04

山田君とわかれて、既に帰宅済み。

とりあえず家についてからお風呂に即効入って。
今はご飯が炊けるのを待ちながら、宿題をやっている感じ。

今日の夕飯はカレーライスで、ご飯が炊き上がるまであと10分くらい。
お腹空いたなあと思いつつ、少し離れたソファーに座ってテレビを見るお母さんに、あ、と思い出して声を掛けた。

「お母さん、私明日友達の家に泊まってもいい?」
「あら、いいわよ。土曜日に帰ってくるの?」
「うん。一日泊まる感じー」

カリ、と紙を擦るシャーペンの音。
それをちょいちょい止めつつ、会話を続ける。
取り合えず早くこのプリントを埋めてしまいたい。

「誰の家? 万里紗ちゃん?」
「ん、ん〜〜? ちがうーー」
「じゃあ、未華子ちゃん?」
「それもちがう」

シャーペンが止まる。
やばいなこれ、マジでわかんないな。
明日未華子に聞こうそうしよう。

テレビのバラエティー番組の音が部屋を賑やかす。
芸人を集めたクイズ番組を見ているのだろうか、正解のアナウンスが聴こえてきた。
それに素直に、いいなあと抱いてしまう。
私も正解したい。

「汐里ちゃん」
「ちがう」
「ええ、じゃあ誰?」

お母さんの訝し気な声が聞こえて、はあと息を吐いた。
テレビの音も煩いし、集中できない。
やっぱりすぐご飯だからってここでやるんじゃなくて、ちゃんと部屋でやればよかった。

「もーっ誰だっていいじゃん。ていうか、そもそも──お」

はた、と。
言いかけた言葉が、中途半端に欠けて止まった。
というか、止まらざるを得なかった。

視界の端で、不思議そうな母の視線を感じる。
だけどそれに目線を返すこともしないで、中途半端な姿勢のまま、私の動きは完全に静止してしまう。
いやだって、気付いてしまった。
いやというか、なんで気付かなかった。


──山田君て、男の子じゃね?


「お?」

母の声にはっと息を呑みこむ。
いやもうしかし、いや、いやもう。
えっ、うっそどうしよう。
全然気づかなかったけど、えっどうしよう。

そもそも山田君家って、多分三兄弟しかいなくって。
その内のひとりってあの伝説のTDDの山田一郎で?
えっえっえ──どうしよう。

「え? ねえ、おって何おって」

母の声に、再度はっと我に返る。
そうだ、とりあえずそうだ、あれだ、母になにか言わねばならない。
なんて言おう、友達、新しくできた友達?

最近新しい友達が出来たのは言ってある。
ついでにあれだ、名前は多分言ってなかった。
じゃあそれだ、誤魔化そう。
何をどう誤魔化せばいいのかわかんないけど、取り合えず誤魔化そう。

「さ、最近一緒に遊んでる子!」
「へえ、何ちゃん?」

正確には何君──!
そして女の子断定──!

──いやまて、落ち着け。
そりゃそうだ、普通女の子だと思う。多分。
娘の友達。女の子だと思うだろう。普通。多分。
だってほら私娘だし。

えっ何て言おう。
お母さんは大体私が最初に紹介した名前で頭の中にインプットするタイプ。
つまり今言った名前が今後も山田君の固有名詞になる。
なら、えっと、じゃあ。

「やま、山田さんっ!」
「へ〜〜夏帆が名字で呼ぶなんて珍しいわね」
「まだ仲良くなったばっかりだから! でもよく君付けで呼ばれてる子だから、その内山田君、、、になるかも!」
「ふぅん。ボーイッシュな子なのね」

せ、せぇ〜〜〜〜〜ふ!!!!!
えっこれかなりのファインプレーじゃね?めちゃくちゃファインプレーじゃね?
番組だったらちょっと讃える感じでFinePlayって判子マークみたいの付く感じじゃね??
よくやった私!!

どっきどっきと心臓を暴れさせながら、もう手の付けらんなくなったプリントを無言で鞄の中に仕舞いこんだ。
未記入は最後の2問とわかんなかった1問だけ。
もうこれは明日学校で聞いてやる。

「新しい子かあ。お土産用意しとくね。一度家には帰ってくるんでしょ?」
「う、うん。いっかい家帰ってから服とか色々持っていく」
「じゃあお母さん、手土産用意しとくから。ちゃんと持っていってね」
「うん。わかった」

その言葉を言い切った瞬間に、炊飯器がご飯が炊けたよとメロディーを奏でた。
それに思わず大袈裟に跳ねれば、お母さんが「なにやってんの」と小さく笑う。

「もうご飯にするから、早く机の上片付けて」
「うん、」

言われなくともそのつもりだったから、シャーペンを棚の上のペン入れに突っ込んで。
消しゴムは、その横の小さな籠の中に入れる。
そうして消しかすを手でまとめて、そのままゴミ箱の中に。
拭いたりは──しなくても大丈夫だろう。

「カレーどのくらいよそうー?」
「えっと、普通め!」
「はぁい」

ランチョンマットを敷きなおして、カレーが盛られたお皿を受け取るためにキッチンの方へと歩いていく。
まだ心臓はばっくばっくと動いているけど、多分、いやきっと、大丈夫だ。
だって、明日は遊ぶだけ。

そう、泊りだろうが何だろうが。
目的は、友達の家で、遊びぶことなのから。




夕飯づくりは交代制だ。
基本的には僕と二郎で交代交代こうたいごうたいで作っている。
昨日が僕の番だったから、今日は二郎の番だ。

テレビにをぼんやりと見ながら、恐らく野菜炒めでも作ってるんだろう二郎に対して声を掛ける。
仮に聞こえてなくたって、言ったという事実があればいい。

「おい低能。明日友達が泊まりに来るから」
「へえへ……え? えっ!!!?」
「うっわうるさっ」

途端、大声を張り上げる低能に、思わず顔を顰めれば。
しかし低能は、どたどたと大きな足音を立ててこっちに駆け寄ってくるではないか。
お前、下にいち兄いんのに邪魔するなよ!

「おっま! マジで!? 友達連れてくんの!!?」
「う、うるさいな! 声のボリューム下げろ馬鹿ッ下に聞こえっだろ! ってか危ないなフライパン持ってくるなよ火止めたのかよ」
「〜〜〜〜! あ゛ーっうるっせーっ! わかってるよ! それにと、止めてきたに決まってんだろ!」

とか言いつつそそくさと台所に戻っていく二郎。
その姿に、絶対にこいつ火つけっぱで来たなと確信した。
こいつはいつもそそっかしいというかどっか抜けている。
マジでいつかボヤ騒ぎでも起こしそうでヒヤヒヤすんだよ。

気を取り直してか、再度炒め物の音がする。
その音を聞きながら、なんかむしゃくしゃしてテレビのボリュームをひとつだけ上げた。
──なんだよ、そんなに、僕に友達がいるの、変かよ。

「……お前だって連れてくんじゃん」
「いや、連れてくんなって言ってるわけじゃねーよ。素直に驚いたんだっての。三郎お前、家に呼べる友達居たんだな〜〜っいち兄も喜ぶんじゃね?」
「…………別に」

──確かに、人生の中で"友達"を家に連れてくるのは初めてだ。
いち兄や二郎と違って、人に好かれる性格をしていないことは自覚済み。
基本、気になったことは直ぐ突っ込んでしまうし、相手の言葉の気になるところを突きすぎて嫌われてしまう。

そうだ、面倒くさい性格なのだ。
そんなの、きちんとわかってる。

だから友達なんて出来ても面倒くさいだけだと思ってたし、要らないと思ってた。
ボードゲームを一緒に遊んでくれる人がいたらとは思ったけど、別にそれは友達じゃなくていい。
いち兄が居るし、なんだったら、二郎が付き合ってくれる時もある。

友達なんて、要らなかった。
でも、それでも──友達が出来てしまった。

「そいつどんな奴?」
「どんなって……」

ぼんやりと、顔を思い出す。
ついで、声、会話、言葉の選び方。
自分以外の友達と喋ってる姿。
クラスから孤立してる僕に話しかけたら浮くに決まってるのに、器用にグループを行き来しているフットワークの軽さ。
──僕と違って、友達が沢山いるタイプ。

「別に、普通」

自分が普通じゃないから、それに比べるとあいつはかなり普通だ。
誰とでも仲良くできる、それこそ、二郎みたいなやつ。

「普通じゃわかんねーよ。なんかあんだろ。面白いやつとか背が高いとか」
「じゃあ面白い。僕よりも背が低い」
「へー。他には?」

テレビのクイズが詰まんな過ぎてチャンネルを変える。
ぱっと切り替わって映ったのはニュース番組で、他に気になる番組もなかったから取り合えずそれを見ることにする。

「他にはって、特にはない」
「じゃあほら、仲良くなったきっかけとか」
「……なんでお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ」

一向に収まる素振りも見せない質問の嵐に、うんざりしながらそうぼやく。
テレビの向こうでは男受けを狙った身なりのアナウンサーが、その癖男を扱き下ろすような発言をして笑っている。
それをぼんやりと、けれど確かに不快に感じながらも、心はどっか別の所に飛んだままで。
あいつは多分、こういうこと言ったりしないだろうなあと、思ったり。

「──そりゃ、気になるだろ。初めてお前、友達連れてくんだから」
「………、…ふぅん」

二郎はすぐ、兄貴面する。
だけどなぜか今それに対して突っかかる気持ちもわかなくて。
ソファーの上で膝立てて頭を置いたまま、なんともいえない感情がぐるぐると腹の底で蜷局とぐろを巻いている。

「ボードゲームとか好きな奴。学校で偶然知って、そのまま友達になった」
「あー、もしかして最近帰り遅いのそいつと遊んでんのか」
「……まあ、そんな感じ」

戸棚を開けて食器を取り出す音がする。
恐らくは、夕飯を作り終えたんだろう。
そろそろ8時を指す頃で、きっとそろそろいち兄も上がってくるだろう。
ぼんやりと、うちの夕飯遅いけどあいつ大丈夫かな、なんて思って。
二郎を手伝うべく、ソファーから立ち上がって台所まで歩いていく。

「その大皿持ってけ。俺味噌汁つけてっから」
「ん」

山盛りに盛られた肉多めの野菜炒めみたいな何か。
あとなんか適当に焼いたのであろう豚肉っぽいなにか。
基本二郎の料理は、肉を焼いたものばかりだ。
美味いけど、それ以外に煮るとか蒸すとかレパートリーないのかよとも思う。

大皿に盛られたその2つの料理を持って食卓に持っていって。
その後味噌汁を持ってこっちに来る二郎を避けつつ台所に戻って、今度は茶碗に米を盛っていく。
いち兄はまだ仕事から上がってないから、2つ分だけ。
黄色と青の2種類の茶碗に、山なりに白米を盛りつけていく。
どっちも一応育ち盛りだから、このぐらい付けないと足らないのだ。

そうしていると、戻ってきた二郎がほうじ茶を入れ始めてまた台所は少し狭くなる。
そんな時、耳が階段を上る誰かの足音を捉えて、一気に心がざわついた。

いち兄だ。
帰ってきた。
じゃあ、いち兄の分のご飯も用意しなければ。

「ただいまー」

カコっと炊飯器を開いて赤い茶碗にいち兄の分のご飯を盛りつけていれば。
玄関の扉が開く音と共にいち兄の声が聞こえて。
それに表情ごとぱっと気分も上がり、後ろを振り返ってこう声を返す。

「お帰りなさい、いち兄!」
「お帰り兄ちゃん!」

二郎よりも早く声を掛けられたことに、ふふんと鼻を鳴らしてみれば。
悔しそうな二郎の顔が見えて、更に気持ちは高揚する。
いい気分だ。良い調子だ。
そのままいち兄の分の味噌汁も着けて、お盆に載せて食卓まで運んでいく。
仕事上がりのいち兄は、首をぼきぼきと鳴らしながら食卓に置かれた山盛りの料理に、嬉しそうに瞳を細めている。
その手は少し濡れているから、既に手を洗ってきたのだろう。
流石いち兄。

「今日は肉づくめだな! 美味そうだ」
「二郎は肉料理しか作れませんからね」
「んだよ! 野菜もちゃんとあるだろっ!」
「肉配分多めのな」
「あっはっは!」

ずりずりと座布団を引っ張って、その上にどしりと笑いながら座るいち兄。
その手はそのまま肩をさすってて、肩凝ってるのかなあと心配になる。

二郎が箸入れから3人の箸をそれぞれの茶碗の上に置いていくから、二郎の前に積んであった取り皿を僕も置いていく。
そうすれば、後はもう食べるだけだ。
手を合わせて、息を吸い込む。

「「「頂きます!」」」

箸を取って豚肉と野菜炒めを自分の取り皿に盛っていく。
濃いめの味付けだけど、それが程よく米の甘い味を引き立てる。
白米を口にかき込んでいれば、思い出したように二郎が口を開いた。

「あ、兄ちゃん。三郎が明日友達ダチ連れてくるって」
「お! まじか三郎」

──自分で言おうと思ってたのに!
ついでに、今言わなくたっていいのに。
こいつはほんとに気が利かない、と肘でぐっと低能の脇腹に一撃を入れつつ。
こちらをじっと見つめるいち兄の視線を、迷いつつも受け入れる。

「ぃってぇ〜〜なっ! なにすんだよっ!」
「煩い。そもそもなんでお前が言うんだよ」
「お前が言いにくそうにしてっから気ぃ利かせて言ってやったんだろぉ!?」
「はあ!? 言いにくいんじゃなくて僕は言うタイミングを選んでたんだよ。食後に言おうと思ってたのに、これだから空気も読めない低能は頭が弱くて嫌になる!」
「ンだテメェ喧嘩売ってんのか……!?」

「おーおー落ち着けお前ら。近所迷惑だぞ」

その声に、二郎と共にはっと動きが止まる。
確かにそうだ。いち兄が正しい。
これではまた、近所の住人に"山田さん家はいつも賑やか"と嫌味を言われる。
二郎はあれは嫌味じゃないなんて言ってるが、どう考えても煩いと遠回しに言われてるだけだろ。

「ごめんよいち兄」
「ごめんなさい、いち兄」
「ん、わかりゃいい。それで三郎、明日友達連れてくるのか?」
「! う、うん……!」

箸と茶碗を置いて、いち兄が僕を見詰めてそう言う。
それになんとなく背筋をぴんと伸ばして。
なんと例えたらいいのかわからない感情がまたぶわりと湧き上がりつつも、反らすことなくいち兄の視線を受け止める。

なんだろう、この気持ち。
汲み上げる感覚は、まるで罪悪感のようで。

「だ、だめですか……?」

僕も二郎も、いち兄に養われている立場の人間だ。
だからそんないち兄の迷惑になってしまうような事は出来ないし、いち兄に駄目と言われたら従うべきだ。
少なくとも、ただいち兄に生かされてる状態の今の自分は、ただのお荷物でしかないのだから。

だから──だから。
いち兄の口がそっと動くのが視界に入って、思わずごくりと喉が動く。
けれどそのまま祈るようにじっと見つめ続けていれば。
その口角は、確かにゆるゆると持ち上がっていって。

「いいに決まってるだろ! どんな奴なんだ?」
「──っ!」

にかっと明るく笑ういち兄の姿に、自然と止まっていた呼吸が弛んだ。
よかった。許してもらえた。大丈夫だった。
そんな言葉が浮かび上がっては、頭の中に広がるように消えていく。

むずむずする。
何から言えばいいのかわからない。
どんなやつ、あいつは、久遠さんはどんな奴だっけ。
いつも楽しそうで、同じゲームを飽きずに付き合ってくれて、勝手も負けても、笑ってる。

「……賑やかな、こ、です。い、いつもたの、楽しそうで、明るい、」
「いい奴なんだな」
「は、はい。うん……」

いち兄は有名な人だし。
二郎も、いち兄には負けるけど、背が高いし柄が悪い、から。
背の低い彼女はもしかしたら、もしかしたら少し、怯えてしまうかもしれないけど。
でもきっと、すぐに仲良くなれるだろうから。
なんたって、こんなに人付き合いの苦手な自分と、仲良くなってしまったのだから。

「……きっと、いち兄も……ついでに二郎も、気に入ると思います」

それは予感で、それは予想。
きっとそうなるだろうと、妙な確信。
だけどそう言い切ると、それがもっと身近なものに感じるから。
なんだかすっかり体温の上がってしまっていた僕はそっと息を吐いた。

「そうか、楽しみだな」
「俺はついでかよぉ。まあいいけど」

いち兄の笑顔と、二郎のぼやき。
それに心のそこからなぜかほっとして、僕は肩の力も抜いていく。
ああ、後で、久遠さんに大丈夫だったって連絡いれなきゃ。

明日は、なにして遊ぼうか。

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