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(俺が抱かれる、んだよな……多分。俺の心の準備が出来るまで待つって、以前速水が言ってたし。あ──あれ、そういや俺が抱かれる側っていつの間に決まったんだ?)
大理石もどきの浴槽に、泡風呂専用のバスミルクを注ぐ。蛇口を全開し勢いよくお湯を放出した。暫くして徐々に泡立ち始めた水面へ、シャワーも出して更に掛ける。もこもこと勢いよく泡立ち始め、とうとう浴槽からはみ出てしまった。
(それにもしかしてこれって、俺の心の準備が出来た事になっている……のか?)
「綾瀬、泡立てすぎ」
突如背後から声がした。
その場で飛び上がりそうになったが、平然を装い振り返る。恋人である速水だ。
「いいじゃねえか、自分んちではないんだし」
先刻からずっと緊張していることを隠そうとして、不自然に大きくなった俺の声が、浴室の壁に反響して必要以上に響く。
此処はラブホの浴室だった。
講義で知り合った大学生の俺たちは、どちらも実家に住んでいて、家に遊びに行けば誰かしら家族がいる。手を繋いだりキスの一つや二つなら既に済ませたが、それ以上深く触れ合う機会はななく、付き合って一年間。未だ互いに名字呼びで、清い付き合いをしていた。
それが一体どういうわけか、今ラブホに来ている。ラブホといえば謂わばセックスする目的で来る場所。いきなり順序が飛び過ぎである。
というのも、俺が言った言葉が事の発端だった。大学帰りに寄った店で泡風呂が出来るという入浴剤を見つけた俺が、泡風呂に入りたいと言ったら、速水も共感し意気投合。映画で見ただけだとか泡風呂をしたいけど家ではできないとか――二人の会話はかなり弾んだ。
『なら、出来る所に行こうぜ』
そう言われて来たのが此処だった。そりゃあ親に怒られることも無く、思う存分泡風呂が楽しめる場所だがそれにしても、だ。
(速水って、俺と違ってカッコいいしモテるんだろうな……経験も多そう。さっきだって、あんな自然にラブホ誘ってきたし)
あーもう、なんだかムカついてきた。ムカついたら何かが吹っ切れた。
服を脱ぎ捨てた俺は、勢いよく浴槽へ飛び込む。大きな水音が響き、泡の混じったお湯が速水の顔に飛び散る。お湯を浴びたからか、速水の顔が赤くなっている気がした。
「お前も入らねえの? 折角来たんだし」
「──それ、誘ってるのか」
「ばっ……! そんなんじゃねえし! 俺は風呂に一緒に入らないかと言っただけだろ。そもそも先に誘ったのはお前の方じゃねえか、ラブホ行こうって。そうやって今まで何人誘ったんだか。……慣れたモンだな」
速水の整った顔に怒気の色が滲む。……やべえ、ちょっと言い過ぎたかも。
どう謝罪しようか悩んだが、こんな時に限って言葉が見付からない。
「いや……その、速水ってカッコいいし頭もいいし、沢山付き合ったことあるんだろうなって……ゴメン」
「付き合ったのは綾瀬が初めてだ。顔だけで寄ってくる奴と付き合う趣味はねえ──ってか俺だけじゃねえか、意識して緊張してるの。綾瀬こそ経験あるんだろう」
「あるわけねえだろ、告白された事さえない」
今まで互いの交際経験の話をする機会はなかったが、速水が付き合った事がないと知って俺は嬉しくなった。と、同時に物凄い罪悪感で一杯になった。速水を好きになったキッカケは、地味な俺にも優しく接してくれたことだったが、今俺は彼がイケメンだという理由だけでモテると勝手に決め付けてしまった。速水の嫌がる、見た目だけで判断して寄ってくる女性と大差ない。
「綾瀬──此処どういう場所か分かって来たのか?」
「俺がモテないからってその質問酷くね? 交際経験ゼロの俺でも、それくらい知ってる」
「分かってて来たんだな?」
「うっ……、まあそう、だけど」
いつもなら穏やかで優しい速水の口調は、今日はどことなく違う。それは焦燥感に駆られているようにも怒っているようにも感じられたが、本当のところは分からない。
謝り損ねた上自分の放った言葉に自己嫌悪に陥ってしまい、顔半分泡風呂の中に沈める。喋れば喋るほど墓穴を掘っている気がする。
速水は洗い場で服を脱ぎ始める。その光景から視線が逸らせず、程よく引き締まった身体を見詰めた。ここからでも薄らと確認出来る腹筋は、俺にはないものだ。顔だけでなく身体つきも溜息を付きたくなるほど男前である。男二人が浸かるには充分すぎるほど広いだったが、端からどんどん泡が零れだす。どちらからともなく――仲直りのキス。
そして、自分が吐いた言葉の所為で、初めてはお風呂プレイとなった。
微温湯に浸りて
(title:scald)
