さん

 五右衛門風呂というやつに初めて入らせてもらい、モカさんの父親が使っていたらしい着物を適当に纏って、一通り案内された家の二階へ向かう。奥の部屋は彼女の父親の研究室だったらしく、明かりが点いている部屋からはカチャカチャ、キイキイと物音がする。そして煙の香りが漂っていた。

 さっき、風呂を適当に沸かした彼女はだいぶ熱い湯と俺を風呂場に置いて、風呂から出たあとは挨拶なく就寝して構わないと言って出て行った。カンカン音を立てると、またカチャカチャキイキイ聞こえてくる。
 彼女は父親の研究を継ぐ気はなくとも、必要とされた時は全力で応えたい傾向の人間なのかもなと理解を覚えた。


 それにしてもなぜこんな時代の知らぬ場所に来るハメとなったのかとため息を吐いて、研究室の反対側に用意された部屋へ入ってベッドに座り、改めて記憶を辿る。
 超常解放戦線と、死柄木との戦いを終えてまだそう月日は経っていなかったし、事件は事件を呼びヒーローも多忙を極めていて、個性に関してはほぼ使い物にならない俺さえも出動することが多かった。

 ひとつ現状に至った理由へ心当たりがあるとすれば、とある子供の個性についてだ。
 その子供の周りで行方不明事件が起こるようになった。個性の暴走だろうが、具体的にどういう理由でそうなっているのかは分からない。物間と共に行動し、その子供に話を聞きに行った。
 子供の個性は転送というもので、手のひらサイズのものを任意の場所に送れるというものだ。転送したものは一定時間後に元の場所に戻るらしい。警戒はしていたし、会った時は何もなかった。だから俺はこの時代に来たとき普段着の格好だったわけだしな。
 家に帰ってしばらくし、コンビニへゼリーを買いに行った帰り道、気が付くとこの町に迷い込んでいた。

 時間が解決するだろうと思って余計なことをしないように気を付けつつ、一週間が過ぎて今日はモカさんのおかげでまともに生きている。というところだが。
 やはり結局は理由が分からない。例え子供の個性を受けていたとしても、一週間も持続するか?
 それに……、


 思考を巡らせているとドアがノックされた。


「消太さん、まだ起きていらっしゃる?」
「ああ、はい」

 ベッドから腰を上げて返事をすると、ドアは静かに開いた。

「牛乳を温めたの。お飲みになります?」

 笑顔のまま小首を傾げてマグカップを嬉しそうに持ち上げる。すでにふたつ用意されていて、飲ませる気は満々だったんだろうと察し、近付いて来た彼女からカップを受け取った。

「頂きます」
「どーぞ。それにしても、やっぱり父の着物じゃ小さかったようですね」
「そうですか?」
「ええ。明日の朝に市場へ行きましょうか。明日は学校もお休みなの。荷物も多くなるでしょうからついて来てもらえると助かります」
「それは構いませんが……」
「ふふふ! 古着でいいのがあると良いんですけどね」
「……俺はこれで充分です」
「あら。育ち盛りかしらって思われてしまうわ。またおばさまに見つかったら、その時はきっと髪もお坊ちゃまのように揃えられてしまうでしょうし」

 言葉選びに時々トゲがあるのをすこし面白く感じる。つんつるてんだと言われているんだろうと察しながら、俺は牛乳を口に運ぶ。慣れないクセのある味だが、今日までゼリーで凌いでいたのもあってなんでも美味く感じる。
 それからひと口飲んだ後、改めて必要ないという意思を伝えようとした。

「……金も持ってないですし」
「私が持っていきますから。その分しっかり働いてくださいね」

 ずいぶん交渉が上手いなと苦笑が出る。行儀の悪いつま先で俺の義足を軽く突き、それを受けてようやく彼女の提案を受け入れた。