俺の人生を語るような時があるとしたら、絶対に登場させなければならない女がいる。
そいつはケラケラといつも楽しそうで、周りの人間を皆幸せにしたいと願っていて、色んなことを1人で背負ってしまう、俺とは正反対な奴だ。
『 アイビー、君想う 』
「では、今日はこれで終わり!試験に出すからな、しっかり復習しておくように!」
アカデミーでは今日も忍になるための授業が行われていた。
教師であるイルカは生徒たちに釘をさす。一つ一つの試験が重要であることを十分に理解してほしいからだ。そんな想いとは裏腹に授業が終わったことに喜ぶ生徒たちは我先にと教室から出ようとする。はぁ、と深いため息をつき教壇から教室を見回す。ポツリポツリと残る生徒は、いつもの顔ぶれである。
「シカマルとサクラ、フタバくらいだな、俺の話をしっかりと聴いていたのは」
所謂優等生というやつだ。しかし例外もいる。1番最初に名を呼ばれたシカマルである。
「先生、シカマルはただ席を立つのがめんどくさくているだけだと思います」
サクラが少し茶化すようにそう告げる。
イルカはそう言えばそうか、と、優等生は2人だけだな。と言い直した。
「めんどくせぇには違いねぇけど、話聴いてるだけマシだろ」
「先生、シカマルには私からしっかり言っておきます!心配しなくてだいじょーぶ!」
グッと指を立てるこの活発そうな女は俺の幼馴染、フタバだ。めんどくせぇが口癖の俺を見捨てることなく甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。正直やりすぎなときもあるけど、不思議と嫌な気持ちになることはない。
「フタバがいるからシカマルについては安心しきってしまっているところもあるな。お前に頼って申し訳ない」
「え!先生何言ってるんですか!好きでやってるんだから謝ることないです!それにシカマルはとっても凄い奴だから私の方が助けられてること多いんですよ」
思わぬ言葉にイルカは少し驚いたようだが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
「そうだな、お前たちはそうやって支え合って生きてるんだもんな!」
支え合って生きている。そう言われたフタバはニコニコっと太陽みたいに笑った。
「うん!これからもシカマルと一緒にいる!もちろん他の友達とも!みんなが大好きだから」
フタバは恥ずかしげもなくそう宣言した。イルカはそんなフタバに歩み寄り、頭をクシャッと撫でた。
イルカは教師として様々な生徒を見てきたが、この歳でこうも周りのことを大切にして生きている子がいただろうかといつも思っていた。
撫でられたことが嬉しいのか、無邪気に頬を赤らめて照れるフタバにシカマルは少し複雑な想いを抱いた。
「(俺は大勢のうちの1人かよ)」
何もそんな意図があって言ったわけじゃないということはわかっている。フタバはただ純粋に、皆を大切に思っているのだ。わかっているのに。
「…フタバ」
「なに?やっぱりお団子食べたかった?」
教室を後にして一緒に帰る途中、フタバの希望で甘栗甘に寄った。こいつはここの団子が大好きで、何かと理由をつけて食べたがる。
ちなみに今日はイルカに撫でられた記念らしい。
「そんな甘いもんいらねぇよ。そうじゃなくて、イルカに撫でられたのがそんなに嬉しいのかよ」
「美味しいのにー。…うん、そうだね。嬉しかった、とっても」
「…ふーん。お前イルカのこと好きなのかよ」
俺はなにを言っているんだ。いい終わった途端に激しく後悔した。こんなん、かっこ悪りぃだろ。
「え、イルカ先生?そりゃ好きだよ!頼りになる先生だしね。…でもね、嬉しかったのはなんて言うかな、お父さんに褒められるってこんな感じなのかなって思っちゃったりしてさ」
やっぱり俺はかっこ悪りぃ。フタバの気持ちも考えずダセェこときいてしまった。
こいつには、父親がいない。俺たちが生まれた年、里を襲った九尾に勇敢にも立ち向かい、亡くなってしまったのだ。だから、こいつは写真でしか父親を知らない。
親父が言っていた。本当に優秀な忍で、立派な最期だったと。
「…わりぃ」
「え、どうして?」
「変なこときいて」
「??」
俺の妙な質問も、こいつにとってはなんでもないらしい。お陰で助かった。
大人であるイルカにでさえ、こんな変な苛立ちを覚えてしまうのか。
こんな風に思うのはフタバに関わることだけだ。
幼かった俺は、その気持ちがなんなのかよくわかっていなかった。
ただフタバと居ると、妙に胸がざわつくことがあって、それなのに一緒に居るほうが安心する。不思議な存在だった。
俺がその気持ちの名前を知ったのは、それから随分先のことだ。
これは俺が人生を語るにおいて絶対欠かせないフタバとの、少し遠回りした数年間の話である。