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*単発読み切り
*王女と騎士 / 悲恋 / 某王国
※NL


「この王国は腐敗しきっている……、何もかもが手遅れだ。王政廃止の流れは止められない」
 人通りのない地下倉庫へと続く廊下の隅で幾度目かの逢瀬を重ねていた騎士テオは、下女イリーネをその胸に抱きしめて力なく言った。
 貴族である騎士と平民である下女。二人は身分違いの恋に身を投じていた。
「……私は貴方が王様側と民側のどちらを選ばれようとも、お慕い申しておりします。これからもずっと」
 イリーネは達観しているような、小さな声で呟いた。

 小さな王政国家ハーフェン王国の民は、国王と官僚による圧政と貧困に喘いでいた。
 行政府は完全に腐敗。官たちは誠実に勤めようと実力があったとしても、高級官僚に賄賂を納められないと昇進の道を断たれるだけでなく、不平等な人事配置と勤務評価をされ、充分な給金を与えられなかった。
 下官から上官へと動く賄賂の出所は、平民からの高額な税金。税金を払えない平民は死刑となり、それらによる人口減により、年々平民の負担は増すばかりだった。
 高額な税と過酷な法に耐えかねた民衆たちは蜂起。国王は更なる締め付けと厳しい罰をもって鎮圧を試みたが、かえって悪化。最近では民衆だけでなく地方都市の官人や兵士・貴族までもが王政廃止を叫び、とうとう革命の波が王都まで押し寄せてきたのだ。
 革命の動きは最早止めることはできない所まできている。

 テオはどうするべきか、悩んでいた。騎士として最後まで王国と国王に命を捧げ、滅びるであろう王国と死の運命を共にするのか。それとも一人の男として惚れた女性と共に生き、王家と王国を打ち滅ぼすため反王政勢力に加担するか。
 どちらにも与せず逃げ出すという選択肢は、最初からなかった。
 選ぶ時間はもう残されていない。群衆は王宮の城門の外まで押し寄せてきている。騎士団や廷臣の中にも王族や王国を見捨てて反王政側に付く動きあり、内部の者の手によって内側から頑強な城門が放たれるのは時間の問題だった。
「俺は例え裏切り者の汚名を被ろうが騎士の名を返上し、君と共に生きたい。……地位も名誉もない俺でも愛してくれるか」
 イリーネは驚いたように、モスグリーンの双眸を見開く。それから嬉しそうに微笑した。
「私は貴方の騎士という立派な身分や家柄に惚れたのではありません」
 テオも同じ想いだった。
 二人は初めて夜を共に過ごし、朝までベッドの上で愛し合った。
 それからテオは、騎士団の一員として国王を討ち果たした後は新政府には属せず、王都の町外れで落ち合う約束をした。王家と王国を打ち滅ぼすべく反王政勢力に加担し、二人で生きる恋の道を選んだのだ。
 イリーネは楽しそうに話す。王都から出て、何処か遠くの場所で慎ましく暮らすのだと。二人で畑を耕し、狩りをする。大抵の女性は贅沢な貴族のような暮らしを憧れるであろうが、イリーネは身の丈にあった、慎ましい生活と小さな幸せを望んだようだった。


 二日後。
 反旗を翻し反王政側についた騎士団の手によって、とうとう城門が放たれた。
 敵わないと判断した下兵は次々に投降する。それでも最後まで国王側に残っていた精鋭たる近衛兵や屈強な王国軍兵士と、騎士団率いる反王政勢力の間で死闘が繰り広げられ、反王政側が苦戦の末、王宮を制圧した。その結果、副団長含む名だたる騎士を多数失った。
 しかし、まだしなくてはいけないことがあった。王政を完全廃止するにあたり、悪政を許した王族を生かしておくわけにはいかない。
 王族が居る限り、王政復古を目論む者がいる──他国の歴史から学んだことだった。

 騎士団長ダニエルは部下の騎士たちを率いて、王宮の最奥にある王の間へと向かう。見つけ出した国王アウグストを、秘密部屋から引きずり出した。どうやら王の為に戦う臣下を顧みず安否さえも気に掛けず、保身の為自分だけが隠れて何もせず怯えていたらしい。
 は必死に命乞いをする王を討ち取った。今迄このような王に仕えていたと思うと、情けなかった。
 反乱軍一行は続いて後宮へと向かう。最奥の重厚な扉を開け放った。
「──ぶ、無礼な! 此処はお前たちが踏み入っていい場所ではありません」
 部屋に居た年配の侍女長は、金切り声で言い放つ。
 その奥には黒いベールで顔を覆った女性が座っていた。慣習により下々の者に顔をみせないよう更に扇子で隠している。王宮や自分に置かれた現状を把握しているであろうにも関わらず、彼女は観念しているのか落ち着いていた。
 父王とは違って逃げ出さず部屋で留まっていた王女に対し、非情になれない騎士団長ダニエルは、最大の敬意を払いその場で片膝を折った。
「……姫様、国王陛下は私めが弑し奉りました。貴女は此の場で処刑したことにして、この国から逃──……」
「いいえ、亡命させようなどとお考えなさらず。施しは必要ありません。わたくしは王族として、運命を受け入れます」


 後宮へは入らず入口を固めていたテオは、その時、宙を舞う大きな黒い鳥を見た。
 それが人間であると把握するのに時間は掛からなかったが、地面に叩きつけられる様を見ることしか出来なかった。急いで駆け付ける。
 鳥と見間違えたそれは、小さな宝冠と豪華なドレスを身に纏った女性。
 普段ベールと扇子に覆われ拝顔したことのなかった、ハーフェン王国第一王女の顔がそこにあった。
 初めて見た筈の王女の顔なのに、何故か見覚えがある。化粧が施されているものの、イリーネの面影が王女の顔にあったのだ。
 テオは激しく動揺しながら、王女の傍に跪き抱き起こす。
 数回瞬きを繰り返し、見慣れたモスグリーン色の双眸がテオを見詰めた。
「私が……貴方の身分に惚れたのではないのと同様、王女ではないただの私を愛してくれて嬉し……かった」
 ──イリーネは王女だった。
 テオは混乱する頭を働かせ行きついた結論に昨晩の違和感の謎が解け、茫然と見下ろした。
 イリーネは下女に似つかわしく素肌は絹のように滑らかで、大抵の下女の手指にあるしもやけやあかぎれはなく、爪も綺麗だったのだ。下女ではなく、王女だったとすれば納得がいく。
「……私は、王女ではなく、本当の……平民の娘として……生まれたかったわ」
 テオの返事を待つことなく瞼が落ち、王女は息を引き取った。
 彼女は王女として生まれたばかりに、一人の女として振舞うことは許されず、国のため王族として死ななければならなかったのだ。
 テオは後悔した。あの時もし、恋を捨てることになろうとも、王族を守る事を選んでいれば。結果イリーネを、王女を守れたかもしれない。

 だがどちらが正しい選択だったのか、考えても考えても分からなかった。


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