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名も無き少年たち


「お疲れ様です! モーガン陸軍大佐、アットウェル教官。例の少年は此処に」
 軍服を規定通りに着込んでいる衛兵は、強面の上官登場に些か緊張した面持ちで踵を打ち揃え敬礼した。
 漆黒のスーツに葡萄色のネクタイを締めた制服姿のクリス・アットウェルは、一旦足を止め衛兵に敬礼をし返す。隣に立つ防衛省技術研究部人事課長モーガン陸軍大佐は、下兵如きとは関わらんとばかりに部下を労わる言葉もかけずに、威圧的で高慢な態度を崩さない。居心地悪さを感じたが何も出来るわけがなく、上司の後に続き部屋に足を踏み入れた。
 殺風景で真っ白な部屋の中に置かれているのは、飾り気や無駄のない家具が一式。小さな机と椅子二つだけ。
 両手に手錠を嵌められた黒髪黒目の少年は、精一杯の強がりで睨みつけてくる。黒族で、年齢は九歳ほど。此処へ来る前に渡された報告書に記されていた通りの風貌をした少年だった。
「前に座ってもいいかね?」
「勝手にどうぞ、おっさん」
 教育をまともに受けていないという少年は、目前の男の立場を知らずが故の行動か、大佐に向かって悪態を付く。
 モーガン陸軍大佐は何も言わず椅子を引き寄せ腰を下ろした。布超しでも筋肉質だと分かる脚を組み、漆黒色をした軍服の胸ポケットから煙草を取り出す。
 それを見止めたクリスは燐寸を取り出し擦り付けた火で、モーガンが咥えている煙草の先端を炙った。
 紫煙を吸い込み――間を置いてから、不遜な態度をとる少年の顔へと、モーガンは煙を吹きかけた。
 勢いよく少年は咽る。ゲーグル語ではあるが訛りの強く残る下品な俗語で、少年は喚き散らした。
 クリスにはその殆どが聞き取れなかった。
「その少年は身寄りがなく、引き取り手もない。母親は幼い頃に出て行ったきり、父親は酒に溺れ働かない賭博依存症。幼い少年を学校にも行かさず働かせていたそうだ」
 モーガンは同情するわけでもなく、冷淡な口調で少年の身の上話を語った。
 社会階層の下流に位置する家庭では、その手の話はごまんと転がっている。何ら特別な話ではない。
「少年は、何故逮捕されたのですか」
「父親殺し」
 言葉と共に紫煙を細く吐き出す。立ち昇る煙は直ぐに白い壁紙と一体化した。
――こんな小さな子がまさか、と咽喉まで込み上げた言葉を無理矢理飲み込んだ。小さな殺人者は実際にいるのだ、此処第十三地区に。
 クリスはつい最近まで防衛省技術研究部に配属されていたのだが、どういう訳か前任者が突然失踪したらしく、本庁勤めが一転、急遽現場である第十三地区に転属となったのだ。技術室で担当していたのは銃器等装備品の考案、設計、試作及び試験。軍隊経験もなく、現場で通用する経験も実力も皆無。畑違いにも程があると辞表を出す覚悟を決めかけていたら、戦闘要員ではなく教官を務めるようにとのことだった。
 第十三区は、軍事施設でありながらも軍から直接的な関与を受けない独立した政府直属の組織。政府や軍の表立って動けない軍事行動や政治家の暗殺等所謂汚れ仕事を受け持つ、非公式的な取り扱いだった。それらの機密作戦や要人暗殺には、顔の割れていない特殊訓練を受けた少年が使われている。そのようなきな臭い噂も絶えず、第十三区で働く者は誰もが厄介者そうだったり、一癖あるような者ばかりで。退役した者や行き場のない者の掃き溜め場所みたいでもあった。そして噂は、噂ではなかった。

 施設に併設されているカフェテリアに赴き、演習場が一望出来る窓際の席に付く。
 此処はカフェテリア形式であるというのに、モーガン大佐は席に座ったまま給仕が注文を取りに来るのを待った。程なくしてやってきた年配の男性は、慣れた素振りで注文を取り再び厨房へ引っ込んだ。
 窓の下に広がる野外射撃訓練場では、十代前半の少年が担当教官の指導の下、射撃の練習を行っている。発砲音が幾度も響いた。
 此処にいる少年たちは黒族だけでなく、様々な人種の子どもたちがいた。完璧に仕事をこなす一流の暗殺者に仕立てあげるには、幼い頃からがいいと下は七歳、上は二十歳まで。其々の少年には、大人が一人。担当教官が付いている。最初は人を殺すことを躊躇したり反抗的な少年であっても、此処で教育を施され洗脳されるうちに皆、担当教官を慕うようになり組織に対して従順になっていく。
 暫くして、淹れたての珈琲が満たされたカップが二人分置かれた。香ばしい芳醇な香りが鼻腔を刺激する。
 モーガンに勧められてから、コーヒーカップを手に取った。
「あの少年で問題はないか」
「構いません。彼の名前は?」
「名前など無い、少年達は管理番号で呼ばれている。不便であるなら付けても構わんが――」
 味わうようにゆっくりと時間を掛けて珈琲を飲み干したモーガンは、色とりどりの砂糖が表面に塗された甘そうな揚げ菓子には一度も手を付けず、ナフキンの端で口を拭いソファから立ち上がる。長い間使われていない表情筋は動くことなく、機械人形のように唇だけがその形を変えて動く。
「無機質な物だとか、記号であるとか。くれぐれも情の移らない名前にしたまえ」

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