世界はこんなに美しい4 [ 2/3 ]

マリージョアに昼を告げる鐘が鳴る。
会議室に先導される最中、通りかかった中庭のベンチにいつものワンピース姿が座っていた。
クロコダイルがにやりと笑って足音を高くすると、気づいた**は顔を向けてくる。
閉じられた目の端が和らぎ、口元が弧を描いた。
今日は化粧をしているようで、その唇はいつもより赤い。
誰か、サカズキ以外のお偉いにでも会うのだろう。
幽閉に近い扱いにもかかわらず、**は中将以上の海兵や名の通った政府の役人にも顔が知れている。
本人の話では、サカズキが積極的に合わせているそうだ。
**自身は顔を広めて逃亡を防止するのが目的だと思っている。
「そんなことをしなくても逃げはしないのに」と苦笑いしていたのは、何ヶ月前だったか。

そんなことを思い出しながら中庭を横目に歩を進める。
はっきりと顔を上げた**は、次第に遠ざかるクロコダイルの足音に耳を澄ませているようだった。
その表情は緩みきっている。

『あんな顔してっとバレんぞ、馬鹿が』

そう思いながらもクロコダイル自身の笑みは崩れず、三白眼も白い姿から離れなかった。

視界の届くギリギリの位置に来て、クロコダイルは別の白い影がベンチに近づくのを見た。
思わず首を巡らせて振り返る。
**の傍らに立ったのは、未だ大佐から地位の上がらない奇特な男。
聞けば、現在は東の海のローグタウンとかいう街に駐在しているという。
グランドラインの玄関口から、よくも頻繁に来ているものだ。
**の数少ない友人だというその1点のみで、定期的なマリージョア来訪を許されているらしい。
目的とは別の口実を準備しなければならないクロコダイルには、気にくわない存在だった。

**との出会いの時、その男と勘違いされたのも未だ根深い嫉妬の対象だ。
嫌みを言うのは既に習慣になっている。
しかし、**はその度に笑顔で「貴方の香りの方が好きだから、もう間違えない」と言うのだ。
その台詞が聞きたいがための嫌みだということは、とっくにバレている。

日の光を浴びる2つの白い姿は、2、3言葉を交わす。
男が**に手を差し出した。
しかし、彼女はそれを丁重に断り、1人で立ち上がる。
その様子に、クロコダイルはほくそ笑んだ。
以前なら躊躇なくその手を取っていただろうに。
**はクロコダイルの恋人になってから、他の男の手を極力避けているようだった。
先導が必要な時は、自分から相手の腕に手を添えるだけ。
今の彼女が望んで手を繋ぐのは、おそらくクロコダイルのみだろう。

白猟の目が自分に向いたのを感じて、クロコダイルは進行方向に視線を戻した。
会議はほんの2時間程度。
そのあと、暇を潰して**に会いに行く。
これからどこかのお偉いに会うなら、夕刻よりは夜が良いだろう。
今日の逢瀬は短いかもしれない。
そう思ったクロコダイルは、若干やる気を失った。

相変わらず円卓会議にクロコダイル以外の七武海は居ない。
居ても面倒な奴らばかりなため、むしろこの方が好都合だった。
特段に急を要する事案もなく、時間通りに会議が終わる。
扉をくぐりかけたクロコダイルは、何やら慌てて入ってきた海兵と鉢合わせになった。

「し、失礼しました!」

敬礼もそこそこに、海兵はサカズキの元に駆け寄っていった。
余程の事態らしい。

「大将、先ほどお電話がありまして。至急の伝言をお預かりしております」
「誰からじゃ?」
「それが、本日姪御さんと面会する予定の役人からで…」

何事かと耳をそばだてたクロコダイルは「姪」という単語に進みかけた身体を止めた。
口早に海兵が説明した話では、**が会うはずだった役人の船が嵐で損傷したらしい。
修理に時間がかかり、今日中にマリージョアには来れないとのことだ。

サカズキは溜め息をついてから、**を部屋に戻すよう指示した。
「夕刻に様子を見に行く」と言伝された海兵は、しっかりと敬礼すると踵を返す。

「どうか、されましたか?」

扉付近に立ち止まっていたクロコダイルを見上げ、海兵が緊張気味に聞いてくる。
大方、さっきぶつかりそうになった件で何か言われると思っているのだろう。
しかし、クロコダイルの興味はそんな部分にはない。

「サカズキには姪が居んのか」
「えっ!あぁ…その…」
「へェ、面白いこと聞いたぜ」

慌てる海兵を置き去りにクロコダイルは歩き出す。
予定がなくなって部屋に戻るのなら、**の周囲から人気はなくなるだろう。
サカズキは夕刻まで来ない。
スモーカーも役人の訪問が取りやめになったのならおそらく用済みだ。
長時間の外出予定だっただろうから、世話人達は暇を出されている可能性も高い。

幸運なことだと、クロコダイルは目を細める。
自分にも**にも時間ができた。
早く宿に行って、いつも通りの手順で政府や海軍の目を欺かなければ。
夕刻まで数時間。
サカズキが来る前に一度部屋から出なければならないが、それでも貴重な時間に変わりはない。

クロコダイルは半ば急くように歩み続ける。
その歩調はどこか楽しげだった。

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