世界はこんなに美しい4 [ 1/3 ]

「最近、楽しそうね」

眺めていた書類から目を離して睨みつけても、涼やかな笑顔は全く揺らがなかった。
無視して書類に目を戻しても、彼女の視線はじっとクロコダイルを窺っている。

「明日はマリージョアに向けて出発だったわね」
「だったら何だ?」
「いいえ。また上機嫌で戻ってきてくれたら嬉しいと、そう思っただけよ」

含み笑いを残して女が部屋を出て行く。
その後ろ姿を横目に見ながら、クロコダイルは嘆息した。


【世界はこんなに美しい4】


計画は順調だった。
何事もなければ、あと2年足らずで実を結ぶだろう。
これからが大事な時期だとクロコダイルにもわかっていた。
わかってはいるが、マリージョアへの呼び出しは無視できない。
理由は2つ。
無視すれば自分の地位に支障の出る可能性がある。
これは、半ばどうでも良かった。
信頼ならば、アラバスタの国王からのものがあれば事足りる。
クロコダイルの腰を上げさせるのは、もう1つの理由によるところが大きい。

**に会える、数少ない機会だからだ。

彼女と出会ってから1年が過ぎようとしていた。
秘密の逢引きは月に1度のペースで続いている。
円卓会議はそう頻繁には開催されない。
赴く理由をこじつけるのが中々に骨な場所ではあるが、**のためならば面倒とは思わなかった。

**に出会って以降、クロコダイルは女遊びを止めた。
元々、欲求は強くはない方だと自覚している。
**とも、会えば必ず肌を重ねるというわけではない。
それが目的で会いに行っているのではないのだから、雰囲気に任せることに不満もなかった。
更に言えば、**は目が見えない分、香りや気配に敏感だ。
クロコダイルの気づかない何かを、その鋭い感覚で捉えられては困るのだ。

そんな事情から、暇つぶし程度にしか思っていなかった行為に益々意味を感じなくなった。
急な行動の変化で、聡明なパートナーは**の存在に気づいたようだ。
一時は行くのを渋っていたマリージョアに、積極的に足を運ぶようになったも要因の1つだろう。
しかし、クロコダイルにとってそんな他人の視線はどうでも良かった。

自分と**の関係には何の影響もない。
2人で居るだけで、世界は美しいのだ。

『随分、毒されたモンだな』

海軍の準備した迎えの船の上で、クロコダイルは口元を歪める。
同じ空間に居ると、どうも心が穏やかになって仕方がない。
自分は海賊であり七武海で、裏ではバロックワークスの社長だ。
野望のために他人の国まで横取りしようとしているのに、のんびりコーヒーを飲む時間を楽しみにしていてどうする。
それも、自らの計画に無関係な、むしろ巻き込むことを恐れる女との。

それでも、クロコダイルの目に映る世界が以前より数段美しいことは確かだった。
それを教えた**の瞳を、クロコダイルは見たことがない。
盲目の恋人は、そろそろ朝の支度を始める頃だろう。
特別に用意された、彼女だけの檻の中で。

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