所謂無限ループ、というものにハマってしまった燿夏たち3人。何度駆け下りても3階に戻ってしまう。
「おかしい、こんな非現実的なことは……」
「ねぇ、奏夢。一つだけ心当たりがあるんだけどさ」
「僕もそう言われれば思い当たるんだが……」
屋上から降りる時に感じた背後からの嫌な気配。あれが原因という可能性があると考えたのだ。
「何かあったのか」
「実は……」
一火の問いかけに、2人は思い当たりを話す。それに対し、一火はふむ、と考え込んだ。
「一理あるとして、だ。何故それとこの無限ループが関係している? 」
「一火、今は"どうしてか"を考えている場合か? 」
「あ? 」
「"どうやって無限ループを抜けるか"を考えるべき。理由なんて後から考えればいいだろう、バカめ」
奏夢の言葉は確かだが、バカという言い方にカチンときた一火が今にも殴りかかりそうなのを燿夏は必死に宥めた。
奏夢はさっさと3階の廊下を歩いていってしまう。燿夏は「奏夢! 」と後を着いていく。一火もしばらくしてから渋々2人の後を追った。
奏夢は怖いもの知らずかのように躊躇いなくズカズカと進んでいく。右手に握った竹刀が彼の唯一の頼りだからだろ。遅れを取らないように燿夏と一火も犯人を探す。
教室一つ一つを満遍なく、ロッカーや教壇まで探し出す。
階段を降りて右側の奥の教室まで行き、左側へ戻ろうとしたその時だ。
「? 」
薄暗い廊下の中、蠢く人影がぼんやりと見えた。
「……あれ、か? 」
黒いモヤの塊のようなものはゆらゆらと動きながらこちらに近付いてきている。燿夏は辺りを見渡し、掃除用具にあったモップを手に取り、3人は構えた。時間をかけ、ゆっくり近づくそれの姿がだんだんと見えてくる。その姿をハッキリ見た3人は思わず息を飲んだ。
それは身長は160程度、ナマコのように柔らかそうな黒い体で、裾はずるずると引きずっている。頭らしき部分にはぎらりと光る赤い瞳と2本の触覚の生えた化け物であった。
「お前が犯人か」
一火は低い声をさらに低くして化け物に問いかける。だが、化け物は何も言わない。無言を貫く化け物に奏夢は竹刀を振り上げた。
「待って」
竹刀は化け物に当たるギリギリの所で止まった。制止する声を上げたのは燿夏だった。
「奏夢、待ってくれ」
「こいつが犯人かもしれないというのに? 」
「悪いやつじゃなさそうだ」
そう言って2人の前に出る。化け物は目を瞑り、ビクビクと震えていた。
「……俺たち2階に降りたいんだけど、お前が戻れなくしてるの? 」
燿夏はまるで子供に語りかけるようにゆっくりしかける。化け物は瞑っていた目を開き、燿夏を見ては触覚をバッテン状にし、体を横に震わせた。
「他に犯人がいるってこと? 」
その問いかけに化け物は触覚の先を合わせて丸状にし、体を縦に振った。
「……燿夏」
「俺は、こいつを信じるよ」
そう言って化け物に微笑みかけた。すると、それはありがとうと言っているのか目をきゅっと瞑った。
「……桜苑がそう言うなら、オレもそうする」
「一火まで」
「雷鳥の腕引っ掻いた犯人がここにいるかもしれないしな」
そう言えば、と2人は顔を見合わせた。雷鳥が右腕を何かに引っかかれたと言っていた。それらしきものにまだ鉢合わせていないのだ。
「この階にいるなら、雷鳥の代わりに潰してやる」
一火の目は闘争心の火が燃えていた。化け物のことを燿夏は「コンニャク」と呼ぶことにした。
「酷いネーミングセンスだね」
「他に思いつかなかった」
それでもコンニャクは燿夏に懐いたのか、呼ばれる度に嬉しそうに反応したのだ。なんだかこれ可愛いぞとすら思えてきた。
*
一方、守羅たちは離れ離れになっていた。それは数分前のことだ。
「奏夢くんたち、遅いね」
雷鳥たちから一火と合流したという報告を受けた守羅たちは先に2年の教室にいた。だが、しばらくしても3人は2階に降りてこない。Limeも既読すらついていなかった。心配になる優依。守羅も疲労が溜まっているのか、だんだん元気が無くなっていた。そんな2人を見て雷鳥はどうしようか考えた。
「うちが様子見てこよか? 」
「今バラバラになったら危険だと思うの」
「そうだ、俺一人じゃ優依サン守れるとは思えないし……」
「せやけど……うーん……」
ここにいることが100パーセント安全とは言いきれない。保健室の時のように、ドアを蹴破って侵入してくる可能性もある。
「せめて真剣持ってくれればなぁ……なして竹刀教室に置いてきたんや……うちのアホぉ……」
「とりあえず、探しに行こう? もしかしたらどこかに閉じ込められていたり……」
「下手に動かないことが1番いいが、今はそうするべきか」
優依の意見に2人は賛成し、守羅たちの教室を再び出た。相変わらず薄暗い廊下に窓からこぼれる月明かりだけが唯一の頼りだ。優依を真ん中に、3人は慎重に廊下を歩いた。
「ん? 」
守羅がピタリと止まる。優依と雷鳥も「どうした」と言わんばかりに振り向いた。
「何か、聞こえたような……」
「聞こえた? 」
「ううん、全然。何が聞こえたの? 」
「どっからか、獣のうめき声……」
「獣? もしかして狼みたいなやつか!? 」
守羅は頷くと雷鳥の顔が一気に青ざめた。そして右腕を出して、「それにやられたんや! 突然来たから油断すんなや! 」と叫びそうになるが、声を抑えて注意喚起した。
――ガルルルルルルル
「!! 」
今度は優依と雷鳥にもハッキリ聞こえた。先程までいなかったはずの雷鳥の前に巨大な狼が姿を現した。
「守羅! 優依連れて逃げろ! 」
「雷鳥くん! 」
「雷鳥サン! 」
雷鳥は教室の中に入る。守羅はぎりっと奥歯を食いしばり優依の手を引いて廊下を駆け抜けた。
「雷鳥くん! 雷鳥くんが! 」
「分かってる! 」
守羅は怒鳴った。優依はその怒り声にビクッと震えた。が、守羅と雷鳥の思いを悟ったのか、静かに頷くと3階へ逃げた。だが、着いた先は何故か2階だった。今度は1階に降りると、何事もなく1階にたどり着いた。
「どこに逃げればいいの……」
「保健室が無難かもしれない、眠り姫がいるがな」
守羅と優依は保健室に向かった。
保健室の前に着いた。守羅は静かに入らないと殺される旨を伝えると、そっと静かに入室した。シーンと静まり返る保健室の一番奥のベッドは相変わらずカーテンが締め切られていた。恐らくそこに眠り姫がいるのだろう。優依はLimeで一火と雷鳥に「今守羅くんと保健室にいるからね」と一言書いた。カーテンを締め、2台のベッドにそれぞれ向かうようにベッドに腰掛けた。2人は何となくここに入ると安心した。抱えている不安は拭いきれないが、どことなく少し気持ちが軽くなるのだ。
「疲れたね……」
「そう……だな」
会話は短く終わった。何となく話題がないのと、ここの主のことを気にしてだった。
燿夏たち3人は、雷鳥は、無事なのだろうか。2人はそれが気になって仕方がなかった。
―――コンコンコン
保健室の扉をノックする音が聞こえる。優依は誰か来たのかな、と少し喜んだ。だが、守羅は気を抜けないのか、眉間にシワを寄せた。本当にあの4人の内の誰かならまだいい。だが、違うものだったら?
「優依サンは隠れてろ。誰か分からない」
「うん、気をつけて」
守羅はそっと扉に近づき、ゆっくり開いた。
「なんや、ここにおったんか」
明るい声の主は雷鳥だった。特に異常のない顔に守羅は目を丸くした。優依もカーテンの影から飛び出した。だが、守羅はそれを静止し、瞬時に雷鳥の眉間に拳銃を向けた。
「え……? 」
「なんや、そんな物騒なもん向けて」
「お前は誰だ」
「そんなん、ら…」
「彼の傷は"右腕"にあるはずだ! なぜ左腕に包帯を巻いている! 」
キッと睨みつけ、トリガーに力が入る。目の前にいる雷鳥(?)の左腕に血のついた包帯が巻かれていた。守羅本人が雷鳥の治療をしたから、そう言いきれるのだ。
「ふ……ふはははははは!! 」
偽物の雷鳥は突然笑いだした。優依は青ざめた顔で今にも膝から崩れ落ちそうだ。守羅のブレザーをキュッと握りしめて何とか堪えている。
「バレたなら仕方ないなぁ! 」
そう叫んだ瞬間、偽物の雷鳥の体は真っ黒に染まっていき、柊と同じように崩れ落ちていった。そして、その中から青黒い1匹の蝶がヒラヒラと舞い、廊下に消えていった。
「あの、蝶は……」
「あ……」
急な出来事についていけない優依は完全に気絶し倒れるが、守羅が受け止めた。持っていた拳銃はしまい、ベッドまで姫抱きで運んで休ませた。
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