いち

 雄英の図書室を整理していた時に山田が一枚の白黒写真を持ってきた。ずいぶん楽しそうに見せびらかす山田に対し、俺は鼻息をひとつ吐いてずいぶん古びたそれを見た。
 写真の中には年の離れた男女が二人で写っている。驚いたような表情をした少女が、くたびれた眼帯の男を見ているというような構図で。それを見て改めて山田が、この男が俺にそっくりだと可笑しそうにおどけた。
 確かに身なりを整えれば俺もこんな感じになる可能性はある。今にも崩れそうな写真に仏頂面で写っている、自分によく似た男を見たあとにまた少女へ視線を落とした。


「おにいさん、足を壊していない?」

 臙脂色の袴姿の少女がふと声をかけてくる。それによって自身がぼんやりその場で立ったまま止まっていたことに気が付いた。
 彼女は風呂敷から工具箱を取り出すと、俺の返答も待たずにいきなりズボンを脱がしてきた。

「なっ」

 普段着のスウェットだったせいで簡単に脱げたズボンの下に義足を見つけると、彼女は目を丸くして声を上げる。

「わあ! 見たことない形。一先ず応急処置ってとこね。おにいさん、そこへお座りくださいな」

 着物の袖をタスキで器用に縛ると、いつまで経っても座る様子のない俺へ再び視線を向ける。

「座るのも難しいの? そうしたら左足に重心を移してくれる?」

 言うことを聞いた方が早く話も進むだろう。そう言い聞かせて言われたとおりにすると、部品をいくつか弄られたことで調子の悪かった義足の動きがすこしはマシになった。

「もっと丁寧に扱ったらよろしいのに。きっととっても良い物でしょ」
「ああ、まあ……そうしたいところなんですがね」

 脱がされたズボンを履き直しながら返す。ちょうど人通りがなくて助かった。彼女はタスキを外しながらことりと首を傾ける。首を傾げたいのは俺の方だが、こんな状況の俺に声をかけてきた……彼女へなら問えるだろうか。
 そう考えて俺は続けて彼女に言葉をかけた。

「雄英高校をご存知ですか」
「ゆーえい。存じ上げませんけど……そういった学校となにかご関係があるの?」
「そこで教師をしてまして」
「えっ……んー……そう、でいらっしゃいましたか」

 途端に表情を歪める少女。彼女は恐らく俺が考えていることが正しければだが、この時代では珍しい部類に入る人間だろうと感じていた。こんな怪しい見た目の男が足を引きずって歩いていたら、普通は声を掛けない。
 それから教師という立場の人物が苦手なのだろうと考えが至った。その理由は身分を明かした時に言葉遣いが若干変わった点から感じ取れる。

「その……ゆーえいと言うところから転地されていらしたの……ですか?」
「そういうわけではないです」
「あら、まあ、そうですか……なんだあ」

 再び表情を和らげながら、彼女はほっとしたように肩の力を抜いた。

「……それで、気が付いたら来た覚えのないこの町にいまして……帰り道も分からず」
「まあ、それは大変でしたね」
「ええ。金もなくてどうにもならず一週間ほど野宿してたら……潮風で義足が傷んでしまったようで」
「まあ、潮風、で……ちょっと、それを早くおっしゃって?!」

 今度は大きく驚いて見せると、彼女は俺の手を取る。

「きっと海に合う仕様じゃないんだわ! おにいさん随分背が高くていらっしゃるから合うのがあるか分からないけれど、とりあえずうちへ来て!」
「いや、助けを乞うつもりで話したわけでは」

 ならどういうつもりだと言われたら、まあ半ば愚痴のようなものだった……くらいしか言い訳がない。
 彼女は結局、話も聞かず俺の手を引いたままぐんぐん歩く。

「ちょっと急こう配な坂ですけど我慢してくださいね」

 そう気遣いつつ、坂を上り始めればなぜか背後に回り俺の背を押してくれた。しばらく木々に覆われた坂道を上ると俺が大して息を上げてるとかも無かったので、中腹あたりで彼女も普通に並んで歩き始めた。
 そして更にすこし先へ行くと、レンガ造りの家が見えた。

「はあ、はあ。そこ、うちです。先に上がってください」
「あの……やっぱりご迷惑では」
「げほっ、そうね、坂道が大変じゃないなら教えてほしかったわ。けど新しい義足には興味もありますし……気にしないでください」

 適当なところで帰るつもりだったが難しそうだな。そう諦めて汗を拭う彼女の言った家に近付く。

「モカさん! 未婚の女がまた殿方連れ込んで……はしたないですよ!」

 するとここより少し下ったところで老婆が少女に荒い声をかけながら上ってくるのが見えた。

「あら。こんにちは、おばさま」
「なにが、あら。ですか! お前のお父さまも嘆いていますよ!」

 怒声とも知らないような顔で少女が軽く頭を下げ挨拶をすると、老婆は怒り満点の様子のまま穏やかな彼女の返しをマネて淑やかに一度声を抑え、再び声を荒げる。それを笑顔でかわす彼女は口元を隠しながら丁寧に話を変えた。

「そんなことよりも、ヨリ子姉さんがおめでたいこと。先日殿方とご一緒のところですれ違いましたわ。ご挨拶しそびれたのが残念」
「……は?」
「とうとうご結婚の日にちが近いのかしらとお祝いの品を探してましたの。けどきっとおばさまがいろいろとご用意なさるんでしょ?」
「……あんのバカ孫ォ!」

 そう肩をぐわぐわ揺らして老婆は坂をさっきまでより早く駆け上がる。その背中に彼女が可笑しいとばかりの表情を隠しながら声を投げていた。

「おばさま〜? もうよろしいの〜? よろしいのね。……ふ。してやったり! あら。おにいさん、まだお上がりにならないの?」
「いえ……お邪魔します……」

 怖い女だと理解して大人しく上がる。この辺りでは珍しそうな立派な洋式の家のドアを開けて中に入ると、靴のままどうぞと言って少女が俺を追い抜いた。