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*蒼国マスカレイド SSS
*一方的な恋慕 / 侍女→近衛兵→
*ある侍女の話


 私、凄く惨めだわ――光彩陸離たる装飾品と豪奢なドレスで着飾った王女を見つめ、侍女見習のモニカは呟いた。就労規定通り薄い水色の髪を一つに纏め上げ、飾り気ない無地のロイヤルブルー色の侍女服に身を包んだ少女は表情を顰める。
 想いを寄せる近衛兵フェルゼンの視線先に居るのは、いつだって王女の姿。一瞬たりともモニカの視線と交じり合わない。
 王女の御前で顔を上げたままだった態度を指導係の侍女から厳しい口調で咎められ、ドレスの裾を摘み慌てて低頭する。叱られた場面をフェルゼンに見られたかと思うと、泣き出しそうになった。
 豪華絢爛なドレスと共布になった繊細な刺繍を施されたヴァトー・プリーツの裾、それから王女に仕えるフェルゼンたちの軍靴が通り過ぎる様子を視界の片隅に捉え、煌びやかな一行が通り過ぎるのをひたすら待つ。その間、モニカは惨めな思いでじっとするしかなかった。

 王女の寝室と繋がった一室で装飾品を磨いていると、部屋の扉が開いた。必ず処分するように、と侍女長ジョアナはきつく言い付け、真新しい真紅のドレスをモニカへ手渡した。
 未だ新品であるのに贈物であるというだけで、その殆どが一度も使用されないまま廃棄するという。寵を欲する男たちが先を競い献上するというのだから、その数は膨大。
 どうせ捨てるのなら侍女や女官へそのお零れを下賜したらいいのに、まるで自分の地位と権力を誇示するかのように、着飾ることを許されぬ下っ端の侍女の手で処分させるのだ。世の中は不平等であり不条理である。
 モニカはドレスを受け取り引き受けた。
「……私だって着飾れば王女様より……」
 先程磨いてた装飾品をドレスの中へ隠し入れる。捨てに行く素振りを見せて、下働きしか足を踏み入れない地下の空き部屋へ向かった。
 部屋の内側から施錠し、手に入れた新品のドレスの袖を通す。それから内緒で持ち出してきた、紅玉から精巧に掘り出された薔薇の髪飾りを自分の淡い水色の横髪に差し込む。水仕事で荒れた手は、長い手袋を嵌めて隠した。

 誰とも会わないように廊下を選び歩き、フェルゼンが仕事を終えて通り掛かるのを待ち伏せた。フェルゼンの姿を視界に捉えると同時、モニカは駆け寄り抱き着く。媚びるような双眸で見上げた。
 フェルゼンはモニカの顔ではなく、身の丈に合わないドレス姿に驚いたようだった。
「……また貴女ですか、いい加減にしてください。それにそれは――」
「お……王女様は酷いお方です! 私たちが着たくても一生着る事も出来ないような上等なドレスを贈物だとか気に入らないというだけで、これ見よがしに私たちへ処分しろと命じられる」
 自分のした事を咎められると思ったモニカは、悲痛な声で自分の環境がいかに不幸であるかを訴える。だがそれ以上の言葉を出すことは出来なかった。
 王女を非難したと思ったのかフェルゼンの双眸は酷く冷たい。
「あ――あの、……フェルゼン様が王女様をお慕いされているのは存じております。王女様のような格好の方が喜んでくださるかと思って……私」
 フェルゼンは返答をしない。軽蔑の色を隠そうとはせず、腰に纏わりつく女を引き離す。
 それでもモニカは必死に懇願した。
「王女様の代わりとしてでも構いません……、一度だけでいいから私と一夜を」
 モニカはもう一度縋ろうとして――胸元を押さえた。
 上手く呼吸が出来ず、必死に喉を掻きむしる。立っていられずその場で両膝を崩した。酸素を欲する喉がひゅーひゅーと音を鳴らし、手足が小刻みに震え全身が熱い。視界が歪み、暗転した。


「――呆れたな女だ。私が何の心配事もなく何不自由なく暮らしていると、本気でそう思っていたのか」
 ルーイヒは手元の羽根がついた扇を広げながら、ビロードの椅子に腰を掛け報告を受けた。
 処分せよという命令に背いただけでなく、献上品であるドレス更には部屋から装飾品まで盗み出したというのだから、開いた口が塞がらないようだった。そして身代わりで死にかけた哀れな侍女に対し、同情する素振りも言葉も全くなかった。
「公爵からの献上品から見付かったのは毒針。致死量には達していなかったようで、侍女は一命を取り留めました」
 セシルは片膝を折り淡々とした口調で状況説明しながら、小さな縫い針を包んでいた白い布を広げて見せる。
 献上品を全て破棄している理由や事情を把握しているイヴァンの反応は薄く、別段いつもと変わらない。またか、とでも言いたげな厭きれた表情を浮かべている。同様の騒ぎが数ヶ月前にあったばかりだった。
 だが、その際公にはしなかったので知らない者も多かった。広間で整列している文官や武官は一瞬静まり返ると、一歩間違えれば暗殺事件に発展した事象に戦慄し、少し間が空いてからざわめきが起こった。
 一連の報告を受けてもルーイヒは動揺することなく、生真面目な表情で起立しているフェルゼンを見やり意地悪く笑った。
「私の代わりに贈物を着たというあの娘。随分とお前に惚れ込んでいたと聞くが、死ななくて残念そうな顔しているな。フェルゼン」
 心情を言い当てられたフェルゼンは否定も肯定もせず、珍しくばつの悪そうな表情を浮かべたが「王家財産横領ですから同情の余地は御座いません」と、はっきりとした口調で言い放った。
 イヴァンは列より一歩前へ出て整列している廷臣へと向き直り、厳然とした態度で命じる。
「これは暗殺未遂も同然。公爵を逮捕せよ」
「は!」
 士官たちは一糸の乱れなく軍靴の踵を打ち付け敬礼した。

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