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イーグル22


 ともすれば暗闇だった。
 見える限り広がっているのは漆黒の色。その部屋は空き瓶が転がっているだけで、他には何も見当たらない。
 九才の少年は板剥き出しの寝台上、たった一枚の大きな布に包まり身体を休めていた。隙間風がとても冷たかったが他に寝具はない。二日前から何も食べておらず空腹で寝付けないまま、目を閉じてじっとしている。その時、立てつけの悪い玄関の扉が騒々しく開いた。少年は無意識で身を縮めた。
 無精髭を生やした男が、千鳥足で寝台へとやってくる。賭場から帰ってきた父親だった。
 男はアルコールと煙草が混じった臭いを放ちながら、少年から布団代わりの布を剥ぎ取る。賭け事に惨敗し機嫌の悪かった男は、少年を何度も何度も殴った。暫くして気が済むと漸く拳を下ろし、再び酒瓶を咥えて悪酒を煽った。
 少年は何も言わずじっと耐えた。反抗しなければ、そのまま酔い潰れて寝てくれる。
 しかし、男は今夜に限ってなかなか寝ようとはしなかった。少年から唯一の寝具だけでなく、上衣も剥ぎ取る。細い足を掴み左右に開かせた。
「……なっ」
 息が詰まり言葉にならない。震えながら父親を見上げる。焦点の定まらない男の目は、今まで以上に酷く恐ろしいものだった。耳障りな息遣いは激しさを増す一方で、耐えきれず全身の力を振り絞り突き飛ばす。転げ落ちるように寝台から降りた。次の瞬間、後頭部に衝撃が走り、少年は床に倒れた。
 うつ伏せで倒れ込んだ少年の身体の上に、すかさず男が跨る。下衣をずり下ろし、乾燥し荒れた指で尻肉を掴んで押し広げた。臀部の割れ目に黒々とした性器を押し当て、先端を慣らしていない後孔に無理矢理捩じ込んでいく。切れて血が流れだすのも構わず、奥まで挿入した。
「やめ……やめろ!」
 少年は全力で抵抗した。だが二人の間には歴然とした体格差があり、男はビクともしない。それどころかよりによって息子相手に、泥酔者とは思えぬ腰つきで律動を始める。
 捻じ伏せられている少年はそれでももがき、必死に手を伸ばした。床に転がっている空き瓶を掴み――背後の男に向けて腕を振り上げ、鈍い衝撃が指先へ伝わってきた……。

「――……っ」
 少年は勢いよく飛び起きた。
 殺風景ではあるが清潔感のある部屋に少年は居て、椅子に座っていた。夢か現実か区別が付かず心臓が早鐘を打っている。先刻の映像は過去であり、夢であった事に気付くまでかなりの時間を要した。
「随分と魘されていたが、悪夢でも見たのか? イーグル22」
 少年の担当教官であるクリスは、居眠りしていた少年の頭を丸めた教材で軽く叩いた。
 少年は叩かれた箇所を擦りながら、呼ばれた名前に違和感を覚える。この十三区ではコードネームで管理されており、少年は“イーグル22”だった。突然己の名前が変わったわけなのだが、少年にとって何の問題もない。以前の名前なんて父から呼ばれた事がなく、知らなかったのだ。
 机の上には分解された銃の部品が散らばっていた。そこで漸く、保護・収監された第十三地区軍事施設で、銃の構造についてと分解組立の授業を受けていた事を思い出した。
「座学の途中で寝るとは、これはお仕置きが必要だな。完璧に出来るまで休憩は無しだ」
 クリスは白くて細長い布を少年の目に当て、後頭部で蝶々結びをする。
 突如視界を奪われたイーグル22は、表情を強張らせた。つい先程夢の中で聞いた父親の息遣いが聞こえた気がした。よろけつつ立ち上がりかけるも、直ぐに着席させられる。恐怖からくる身体の震えを隠すように威嚇しながら、人の気配がする方向に顔を向けた。
「……クリス教官も俺を凌辱するのですか」
「おいおい、そんな訳あるか! 今からするのは目隠し組立てと言って、職業軍人なら出来なくては困る必須項目だ。それにしても随分と難しい言葉を知っているじゃないか」
「同室のイーグル09が言っていました。自分の担当教官とそういう関係だって」
 クリスは飲み掛けた珈琲を盛大に吹き出した。吹き出した黒い飛沫が銃の部品に降りかかり、慌てて布で拭い取る。拭き残しがないか隅々まで確認してから、机の上に戻した。予想だにしなかった少年の言葉に動揺しているようだった。
「――止めだ、止め。今日の授業は仕舞いだ」
 クリスは目隠しさせた布を剥ぎ取る。それから乱暴に椅子に腰を下ろし、前屈みになって短髪の髪を掻き毟った。
 視界が戻って安堵したイーグル22は、思わず小さな吐息を吐き出した。不意に強い視線が向けられていることに気付き、真剣な眼差しで此方を見てくるクリスを見た。視線が交わりたじろぐ。
「なあ、お前って」
「な……なに」
「ずっと何かに似ているのに思い出せずにいたんだが、分かった。アレだ――獺に似ている」
「……」
 クリスは長時間喉につっかえていたものが取れたような、そんなスッキリとした表情を浮かべた。満足そうな表情にも見える。
「獺に似ているから、お前の名前は今日からルートラだ。いいな」
「はあ? ふざけやがってなんだよその安直な名付けは。勝手に決めるな、このクソジジイ」
「はい、言い直し。敬語を使い忘れているぞ」
「……ふざけないでください。勝手に決めないで頂けますか、クリス教官」
 此処で暮らす少年たちに与えられるというコードネームは好きではなかったが、だからといって勝手に名付けられた名前で呼ばれるのもなんだか癪に障る。
 必死に抗議した。けれど、イーグル22の意見は受け入れられず却下された。

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