世界はこんなに美しい1 [ 1/2 ]
庭園の中央、水しぶきを上げる噴水の傍ら。
ベンチに座る女の口元が緩やかに弧を描いた。
「おいで」
呼ばれた猫は素直に女の元まで歩み寄り、その膝に身を丸めた。
一連の動作を、女の瞳が追うことはなかった。
それどころか、閉ざされた目は、一向に開く気配を見せない。
【世界はこんなに美しい1】
聖地マリージョア。
面倒な円卓会議が終わったあと、クロコダイルは足早に港を目指していた。
こんな場所からは1秒でも早く離れたい。
特に居る理由もないし、長居するとまた別の用件で呼び出されかねないのだ。
分厚い黒のコートを翻しながら、中庭に出る。
別に、花が見たいわけではない。
ここを通り抜けるのが港への近道だと知っていると、ただそれだけのことだった。
庭園の半ば辺りまで来て葉巻に火をつけたところで、クロコダイルは足を止めた。
女が1人、噴水の側に座っている。
見たことのない人物だ。
鍔の広い帽子も、長い手足を包むワンピースも、目に痛いほどの白だった。
流れる風が、葉巻の煙を女の方に運んだ。
ふと、膝上の猫を撫でていた女の手が止まる。
女は首を巡らせ、その顔を正確にクロコダイルの方へと向けた。
「スモーカー?」
落ち着いた声音が、別の男の名前を呼ぶ。
この出で立ちで人違いをされたのは初めてだと、クロコダイルは三白眼を歪めた。
「違ェよ」
「あら、失礼しました」
不機嫌そうな声音に、女は手を口元に持っていきつつ謝罪する。
その雰囲気からはわざと間違って気を惹こうとしたとか、そんな計算も感じられない。
自分と海軍の白猟を間違えるとは、一体どんな天然女だ。
しかも、「違う」と言われるまで気づかないとは。
そう思いつつ足を進めようとしたところで、自分の出てきた扉から第3の人物が現れたことをクロコダイルは認識する。
今し方、女が名前を口にした男だ。
スモーカーはクロコダイルと女を見比べるように視線を行き来させながら、噴水に近づいた。
気配に気づいたのか、女の顔がクロコダイルから逸れる。
「待たせたな」
「いいえ」
スモーカーが女に手を差し出す。
女は何の躊躇いもなくその手を取った。
膝の猫を下ろし、ゆっくりと立ち上がる動作を、スモーカーは注意深く見ている。
ただ立ち上がる程度で何故そんなに気を遣っているのか、クロコダイルには理解できなかった。
『あいつの女か?』
恋人だとするなら、あの無粋そうな男でも気遣いくらいするか。
その考えは何故かクロコダイルの不機嫌を煽る。
馬鹿らしくなって再び歩き出せば、背後から2人の会話が聞こえてきた。
「あいつを知っているのか?」とスモーカーが問うている。
女は即座に否定していた。
「葉巻の香りがしたから間違えた」と、そう答えているのが耳に届く。
それがまた、クロコダイルは気にくわなかった。
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