etc.

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*蒼国マスカレイド SSS
*カイル→ラティーシャ
*十二年前
※NL



「何故口にしない」
 目の前で並べられている食事に手を付けない女に、カイルは問い掛けた。
 弟嫁のラティーシャ。ベアト=リーチェである彼女は、聡明で慈悲深く国色天香、仙姿玉質な絶世の美女だと讃えられる、ユースタシュ王国王太子妃であった。
「……殿下は――カイン殿下は何故帰って来られないのです。殿下が無事帰城なさるまで何も喉を通りません」
 ラティーシャはまるで鶯のような澄み透った玲瓏たる声で、姿の見えない夫カインの身を案じた。今朝方カインは双子の兄であるカイルと一緒に狩りへ出かけた筈だが、夕方帰ってきたのはカイルとその従者だけだった。
 ラティーシャの問いかけにカイルは答えず、取り出した懐中時計で現時刻を確認した。皿を出してから半刻が経過していた。更にいうと、手付かずの冷めた料理を下げらせ新しい料理を用意するこのやり取りを始めてから、二刻ほど経過していた。
 テーブルの上から払い退けた皿が空中へと舞い、そのまま重力に引かれるよう落下する。鈍い音を響かせて床で割れた。テーブルの端で控えていた宮廷料理長が震えあがった。
「お前の料理はどうも妃殿下の口には合わないようだ。最期の機会をやる、さっさと用意しなおせ」
 言葉の意味を理解した料理長は、慌てて厨房に駆け込む。
「やめて、どうか……お止め下さい――私の我儘であり料理長は関係ありません」
 ラティーシャは悲痛な声で懇願した。しかしカイルはそれを全く聞き入れず、四十代半ばの侍従長を傍まで呼びつけ合図を送る。侍従長は心得た表情で厨房へと向かった。
「悲観することはない。貴女の口に合う食事を提供できないあの男が悪いのだ。次も貴女が口にできなければ料理長を解雇し、別の料理長を連れてきましょう――妃殿下がお召し上がりになられるまで」

 次の料理が出てくるのに、かなり時間を要した。
 これまで以上に大きな皿に盛られてでてきたのは大きなステーキ。
「此方は本日の狩りでカイル殿下が見事仕留められたアルシケシュの馬肉で御座います、妃殿下。大変貴重で、滅多に口に出来るものではありません」
 皿を持って立っているだけの料理長の代わりに、カイル付きの侍従長がステーキ肉を指し示し料理の説明をする。
 全てを察したラティーシャはその場で卒倒した。

 アルシケシュ――とは、王族のみが乗馬する希少種の騎獣だった。


醜悪な食卓へようこそ

王子だったカイルと、双子の弟王太子カインの妻ラティーシャ
(title:scald/拍手お礼より再録)



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