世界はこんなに美しい5 [ 2/2 ]

数時間後、部屋を訪ねてきた男にクロコダイルは眉をひそめた。

「本当に来やがったのか」
「話は終わってねェと言ったろ」
「そっちの都合なんざ知るかよ」

ソファから動かずに舌打ちを出したクロコダイルを、スモーカーは静かに見ていた。
**の部屋に居た時の威勢の良さは何だったのか。

あのあと、宛がわれた宿に戻ってもサカズキからの使者などは来なかった。
それを考えればスモーカーはクロコダイルと**の密会を報告していないことになる。
何故黙っているのか。
**に想いを寄せながら、**の相手がクロコダイルと知りながら、何故口を閉ざしていられるのか。
クロコダイルにとっては都合の良い話だが、その心境を推し量るには材料が足りなかった。

そんなことを思いながら、クロコダイルは不機嫌そうに三白眼を歪める。

「何だ?聞きてェことがあるならさっさとしやがれ」
「…てめェ、本当に**に会いに来てるだけか?」
「その質問には答えたはずだ」
「信じられねェ」
「信じてもらう気もねェよ」

面倒くさげに溜め息を出せば、スモーカーの表情が険しくなる。
その信用がクロコダイルに影響を与えるとでも思っているのだろうか。
たかが大佐程度で…と思ったところで、スモーカーが意外な話題を口にした。

「あいつが、何であんな目になったかは…知ってんのか?」
「何故確かめたい?おれが知ってりゃ、諦める材料がまた1つできるってか?」
「真面目に答えやがれ」

入ってきた扉の前から一歩も進み出ないスモーカーに、クロコダイルは怪訝な視線を向けた。
本当に、この男の心境は読めない。
いや、読む気にもなっていないというのが本音かも知れない。
恋に破れた男が、今更その真実を自分に認識させてどうしようというのか。
しばらく思案してみたが、クロコダイルにはさっぱりわからなかった。

不可解な思いのまま、葉巻に火をつける。
ゆっくりと煙を吐き出し、クロコダイルはスモーカーを見た。

「自分の女がどうしてああなったかくらい、知らなくてどうする」

示した答えに、スモーカーは肩を落としたようだった。
その様子に、クロコダイルはまた眉をひそめる。

「知らねェと思ってたのか?」
「…あァ、あいつから話すなんざ、ねェと思ってた」
「勘違い野郎が。そんなんでよく友人だと言えたモンだ」

揶揄する言葉にもスモーカーは反応しない。
ただ深く溜め息をつくと、踵を返して扉に手をかける。
急に向けられた背に、クロコダイルは拍子抜けした。

「何だ、それだけかよ」
「…それだけで十分だ。もう、全部わかった」
「そりゃ良かったな」
「上への報告はしねェ。だが、お前のためじゃねェからな」
「そんな気持ちの悪い想像するわけねェだろ」
「そうかよ」

スモーカーが扉を開ける。
その瞳がもう一度自分に向けられたのを感じ、クロコダイルは明後日の方を向いていた視線を戻した。

「もしあいつを裏切るようなことがありゃ、おれはてめェを許さねェ」
「ありゃしねェよ」
「その言葉、信じるぞ」
「勝手にしろ」

思いの外、静かに扉は閉まった。
1人になった部屋でクロコダイルは葉巻を口にする。
漂う煙の中、思い出すのは**のことだ。
あの話を聞いた時、何とも胸くその悪い思いになったことをクロコダイルは思い出す。

たった1人の役人が犯した、たった1回の過ちが、**の視力を奪った。
正確には、その決意をさせた。
10年前、まだ**は思春期を抜け出したくらいの年齢だ。
そんな年頃の少女が、今の状況に置かれることを望むなど…。
一体どれだけ思い悩んだのか、クロコダイルは想像するだけで溜め息の出る思いだった。

「一体、何を見たんだかな…」

その点については未だに不明なままだ。
**は書類を見たということは覚えていたが、それ以外は一向に思い出せないらしい。
スモーカーは、クロコダイルが**に近づいた目的をそれだと決めつけていた。
内容を知っているのか否かはわからない。
だが、「機密扱いの情報」であるということは知っていたようだ。

あの頭の中にある、政府の機密。
少女1人の、視力と人生を奪うほどの何か。

最近全く興味の湧かなくなっていたその話題に、クロコダイルは久しぶりに思いを馳せた。


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公開:2013年3月19日

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