学校へ行こう!
学校の応接室というのはどうしてこうも緊張してしまうのだろうか。
ましろは子どもの頃には入ったことがなかったなあとソワソワしながら周りを見渡していた。
「あの、続けても?」
「あ、すみせん!どうぞどうぞ!」
ましろの返事を聞きホッとしたような表情の男性。つい先ほど、彼はこの学校の教頭だと名乗っていた。違和感を覚えるほど黒々とした髪に誇らしげに触れながら、教頭は続ける。
「と、いうわけで。中学生というのは非常に多感で、この時期にどんな大人と接することができるかで将来が大きく変化するのです。そこで我々は毎年3年生を対象に、職業説明会を開いております」
「なるほど」
「今回はスナックお登勢の皆さんにお話を頂戴したく、お呼びしたわけですな!」
「おかしい」
「へ?」
「いや、おかしいでしょ!!!多感な時期の子どもたちに会わせる大人がスナックの人間て!!!」
我慢しておとなしく聞いていたましろだったが、限界が来たようだ。
いかにも高級……に見せかけただけのソファから立ち上がり、教頭を上から見下ろす。彼はまるで生まれたての子鹿のようにプルプル震えながら呟いた。
「そんなにおかしいでしょうか?」
「私だって仕事大好きですよ?恥ずかしいとも思っていません。でもいわゆる夜のお仕事じゃないですか!いいんですか!?」
「……実は発言力のある保護者の中にそちらの常連がおりまして、猛プッシュされて……」
「めちゃくちゃ私情だな!!」
「どうしても断りきれず、校長も乗り気だったんですぅううう」
「はぁ……あなたも大変ですね」
「お察しいただき感謝いたします……ま、まあでも!ここはかぶき町ですし。子どもたちも夜に働く人々のことは他の地域よりも理解しているはずです」
「実際こっち方面の仕事を選ぶ子も多いでしょうしね。だけどお登勢さんは話すの嫌がって私に押し付けてきたので、当日も私が話すことになりますよ?」
「それはかまいません!ぜひよろしくお願いいたします」
「……わかりました。精一杯頑張ります。で」
「はい?」
「なんでこの天パクルクルパーがいるんですか!?」
ましろはさっきから黙って隣に座っている男、坂田銀時を指差した。当の銀時は小指で鼻をほじりなから無表情を決め込んでいる。
「ましろよお、最近はコンプライアンスってのがすげー厳しい世の中なんだ。天パをいじった上にクルクルパーだなんて、炎上待ったなしだぞ」
「今のあなたを表現するのに1番ぴったりな言葉だったでしょうが」
「銀さん傷つきました」
「うそつくな鼻ほじるのやめろ!」
ましろはツッコミながらも恐れていた。ここに彼がいるということはつまり、自分と同じ理由で呼ばれたのだろう。
「坂田さんの営んでいる万事屋銀ちゃんですが、保護者の中にお世話になった方も多くいらっしゃるようで。彼もまたスナックお登勢さんと同じように、是非にとの猛プッシュがありました」
「校長の反応は?」
「万事屋にどすけべスタッフはいるのか?と」
「校長逮捕しろまじで」
「この教頭さんよお、馬鹿正直に電話で質問してきやがるもんだから俺も真摯に答えてやったよ。チャイナ服のピチピチ娘がいますってな」
「う、嘘じゃないけど……」
ましろは神楽を思い浮かべた。彼女は確かに魅力的な人間ではあるが、どすけべかと言われれば甚だ疑問だ。むしろそんな目を向けようものなら、問答無用でタコ殴りにされてしまうことだろう。ただしここの校長ならそれも喜びそうだと、会ってもいないのにそんな予想ができてしまった。
「っていうか銀さんが職業説明会に意欲的だなんてなんか意外だな」
「ばばあが話してたんだよ。ましろに任せることにしたって」
「あー……」
「ましろがやるなら、俺もやってもいいかと」
「……」
銀時のストレートな言葉にましろはほんのり頬を赤くした。どこでも一緒にいたいと言われている気がしたからだ。いささか飛躍的な考えではあるが、ましろを好きだという銀時がそんな考えを抱いていてもおかしくはない。
「え、あのぅ……お二人は恋人関係で?」
「い、いやいやいまさか!!そんなんじゃないです!ただ…」
「一つ屋根の下で過ごしてるだけだ」
「同棲中!?」
「銀さんややこしい言い方しない!!!教頭ちがいます!!万事屋とスナックお登勢が同じ建物なだけです!」
「な、なるほど…… しかしお知り合い同士ならこちらとしてもやりやすいです。和気藹々とした会になりそうですね!」
「そうかなあ……」
ましろは不安だった。うまく話せる気がしなかったからだ。その点で言えばまだ銀時のほうが心配いらないだろう。仕事内容も大雑把に表すと人助け。子どもウケする話題もあるはずだ。
一方ましろの仕事といえば酔っ払いの相手をして、料理や酒を提供して、やっぱり酔っ払いの相手をすること。
「あの、ちなみにうちの常連というのは……」
教頭は1人の保護者の名前を挙げた。ましろは頭を抱えた。その常連は実に酒癖が悪く、来るたびにましろに頭をはたかれている人物だった。
「なんでそんな奴が保護者内で発言力あるのよ!!!」
「なにもわかっちゃねーなーましろ。そういう奴だからこそ、だろ。夜に思いっきりはっちゃけられる奴は社交性あるんだよ」
「私のモットーは酒は飲んでも飲まれるななので、その考えには同意しかねる」
「お前がどう思っていようと事実は事実で〜す」
「ちっ、腹の立つ……!」
いっそ断ってしまいたかったが、ここでスナックお登勢の名前を売るチャンスでもあると思った。子どもたちが両親や親戚に話せば、足を運ぼうと思う人も増えるはずだ。不純な動機ではあるが、職業説明会なんていう責任重大な割にリターンの少ない役割を引き受けるのだからこれくらいの打算は許されてもいいだろう。
「なんとか頑張って話す内容考えておきます」
「感謝します!!本当に!あ、そろそろもう1人いらっしゃる頃ですね」
「もう1人?」
「ええ、今回職業について説明していただくのは3組なので!」
* * *
「え、こんなことある?」
ましろは広々と座っていたはずのソファに居心地の悪さを感じていた。なぜなら両サイドから押し潰されているからだ。右手側が銀時、左手側が……土方に。
「あーあ、まさか真選組の野郎が来るなんてなー!思っても見なかったなー!」
「そりゃこっちのセリフだ。何やってるかよくわからん便利屋なんぞに中学生を感動させる話ができんのかよ」
「はいブーメラン〜!もはや犯罪者集団より恐ろしいと一般人に言われている組織が、しかも鬼の副長土方が、子どもの純粋な心に響く話なんてできるんでしょうかね〜!」
教頭はまさかの3人とも知り合いという展開に冷や汗をかいていた。見るからに仲良しではないのは明らかなので、本当に哀れな立ち位置である。
「あ、あの」
「ああ悪かったな教頭。ま、真選組に関しては何も問題ない。規律と仁義を重んじる仕事の素晴らしさを説明するつもりだ」
「土方さんまでノリノリなんだ……」
土方は一度気まずそうにましろを見た。ホストクラブでの一件以来初めての顔合わせだ。あの時は惚れ薬を飲んだましろに一方的に好意を向けられ、土方もドギマギするばかりだった。それからなんとなくスナックお登勢に行くのも避けていたのに、こんな場所で会うなんて。
「真選組はいつだって人手不足だ。職業説明会で話を聞いたガキどもが将来入隊してくれるってんならありがてえ。近藤さんや総悟に任せるより俺が出たほうが無難だろ」
「たしかにそれはそう」
「ストーカーゴリラとドS親衛隊長ならな。まだニコチンマヨ中毒のほうがマシだな」
「てめぇ……近藤さんと総悟のことはともかく俺のことは悪く言うな!」
「正義の味方とは思えない発言してる」
教頭は後悔していた。スナックと万事屋を猛プッシュされ、せめて1組はまともなところに頼もうと思っていた。真選組を選んだのは自分自身だ。町の平和を守る組織ならバッチリ決めてくれると思っていた。いたのに。この3組は相性が悪いようだ。
「せ、生徒たちの前では仲良くしてくださいね!大人の醜いところを見せないように!」
「うるせえ黒々髪男」
「褒め言葉ですよね?天パのあなたがまさか人の頭いじりませんよね?」
「……うす」
「なんで薄ら笑ってんですか!!その『うす』ってのも『薄』のつもりですか!?あ、『薄ら』笑いも皮肉!?」
さっきよりなぜかほんの少し浮き上がっている黒髪を押さえながら教頭が喚く。この人物は自ら墓穴を掘ってしまうタイプのようだ。
「当日怖すぎるんだけど」
(健全な青少年育成のために……なんて可能なのか)
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