曇天は晴れわたった


沖田は雨でびしょ濡れになりながら、特に行くあてもなくただ歩いた。

しかし近藤には恥ずかしいところを見せてしまったものだ。
以前あんなにも堂々と土方とましろをくっつけるという思惑を話したというのに、今や自分がましろを好きかもしれないなんて。

「近藤さんに気付かれるんじゃあ俺もまだまだだな」

そんなことを1人呟いてみるが、やはりどこか違和感がある。

自分はましろを好きなのか?
いやもちろん人として好きではある。それが恋愛感情かどうかが問題なのだ。

沖田は相変わらずよくわからない感情を抱きながらぐるぐると思考を巡らせる。

「めんどくせェ…」

雨で濡れた髪をぐしゃっとかきむしる。
通り過ぎる人々から時折視線を感じるが、そんなことはどうでもよかった。

どんよりと暗く濁った空が水たまりに反射している。
すると、その水たまりに見覚えのある着物が写り込んできた。

「総悟…?」

いやに心地の良い声。
沖田は視線を上にあげた。

「…ましろさん」
「どうしたの!びしょ濡れじゃない!」
「なんでもないでさァ。気にしないでください」
「いや無理無理!放っておけないよ!」


水たまりを飛び越え近付いてくるましろ。
沖田は目の前にやってきた彼女を思わず抱きしめてしまった。


俺、なにやってんだ


そんな思いを知ってか知らずか、ましろは「あー!」と大きく叫ぶ。

「総悟!めっちゃ身体冷えてんじゃん!このままじゃ風邪引いちゃうよ!タオル貸すしなんならお風呂入っていいからウチに行こ!」

ましろは純粋に沖田を心配し、自らの傘の中に招き入れる。
ほとんど意味がないことはわかっているが彼のびしょ濡れの頭を小さなハンカチでわしゃわしゃと拭いた。

沖田は複雑な気持ちだった。
自分が抱きしめてもましろは動揺もせずいつも通り。それどころか家に招き入れようとしている。
しかし彼女はお登勢と暮らしていたはずだ。だから警戒もしていないのだろう。

「…大丈夫です。あのバアさんにも迷惑かかるでしょ」
「今ウチ誰もいないし!私だけだから気にしないで!ほら行くよ!」

家に行けば2人きり。
それなのに平然としているのか。

沖田はよくわからない苛立ちを覚えながら、コクリと頷いた。


* * *


「ゆっくりシャワー浴びてきなよ。タオルはこれ使ってね。隊服はびしょ濡れだからあがったらとりあえずこの着物着て。私のだけど無地だしサイズも大きいやつだから総悟が着ても問題ないでしょ!」

ましろは沖田を家に招き入れてからテキパキと動き指示を出してきた。
そんな彼女にあらがうこともできず、沖田は風呂場まで連れて行かれる。

「ぼちぼちお風呂も湧くと思うから好きに入っちゃって。んじゃ、ごゆっくり!」

ましろが出て行った扉をボーッと見たまま、沖田は体を震わせた。

ましろが言ったように随分冷えてしまったらしい。

沖田は水に濡れて重くなった衣類を全て脱ぎ捨て、シャワーを浴び始めた。

「(…当たり前だけど、このシャンプーましろさんのにおいがする)」

そんなことを思う自分気持ち悪、と沖田は嘲笑する。

それにしてもましろはまったく自分を男として見ていないようだ。
だからこそこんな簡単に家に入れ、シャワーまで浴びさせている。

そう考えるとイラついて仕方がない。
ましろは危機感が足りないのだ。

とても魅力のある人なのに、それをまったく理解していない。

そもそも俺だって、男なのに。
俺は、ましろさんのこと…。

沖田は温まっていく体とは裏腹に、腹の底が冷えていくのを感じた。


* * *


ガラッと風呂場の扉が開く音が聞こえた。
どうやら沖田が上がってきたようだ。

お茶でもいれようかな。

そう思って立ち上がったましろのすぐ後ろに、いつのまにか沖田が立っていた。

「ありゃ、総悟着替えるの早いねぇ。せっかくだしお茶飲んでいきなよ」
「ましろさん」
「はい?」

次の瞬間、ましろは床に押し倒されていた。

「え、なに…?」
「ましろさん、俺だって男なんだ。家に2人きり、シャワーまで浴びさせるなんて迂闊すぎやしませんかねぇ」

華奢に見えて意外とがっしりしている沖田の左腕がましろの腰に回されている。
沖田は挑発するかのように右手でましろの頬を撫でた。

顔と顔の距離が近く、そのまま唇が重なってしまいそうだ。


「ましろさん、俺は…」
「……も、」
「え?」
「あんたもかーーーい!!!」
「うぐっ」

沖田はドンっと胸を押されましろの上からどかされる。

ましろを見ると、まるで般若のような恐ろしい顔。

「なんだ!男ってのはシャワー浴びるとそういうスイッチ入んのか!?なあ!」
「ましろさ、」
「今日1日で2回目だよ!?なんなんだ!人のことバカにしてんのか!」

2回目?そう尋ねようにもましろは怒り爆発でまるで沖田の話を聞いていない。
しかしひと通り叫び終わった後、彼女はくるりと沖田のほうを見た。

「総悟!」
「は、はい」
「なに!私のこと好きなわけ!?」
「あ、いや…俺にもそれは…」
「もし好きだってんなら正々堂々と告白してこんかーーい!!こんな力任せなことされて嬉しいわけないだろ!人を舐めるのも大概にしろーー!!そりゃ私は美少女だからそういう気持ちになっても仕方ないよ!だけど無理やりなんて!そんな外道のするようなこと総悟はするんじゃない!私の魅力が溢れてどうしようもないのは理解できるんだけどね!?ダメなことはダメ!」

息継ぎもなしにそう言い切ったせいか、ましろはゼイゼイと肩を上下に動かし一生懸命呼吸している。

沖田はそんなましろを見て驚くでもなく、なぜかものすごく笑ってしまった。

「な、なに総悟。なんでそんな笑ってんの!」
「い、いや…ふっ、あははは!」
「え…総悟そんな可愛い笑い方なわけ…」

ましろは思いがけず笑われてしまったことで冷静さを取り戻した。
沖田は相変わらずめちゃくちゃ笑っている。

「…ましろさん」
「なに?」

そんな笑われること言ったかな、とましろは少し恥ずかしそうにしている。

「俺、ましろさんのこと大好きです。あなたは面白い人だ。それに自分でも言っているように魅力もある」
「え、えへへ…」

素直に褒められたからかましろは赤面した。

「でも、俺の好きは恋愛感情の好きではないと今気付きました。俺にとってあなたは大切な存在だ。まるで姉上のような、そんな家族みたいな…」

姉上、という言葉を聞き、ましろは沖田の肩に手を置いた。

「ましろさん。こんなことしてすみませんでした。俺自身自分の気持ちがわかんなくなってたんです。あなたに叱られたことで目が覚めやしたよ」
「おお…?なんかよくわかんないけどスッキリしたんなら良かったよ」
「ええ、かなりスッキリしました。俺はあなたに幸せになってもらいたい、それだけだ」
「えへへ、私にとっても総悟は大切な存在だし幸せになってほしいよ」

落ち着いたみたいだし改めてお茶でも…と立ち上がったましろの手を沖田がグイッと引っ張った。

「家族みたいだと思うからこそきかせてくだせェ。押し倒されたのが今日2回目って、どういうことですかィ…?」
「え、あ、それはその!」
「誤魔化さないでくだせェ。どこのどいつだそんなふざけた真似しやがんのは」
「ヒィ…!総悟刀しまって!」

無理やり話をきいた沖田が万事屋まで殴り込みに行くのは、この数十分後のことだ。



(俺はこれからもあなたの親衛隊長だ。この感情が恋愛感情じゃないってことに気付いて少し残念だったことは内緒にしておきやすがね)


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