first kiss(前編)


 キスの仕方が分からないという話から、俺と彼女とのそれは始まった。誰も居ない教室で、二人でそっと唇を寄せてみる。やっぱり分からないな。と離れるつもりだったのに、ソイツは勢いをつけて俺のファーストキスを奪った。

「なんか、味とかするかと思ってた」

 彼女はほんの少し赤くなった頬を手で冷やしながら、上目遣いで俺の目を見つめる。照れ臭くて視線を外した俺は、迷いながら首を掻いて、結局呟く。

「もう1回……する、か?」
「ホント? じゃあアレやりたい。食べるみたいなやつ」

 映画とかドラマでやってるやつ。とセリフは続いた。そのやり方はどう確認するんだ。と思っていると、彼女は可笑しそうに肩を揺らす。

「まあさ、やってみてよ。さっきは私からだったから、次は相澤くんからね」

 そういうルールにされてしまった。困っていると彼女がまぶたを閉じて俺の唇が触れるのを待っている。
 動悸がする中、彼女の肩に手を置いて、首をほんの少し傾けて顔を近付けていく。
 目を閉じてまず、音もなく触れた唇。
 彼女のその隙間に恐る恐る舌を入れようと試みると、少し迷ったかのような間のあと、彼女の唇が薄く開いた。ゆっくりと初めて他人の口内に自分の舌が入っていく。案外すぐに舌が触れ合って、驚いて引っ込んだ舌を追いかけるように、今度は彼女の舌が俺の口内に入ってきた。

 ちゅ。と音を立てながら、俺と彼女は二人してファーストキスなのに、まるで慣れたカップルみたいなつもりで、食べるようなキスをした。

 16歳になったばかりの秋。
 体育祭から親しくなったサポート科の彼女との不思議な関係は、30になった今でも続いている。


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夜明けの想夏