして、なんでダイスを学校に持ってきたのかというと。
昨日宿題をする時に、鞄が近かったから筆箱に入れてるシャーペンと消しゴム使ったのだ。
そしてその時に、間違えてダイスを筆箱に入れてしまった──んだと思う。
だから今日学校で筆箱開けた時に本当に心臓が縮み上がったし、マジで叫ぶかと思った。
まあ、けどダイス無くすのも怖くて、結局ずっと筆箱の中に入れっぱなしにしたんだけど。
そして下校する時に筆箱を机の中に入れっぱなしにしていたことに気がついて。
ああ回収せねばと、教室まで戻っていって、ダイスだけ持って帰ろうと筆箱を開いて。
指から滑ったダイスがコロコロと床を転がってしまって、その先に、山田君が居た。
そうして色々あって、連絡先を交換。
「あ゛ー、駄目だなんか現実味がない……」
頭の中がごちゃごちゃする。
本当は揶揄われてるだけなんじゃない?とか。
テンションに流されただけで別に向こうは連絡先なんて交換する気なかったんじゃない?とか。
なんか、ひとつ思ってしまうと嫌な想像が次から次へと湧き上がってしまう。
つまりとても今自己嫌悪に陥っている。
「めちゃくちゃはしゃいじゃったし……ウザって思われたかも」
そもそも山田君はクールな男子だ。
学校で笑ったとこなんて一度も見たことないし、たまに動画で見る時もにこりともしない。
冷めた目で、対戦相手と対峙している。
──から、そんな彼が同じ趣味を持っているというのはかなり信じられない。
「あああ〜〜、あぁ……」
スマホの振動は、全部Twitterの通知とか、他の友達からのLINEとか、広告ばっか。
"新しい友達"の山田君からのメッセージは、ひとつもない。
──これは、私から行くべきなんだろうか。
ごろんと寝返りを打って、枕に顔をぐりぐりと沈める。
だけどそれは、なんかちょっと、恥ずかしくて。
ちらりと時計を見れば、夜の9時。
まだ、連絡してもギリギリ失礼じゃない時間。
もしも、今日連絡しなかったら。
そんで、もしも今日連絡が来なかったら。
多分きっと、山田君とは気まずくなる──気がする。
「………うぅ、」
信じよう。
きっと向こうも、突然沸いて出た"友達"にちょっと戸惑いを感じているだけなんだと。
半端なく恥ずかしいし不安だし怖いけど、きっと向こうも、連絡しようかしまいか悩んでるんだけなんだと。
「……よし」
LINEのアプリを開いて、友達欄から山田君をタップする。
明らかに適当に選んだんであろう黄色い星のアイコン。
その先の青い空をじっと見つめながら、何を送ればいいか悩んで。
──とりあえず、スタンプを送ってみることにした。
壁から身を乗り出して、覗いてるスタンプ。
それを送って、直ぐ様画面を布団に押し付ける。
「あ゛〜〜〜っああ゛〜〜〜ッッ!!」
送ってしまった、送ってしまった!
なんかもう引き返せないことをしてしまった。
ああこれで返事が返ってこなかったらマジで凹むし、明日からどんな顔すればいいのかわからない。
いやそもそも会話らしい会話も今日が初めてなんだから今までに戻るだけかもしんないけど。
けど、一度でも繋がりが出来てしまった分かなり辛いというか。
ぐるぐる思考が回る。
だからか、スマホがフォンっと反応した時。
マジで一瞬、身体がフリーズしてしまった。
「っ!」
だけどその次の瞬間、ほぼ飛び上がる様に身体を起こして。
布団の上で俯いていたスマホをひっくり返す。
そうして、もたついた手の中で一瞬宙を舞うも、きちんと手の中に戻ってきたスマホを慌てつつも抑えて画面を除き込んだ。
青い空の中には、私が送ったスタンプの下に、私とは違うスタンプ。
でも、その動きが私が送ったのと同じ覗き込んでくる奴で、不覚にも吹き出してしまった。
「っふ、ふふっなにこれ、真似?」
呼吸の度に少しずつ肩から力が抜けて、ふぅ、と息を吐きながらキーボードを開いていく。
そうして、なんて書こうか少し迷いつつ、当たり障りのない言葉を選んでみた。
"こんばんは、今大丈夫?"
"こんばんは。大丈夫。"
──あ、文末にしっかり句読点つけるタイプの人だ。
なんとなくぐっと唾を呑み込んで、指先を少し彷徨わせつつも動かしてみる。
どうしようかな。
なんの話をしよう。
"山田君は、ボードゲームとTRPGだったらどっちやりたい?"
"どっちもやりたい。"
──おおう、即答。
ちょい圧倒されつつも、じゃあと頭の中で言葉を組み立てていく。
どうしよう、凄いな。
私、今まで全然喋らなかった山田君と会話してる。
"私もどっちもやりたいんだけどさ"
"うん。"
"ボードゲームって対面しなきゃだから、場所の問題あるでしょ?"
"ああ、うん。"
返信が凄く早い。
かなり使い慣れてる。
山田君、ネットサーフィン好きなのかな、なんて感想を抱きつつ文字を打ち間違えないようにしっかりと言葉を読み返しながら打ち込んでいく。
"だからさ、まずは、TRPGやってみない?"
──あ、返信止まった。
既読はついてる。
だけど、さっきみたいな早いレスポンスがない。
やばい、急ぎすぎたかな、なんて焦ってれば、だけど数秒もしないうちに新しいメッセージが表示されていく。
"それ"
"なにも持ってなくても"
"できる?"
迷い迷いの言葉。
だからきっと、途切れ途切れ。
だけどそんなの。
だれだって、導入はおんなじだし。
"できるよ"
"最初は誰でも初心者だし"
"キャラシの作り方から教えるね"
そう送って、ブクマしてあるキャラシート作成用のダイスロールのURLと保存してある画像を送る。
最初はちょっとわかりにくいかもだけど、確か山田君はかなり頭が良かったはず。
ならきっと、大丈夫だ。
"今日はキャラシだけつくろっか"
"わかった。"
──なんか不思議な感じだ。
私、あの無口な山田君とこんなにも喋ってる。
画面の中で、会話してる。
枕に顎を埋めながら画面を真っすぐ見詰める。
今きっと、向こう側で山田君は私の言葉を待っているのだろう。
それはなんだか、とても奇跡的なことのように感じるのだ。
"クトゥルフはどこまで知ってる?"
"動画は見たことがある。跳躍卓。"
"あれか!(笑)あんま参考になんないかも(笑)"
"うん。あれが普通ではないことはわかった。"
指先でスワイプを続けて、たまにコン、と爪が鳴る。
だけどそんなの気にもしないで、次から次へと文字を打ち込んでいく。
いつの間にか、打ち間違えは気になんなくなっていた。
"そのサイトの「能力」欄が技能なんだ 一個一個ダイス振るのは面倒くさいから、「一括で振る」押してみて"
"おした。結構ばらばら。"
"なるべく10以上の数値がいいから、10以下の数値があったら全部で合計5回まで振り直していいよ"
"わかった。待ってて。"
そうしながら、私は起き上がって本棚から一冊の分厚い本を取り出した。
クトゥルフ神話のルールブックだ。
それを枕元に開いて、また寝転がる。
ページは勿論、職業のページ。
"出来たよ。"
"はやいー!じゃあちょっとスクショ撮って貰ってもいい?"
"わかった。待ってて。"
10秒もしない内にフォン、という音と共にスクショ画像が送られてきた。
スクショ撮るのも送るのも手馴れてるな〜〜と思いつつ、その内容にざっと目を通す。
──あ、結構バランス良い。
ほんとに10以下ないし、SAN値も最初から80あるから安定してる。
ちょっと迷って、文字を打ち込んでいく。
次は、職業決めだ。
"バランス結構いいよ!「項目」の欄で職業技能ポイントと趣味技能ポイントってあるでしょ?クトゥルフはそのポイント使って技能を作ってくの"
"技能ってあれだよね。目星とか。"
"そうそうそれそれ"
知識ある人は説明の手間が省けていいなあ〜と思いつつ。
さっき送った画像を4枚、もう一度送り直す。
"もう一回送ってごめんね この技能なんだけど、この画像にある通り職業で使える技能が違うの よく居るのは探偵とか警官とかかな"
"へえ、結構色々あるね。"
"ネットの方だともっと他にも特殊な職業あったりするんだけど、今回は初めてだしこの中から選んでみようか"
"わかった。"
とんとん拍子に話が進む。
ので、私も割と親身になりやすい。
だからか、どんどんのめり込んでいってしまって。
今日は"キャラシだけ"作るはずだったのに、なんだかずるずる会話が長引いちゃって。
結局スカイプのIDを交換して、簡単なシナリオをひとつやっちゃったくらいには、割とこう、盛り上がってしまったのである。
結局、私の寝落ちからのお開き。
翌朝の、電気の付いた部屋で目を覚ました衝撃たるや。
果てしないやっちまった感と共に、寝不足の頭でそれでも私は慌ただしく支度を始めたのだ。

そして、教室。
なんとなくそわつく気持ちを宥めつつ、挨拶を交わしながら自分の席に着いて息を吐く。
それまであんまり気にしてなかったけど、山田君はいつも遅めに来ていて。
だからか、今日も同じように横の席は空のままだ。
だけど、なんだけど、なんかやっぱりそわついて。
くぁ、と眠たい欠伸をこさえつつ、私は他の友達と喋ることなく席に座りっぱなし。
まあ、そういう日もあるから、きっと周りには変に思われてない筈で。
なんとなく髪を撫でつけたまま、一度鏡でも見ようかな、なんて鞄を漁ろうとすればきゅっとゴム靴の床を踏みしめる音。
それにそっと視線を上げれば。
やっぱりいるのは、予想した人物で。
いつもよりも、10分くらい早い時間。
あれだけ夜更かしして、遅く着くんじゃなくて早く着くんだとなんだか面白くなりつつも。
他と同じように挨拶を交わそうとして──他よりも随分と抑えた控えめな声で、小さく囁いてみた。
「おはよう」
なんたって、学校では基本無口な山田君。
だったらきっと、変化を悟られるのは面倒くさいと思うので。
斯くして、恐らく当たったらしい私の予想。
山田君はいつも通りに鞄を机に置いて、椅子を引きながらも、小さな声で応えてくれた。
「──おはよ」
ついでと言わんばかりにちらりと向けられた視線。
その違う色彩が一瞬だけでもこっちを滑るのがなんとも違和感に満ちているけど。
きっとこの先慣れるんだろなあと、謎の予感に胸をくすぐられながら私はそうっと視線を前へと向けるのだ。
これからよろしく、山田君。